第13話 緋城カナサイド
―――― 同日、緋城プロダクション休憩室
「ふぅ……少しはしゃぎ過ぎちゃったかなぁ」
ダンジョン配信の合間、プロダクションの休憩室で緑茶を飲んでいるカナ。
形の良い眉は少し下がっている。
「でもでも、仕方ないと思うんですよぉ!」
自分がお世話になっていた孤児院に何度も遊びに来てくれたカッコいいおにいちゃん。
今よりもっと恥ずかしがり屋だった自分に優しく接してくれ、探索者を目指すきっかけをくれた憧れの人。
今の義父に拾われ、ダンジョン配信者の道を歩み始めたあと。
暇を見つけては探していたのだが、彼はギルドや配信プロダクションには所属していないらしく……なかなか見つけることが出来なかった。
「それが、あんなドラマチックな再会をするなんて!」
ダンジョンの奥でドラゴンに襲われたカナを、絶体絶命のピンチから救い出してくれたのだ。
「しかもしかも、もっとカッコよくなってた!」
アレが大人の魅力というヤツだろう……ネットでは”ドラおじ”などと呼ばれているが、子育てを経験している男性のみが持つ包容力と渋み……。
「ふ、ふふふふ」
「……うはっ、鼻血が」
垂れてきた鼻血を慌ててふき取る。
恋は盲目というが、もともと年上好きのカナである。
ケントのビジュアルと雰囲気は彼女のドストライクなのだ。
「……おっと、いけないいけない」
はっと我に返り、パチンと頬を叩くカナ。
緋城カナのキャラクターとはかけ離れたムーブをしたうえ、書き込みしすぎてアカウントが凍結されてしまったのだ。
彼女のマネージャーからも、こっぴどく叱られてしまった。
「でも……」
こっそり見た桜下プロダクションの公式サイトによると、このあと14時からケントとキーファの会見が行われるらしい。
「うう……見たい。
むしろコラボしたい」
だが、緋城プロダクションと桜下プロダクションは不倶戴天のライバルである。
「はぁぁ」
その願いはかないそうになかった。
「ウチがスカウトしてくれたららよかったのに」
だが、ダンジョン配信の平均レベルを重視する義父は、ああいう尖った探索者には興味がなさそうだ。
『カナさん? 所定の休憩時間は過ぎていますが?』
ヘッドセットから冷厳な声が聞こえる。
マネージャーからの呼び出しだ。
「うわぁ!?
すいません、今行きます!」
少女はクールな女子高生配信者、緋城カナの仮面を被り、プロダクションが所有する配信用ダンジョンへ向かうのだった。
*** ***
「これは……あの時の男か。よもや生きていたとはな」
緋城プロダクションが入居する高層ビル、その最上階に位置する豪華な執務室の中で、一人の男がノートPCの画面を覗き込んでいた。
そこで再生されているのは、桜下プロダクションが発信する生放送。
一人の男と、ワーウルフの子供が画面の中で何やらじゃれ合っている。
7年ほど前に発生した、些細な……それでいて世の中に大きな影響を与えたダンジョンブレイクのただ一人の生き残り。
珍しい探索者適性を持っていたので接触したものの、その時の彼はそこまで男の興味を引かなかった。
娘の為に探索者を始めると言っていたが、彼は未熟でありすぐにダンジョンで果てると予想していた。
「それがこうして桜下にスカウトされるとは……興味深い事例だ」
男は壁の一面を埋め尽くすモニターに目を移す。
そこに表示されているのは、緋城プロダクションに所属するダンジョン配信者のフォロワー数と動画の再生回数のグラフ。
まるで証券取引所のような雰囲気だ。
「悪くはない……が」
重要なのは配信者が《《どれだけ世間に知られているか》》、である。
配信者本人の人格は重要ではない。
「オレが立てた仮説の検証には、もう少し数字が欲しいな」
男の目が、モニターの左上を向く。
プロダクションに所属する配信者の中では157万人と、トップクラスのフォロワーを誇る。
緋城 カナ。
緋城プロダクションを始め、様々なダンジョン関係の企業を傘下に持つ緋城コンツェルンの総帥であるこの男、緋城 ジル・ドミニオンの養子だ。
「だがそうだな……【イレギュラー】の候補が現れたのだ。
この辺りで試してみるのも一興だろう」
ジルは黒光りする執務机の上に置かれた内線電話を手に取る。
すぐに相手に繋がった。
「ああ、オレだ。
義娘が希望している件……許可しても良い」
ジルが許すとは思っていなかったのだろう。
少々戸惑い気味な女性の声が受話器から漏れる。
「それと、”プロジェクト・イシュタル”の件、気が変わった。
実験の準備に入る」
用件を伝え終えると、椅子を回転させ窓の外に視線をやる。
窓の外に広がるのは東京の摩天楼。
この東京の地下にもたくさんのダンジョンが存在する。
ジルの野望を叶える、金鉱脈。
豊穣の実りをもたらしてくれるはずだった。
その日が思いのほか近くに来そうで、思わずくぐもった笑いを漏らすジルなのだった。




