第17話
「こちらの配信用バスで事前打ち合わせをする予定です」
「おお~」
「おっきぃ!」
桜下プロダクションのバスも豪華だが、緋城プロダクションはそれ以上だ。
ダンジョンの前に停まっている二階建てバスを見上げる俺とキーファ。
「それより、先方の指定して来たダンジョンは”ドラゴンズ・ヘブン”ですが、大丈夫ですか?」
「前回のドラゴンズ・ネストは物足りませんでしたからね……まあ、大丈夫でしょう!」
「そ、そうですか」
「わ~、ぱぱ最強!」
「むんっ」
パチパチと拍手をしてくれるキーファに向かってポーズを取る。
「くれぐれも気を付けてくださいね」
桜下さんは心配顔だ。
キーファちゃんねるのフォロワーたちも、
<ドラゴンズ・ヘブンてマジかよ……>
<さすがにドラおじでも厳しいんじゃ?>
<キーファたんにケガさせんなよ?>
などど、俺たちを脅かしてきている。
ふふ、ネストがヘブンになった所で、プレーンドラゴンが抹茶ドラゴンになるくらいだろう。
最上位ドラゴンが出るわけじゃなし、俺の拳でキーファには指一本触れさせねぇ!
「緋城カナは2階の会議室で待っているそうです。
私は先方のクソ女……もといマネージャーと打ち合わせがありますのでまずはプレ配信をお願いしますね」
……なんか微妙に嫌そうな桜下さん。
もしかしたら、カナのマネージャーと知り合いなのかもしれない。
学生時代、ボーイフレンドを取り合ったライバルとか……。
「ぱぱ、もうそうしすぎだよ?」
「……すまん」
キーファに叱られながら豪華なバスの中に入る。
「緋城カナか……」
彼女のプロフィールに目は通していた。
苗字が変わっており、愛らしかった顔も見違えるほど綺麗になっていたが彼女はおそらく……。
とんとん
階段を上がってすぐ、ドアの前に立った俺は軽くノックをする。
「!! ど、どうぞ!」
いささか上ずった声が聞こえる。
入室の許可を貰った俺はドアを開けて室内に入り……。
「っっ……ケントおにいちゃあああああんっ!」
だきっ
「おっと」
飛びついてきたセーラー服姿の少女を抱きとめ声を掛ける。
「よ、カナ!
5年ぶりか?」
やはりあの子だ。
キーファの遊び相手ができればと通っていた孤児院。
そこの年長さんで、俺もよく一緒に遊んでやったものだ。
「本当に、大きくなったな!」
にっこり彼女に微笑みかける。
「ぴいっ!?」
妙な鳴き声を発したカナはみるみる顔を赤くして……。
「ふわわわわわわわっ!?」
恥ずかしそうに両手で顔を覆ってしまったのだった。
*** ***
「うへへぇ……ケントおにいちゃんがちゃんとわたしのこと覚えててくれたぁ……」
バスの二階にある配信スタジオ。
椅子に座ったカナは先ほどから夢見心地だ。
「……もうすぐプレ配信が始まんぞ?」
桜下さんの指示では、双方のフォロワーにコラボの経緯を説明する事になっている。
こんな調子で大丈夫だろうか?
「キーファ、GO!」
「うんっ!」
こういう時は、キーファの出番である。
ててててっ
「カナおねえちゃん、ひさしぶりっ!」
ぴょんっ
勢いをつけたキーファが、カナに抱きつく。
ぽふっ
「ふおっ!?
もふもふ……って、キーファちゃんかわいすぎ!?」
とたんに正気に戻るカナ。
ふふ、キーファのもふもふは最強なのだ。
『まもなくプレ配信を開始します』
『本番10秒前……9、8、7、6、5秒前』
「おっと!」
いつの間にか配信時刻が迫っていたようだ。機械音声がカウントダウンを始める。
「わわっ、キャラづくりキャラ作り!」
ドタバタと席につく俺たち。
『3秒前……2、1……スタート』
「……皆様こんにちは。
お集まりいただきありがとうございます」
優雅な所作で、カメラに一礼するカナ。
何とか体裁を整えられたようだ。
「本日は大屋ケントさんのご厚意で、わたし緋城カナとのコラボ配信が実現しました。実はわたしとケントさんは過去に面識がありまして……もう一段高いレベルの探索者を目指し、今回のコラボをすることになりましたのでご理解をお願い致します」
もう一度一礼するカナ。
彼女はカリスマ配信者だ。
アイドル的な売り方はしていないとはいえ、いきなり男とコラボするとなれば、フォロワーがざわつくのも当然だろう。
<うおお、今日も美人だよカナ!>
<憧れのお兄ちゃんに興奮するところ、もう一度見せて欲しいな~>
「そ、それは……ご勘弁ください」
フォロワーのリクエストに赤くなるカナ。
<かわいい!!>
<カナたんの変化が楽しみだぜ……推せる!!>
「え、え~、それではコラボ相手のお二方を紹介します」
「お、大屋ケントです」
「キーファだよ~♪」
思ったのと違うフォロワーの反応に戸惑う俺。
てっきり”男は帰れ!”とか言われると思っていた。
<ドラおじ、カナをよろしく!!>
<カナのひみつ:実は年上趣味>
<マジか! お似合いじゃん!!>
……何かカナファンって、極まってない?
<む、ドラおじにもついに女の影が?>
<ケントさまとキーファちゃんの癒しに挟まるなんて……でもその障害すら、素敵!>
……うちのファンも大概だった。
ていうか俺ってドラおじって呼ばれてんの(今さら)?
27ちゃい(もうすぐ28)はオジサンじゃねぇぜ……と主張したくなったが、ダンジョン配信者の平均年齢は19歳。
墓穴を掘りそうだったのでその言葉をグッと飲み込む。
「とりあえず、俺なんかよりキーファをよろしく!」
その後もフォロワーたちのお遊びコメントに付き合いながら、無事プレ配信を終えるのだった。
なぜか終始カナは顔が赤かったな……熱でもあるんだろうか?
*** ***
「…………」
「…………」
和気あいあいとした配信室の隣。
殺風景な会議室の中でカナのマネージャーであるレニィと凛は、友好的とは程遠い雰囲気でにらみ合っていた。
「……今さら何のつもり?」
最低限の事務的なやり取りをした後、眉間に皺を寄せた凛がそう切り出す。
「何のつもりだと? ワタシはジル様の意向に従うだけよ」
「こんな危険な配信を提案してきてそれ?」
「アナタご自慢の、ドラおじなら大丈夫でしょ?
ま、駄目なら駄目でアナタのとこのシェアを貰うだけだけど」
「……相変わらずいけ好かない女ね」
「ジル様に気に入られなかったからって、嫉妬?」
「私はヤツのやり方が気に入らなかっただけよ」
「失礼な女ね、アラサー人間さん?」
「…………(ビキッ)」
バチバチとふたりの間に比喩ではなく火花が散る。
以前同じパーティで探索者をしていた二人。
今や仕事上のライバルで……同性としても犬猿の仲なのであった。




