第36話
「こ、これは!?」
ビーッ、ビーッ、ビーッ!
配信者の活動をサポートするモニタールームに鳴り響く警報。
壁一面に埋め込まれたモニターには、緋城カナとコラボ相手の女性配信者が潜っているダンジョンで大規模な崩落が起きたことを示していた。
「配信者NoE-00291が崩落に巻き込まれた模様、至急救助計画を策定します!」
非常事態に慌てるオペレーター。
急いで救助チームの手配をしようとするが……。
「待て!
二次遭難の危険がある。
状況の確認を優先しろ!」
珍しくモニタールームに来ていたジルが、鋭い声で指示を飛ばす。
「ジル様、なにを?」
いくらフォロワー数が低迷しており、契約延長をしない候補者リストに入っているとはいえ、プロダクション所属の探索者が事故に巻き込まれたのだ。
ジルの態度は冷淡に過ぎると思われた。
「ふふ、これは事故ではない……《《トラップ》》だ」
「!!」
落とし穴や釣り天井など、ダンジョン内に仕掛けられるトラップ。
ダンジョン黎明期にはトラップの犠牲になる探索者も多く、数々の対策が取られてきた。
現在ではダンジョンの出現時点でトラップの有無が判定できるようになり、特に危険なダンジョンについてはダンジョン庁の権限で立ち入り禁止の措置が取られる。
今回プロダクションが独占探索権を買い取ったこのダンジョンも、ダンジョン庁の事前審査をクリアしていたはずだが……。
「そんなもの、オレの力をもってすれば、どうにでもなるという事だ」
「……流石です」
ジルはその豊富な資金力を生かし、ダンジョン族の議員に多額の献金を行っている。
今回の”実験”に使っているダンジョンも、そうやって手に入れたのだろう。
「トラップを回避できた義娘と回避できなかった配信者NoE-00291……何が違うと思う?」
レニィに問いかけるジルの声色は愉快げだ。
「偶然、ではないのですか?」
「くくっ。
偶然……そうだとも言えるしそうでもないとも言える」
「生きようとする強い意志を持ち。
周囲の者から応援され、支えられている人間は……より強い生命の輝きを放つ。
そんな人間は、ダンジョンの中で”運”すら引き寄せるのだ」
配信者NoE-00291とは違ってな。
義娘は試験の第一段をクリアしてみせた。
その主たる要因は、おそらくあのイレギュラーと関わったからだ。
「ならば」
ぴっ
ジルは自分のスマホを開き、真っ黒なアイコンをタップする。
これが義娘に対する試験の第二段。
「さて、どうなるかな」
椅子に深く座りなおすジル。
その時、オペレーターの報告がジルの元に届けられる。
「ダンジョンの現状解析完了。
含有マナの濃度が15%上昇……モンスターの出現率の変化も見られます。
かなり異常な挙動です」
「ふん」
これまでは想定通りだ。
次に……。
10分後、ダンジョンの最下層部で変わり果てた姿になった女性探索者が発見され……ジルはその笑みをより深くするのだった。
*** ***
「さっきのは何だったんでしょう?」
大きな揺れが、ダンジョン全体を襲った。
地震かと思ったのだが、スマホのお天気アプリにはそのような通知は来ていなかった。
「ダンジョン内でトラブル?」
レニィからは『調査はいったん中止』との連絡以降、チャットしても電話しても応答がない。
というか、既読すらつかない。
「……ああもう、いっか!」
調査が中止なら、アーカイブ配信用の動画を撮る必要もない。
ドローンカメラのスイッチを切ると、緋城カナの仮面を脱ぎ捨てる。
「うへへ、今日の晩御飯はカツカレーかぁ」
孤児院のキャンプ遠足に同行したケントおにいちゃんが作ってくれたカレーの味は今でもカナの記憶に刻まれている。
たった一度食べさせてもらっただけなのに、自分の好物として覚えてくれていた彼が愛おしい。
「それに今日は!」
お泊りなのだ!!
