第53話
「……あいててて」
闇に沈んでいた意識が、ゆっくりと覚醒していく。
背中の傷(?)がズキズキと痛む。
どうやら自分は、地面に寝かされているようだ。
何があったっけ?
UGランク上層で発生したダンジョンブレイク。
エルダードラゴン二体が出現した。
何とかエルダードラゴンを足止めするが、足りないダンジョンポイント。
フォロワーにダンジョンポイントを投げてもらうよう、キーファに指示を出して……。
「そうだ、キーファ!!」
一気に意識が覚醒する。
キーファは俺たちを守ろうと、神狼に変身して……止めようとした俺は、エルダードラゴンの不意打ちをくらって気絶してしまったのだ。
がばっ
上半身を起こし周囲を見回すと、ダンジョンの壁には大穴が開き、壁にもそこら中に爆発の跡が見える……間違いない、神狼に変身したキーファの攻撃で開いたのだろう。
「き、キーファはどうなったんだ?」
視線をゆっくりと下げる。
壁際に沢山の人が集まっている。
カナにタリア、スノウデルさんにトージさん。
……そして、野営用マットの上、タオルにくるまれて寝かされているのは。
「キーファ!!」
愛娘の姿を認め、慌てて駆けよる。
「ケントおにいちゃん!!」
「ケント君……」
周囲から掛けられる声も耳に入らない。
俺は震える手でキーファを抱き上げた。
すぅ……すぅ
繰り返される呼吸は浅く、真っ青な顔にびっしりと冷や汗をかいている。
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氏名:大屋 キーファ
年齢:8歳
種族:ワーウルフ
LP:0.1日
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「っっっ!?」
恐る恐る開いたキーファのステータスに表示されたのは、恐るべき数字だった。
ライフポイントの残り……わずか2時間あまり。
「か、カナ……みんな、早くだ、ダンジョンポイントを」
衝撃の余り舌が上手く回らない。
「そ、そうだ、フォロワーにダンジョンポイントを投げてもらうようお願いを」
スマホを取り出すが、回線が切れているのか圏外だ。
「くっ……なら外に出て!!」
俺はキーファを抱いたまま、ダンジョンの外へ向けて走り出そうとする。
「待つんだ!!」
その時、スノウデルさんが俺を押しとどめた。
「スノウデルさん何を!? キーファの寿命はあと2時間しかないんですよ!!
一刻も早くダンジョンポイントを補充しないと!!」
「ケント君、落ち着いて聞いてくれ」
錯乱する俺に、あくまでゆっくりと話しかけるスノウデルさん。
その低い声色に、少しだけ心が落ち着いた。
「キーファちゃんは、マナ欠乏症の”発作”を発症している。
先ほどから、我々がダンジョンポイントを補充して何とかこの状態を保っているんだ。ダンジョンの外に出たら、一気にライフポイントを消耗してしまうだろう」
「くっ……」
マナ欠乏症の発作とは、体内の魔力とマナのバランスが崩れ、周囲のマナを吸収しようとする現象だ。
周囲に十分なマナが無い場合、ライフポイント……命そのものを消費してしまう。
治療法は、充分に濃縮したマナを投与する事。
「キーファちゃんが持ってた薬を飲ませて……それに、このUGランクダンジョンはマナが濃いから」
「……そのおかげで、何とか今の状態を保っているという事か」
ようやく状況が見えて来た。
発作が収まらない状態では、ダンジョンの外に出れば一気にライフポイントを消耗してしまう。
公式ちゃんねるに呼び掛け、ダンジョンポイントが集まるのを待つ時間は……恐らくない。
「なら、なんとかダンジョン内の回線を復旧させれば……」
「マズいことに、ダンジョン内に設置した中継器がすべて破壊されてしまっていてね。いま取りに行かせているが……島の本部にしか予備が無く、設置に数時間はかかるそうだ」
「そ、そんな……」
俺が残している天然物のダンジョンポイントは200程度。
今の消耗ペースでは、1時間分ほどにしかならないだろう。
カナを始め、周囲にいるみんなも同様なのか……表情が暗い。
「くそ、どうすれば……」
必死に頭をひねるが……良いアイディアは浮かんでこない。
「……そうだ!」
その時、何かを思いついたのかタリアが声を上げた。
*** ***
「……タリア?」
力強く立ち上がったタリアを、すがるような目で見つめる。
彼女には、何か策があるらしい。
「KeyfaとKentoは、エルダードラゴンを倒してダンジョンブレイクを止めてくれた。
島のHero、だから……!」
タリアは大きく頷くと、ダンジョンの出口の方へ駆けていく。
「タリアたちの部族は、日々神に祈り……マナを身体の中に取り入れている。
ダカラ、ダンジョンポイントを持っている人が一般人より多いはず」
「部族のみんなに、ここに来てもらうように呼び掛ける!!」
目を閉じ、祈りをささげるタリア。
後で聞いた事だが、彼女と彼女の妹さんは念話のようなスキルで離れていても会話できるらしい。
タリアが妹さんに事情を説明してから1時間ほど……。
「あそこだ!」
「タリア、来たぞ!」
「島の英雄を助けろ!!」
「おねえちゃん! とりあえずいっぱい連れて来た!!」
「うおおおお、Keyfaた~ん!!」
数千人に及ぶ島の人たちが駆け付けてくれた。
「皆さん……!!」
彼ら彼女らのお陰で、何とか200日分ほどのライフポイントを補充する事ができ……発作の収まったキーファは、俺の腕の中でゆっくりと目を開ける。
「……ほえ?
ぱぱ、カナおねえちゃん……みんな無事でよかった」
「キーファ!!」
俺は元気になったキーファを、ぎゅっと抱きしめるのだった。