こっそり勝負下着を準備しているカナ。
「う、うっはあああああああああああっ!?」
幸せな予感に、誰も見ていないダンジョンの中で限界踊りを披露するカナだが……。
かちっ
ローファーの裏で、何かを踏んだ感覚。
「お?」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ
右側の壁が、ゆっくりと開いていく。
そこにいたのは……。
トロ、トロトロトロトロ
オオオオオオオンッ!!
「ふへっ!?」
数十体に及ぶトロールの群れだった。
*** ***
――――― 十分ほど前、B+ランクダンジョン入り口。
「とうちゃ~くっ!」
「うお、マジで近かったな」
配信をしていたダンジョンから車で数分、うっそうと茂る小山のふもとにそのダンジョンの入り口はあった。
入り口には規制線が張られ、緋城グループの所有するダンジョンである旨を示すプレートが掲げられている。
「それじゃ、入るか」
桜下さんの方からカナの出迎えにダンジョンに入ること、先方に連絡してもらっている。
「カナおねえちゃん、驚くかな?」
「多分キーファの可愛さに鼻血を出すぞ」
「えへへ~」
俺はキーファを肩車し、ダンジョンの中に足を踏み入れた。
――――― 5分後
「おっと、またトラップか」
バキンッ!
床に擬態し、巧妙に隠されたスイッチをダンジョンポイントを込めたパンチで破壊する。
根元から破壊することで発動しないようにするのだ。
「わなわなダンジョンだね!」
「ま、こんなの子供だましだけどな!」
「ぱぱカッコいい!」
俺の肩の上ではしゃぐキーファ。
ダンジョンにトラップがあるのは当たり前である。
《《野良ダンジョン》》に潜りまくっていたころは、何度もトラップに掛かりそうになった。
実戦を通じて磨かれた観察眼には、少々自信がある。
「ほい、これも!」
バキッ!
壁に仕込まれた、釣り天井のスイッチを破壊する。
「カナおねえちゃんは大丈夫かな?」
「そうだな」
クールに見えて、意外におっちょこちょいなカナである。
トラップに掛かっているかもしれない。
俺はトラップのスイッチを踏みつぶしながら、ダンジョンの奥へと向かう。
――――― 同時刻、B+ダンジョン最下層
「くっ……神速円斬!」
ドシュッ!
体当たりを仕掛けて来たトロールの頭を、ダンジョンポイントを込めた一閃で斬り飛ばす。
ぶおんっ!
「しまっ……」
ドガッ
「きゃああああっ!?」
首を失ったトロールの背後から現れた棍棒をかわし切ることができず、吹き飛ばされるカナ。
「うっ、ヤバい……」
何とか致命的なダメージは避け、回復魔法で治療したものの……今の魔法でMPが尽きてしまった。
現時点で倒したトロールは15体……もちろん過去最高記録ではあるのだが。
グルルルルル
まだトロールは10体以上残っている。
「なんで脱出できないの?」
先ほどから緊急脱出アイテムを使っているのだが、なぜか発動してくれない。
「くっ……こんな所で!」
ケントおにいちゃんに告白しないうちに、死んでたまるもんか!
こうなったらイチかバチかだ。
現在保有しているダンジョンポイント:711ポイント、そいつを全て攻撃に回す!
大量のダンジョンポイントを一気に解放した場合の反動が心配だが……このままだと確実にやられてしまう。
(ケントおにいちゃん!)
カナは目を閉じ、おにいちゃんに祈った。
ゴオオオオオオッ
左手に持った鞘が、信じられないほど熱くなる。
……次の瞬間。
ドガガッ!!
正面のトロール4体が吹き飛んだ。
「……へ?」
砂煙とともに現れたのは……。
「よ、カナ!
こっちが早く終わったから迎えに来たぜ!!」
「ほらほら見てくれ!
キーファのくまさんなりきりセット!!」
「がお~ん♡」
あまりにいつも通りなケントとキーファだった。




