第105話 家族になろう
「ぱぱ、まま、また服を破っちゃった……」
「さすがに二着は持ってきてないからな、とりあえずカナのジャージを着といてくれ」
「は~い! えへへ、ぶかぶか♪」
「「くっ、可愛すぎか!!」」
ケントとカナがねえさんに駆け寄り、服を着せている。
それを横目で見ながら、ザックから自分の着替えを取り出し身に着ける。
黒いボディスーツとジーンズ地のオーバーオールにごつめのスニーカー。
潜入任務用にリヴァーサから支給されたものだ。
「………………」
リヴァーサの、ダークエルフの気配は全く感じられない。空間のゆがみが生じたのが見えたので、空間のはざまに呑み込まれ消滅したかどこか別の世界に飛ばされたか。
どちらにしろ、もう目にすることはなさそうだった。
「………………」
自分たちのボスであり、自分を拾ったダークエルフ。
彼女がシリンダに愛情を示すことは全くなかったし、兵器として育てられたシリンダは最期には使い捨てられる運命だった。
(ん)
だが一人くらい、彼女に祈りを捧げる者がいてもいいだろう。
シリンダは軽く頭を下げると、ザックを背負う。
「おう、キーファ。日本に戻ったら何が食べたい?」
「はんばーぐカレー!!」
「よっし、十人分は作るぞ!」
「パーティの準備もしなきゃだね」
「うんっ!」
両親に抱きしめられ、満面の笑みを浮かべるねえさん。
この光景が喪われなくて、本当に良かった。
(ふふっ)
シリンダは口元をほころばせると、音を出さないよう慎重に後ずさる。
(ねえさんたちに、迷惑を掛けるわけにはいかない)
リヴァーサたちの企みは、世界中に凄まじい影響を引き起こしたと考えられる。
これだけの規模のマナ災害をここUGランクダンジョンで起こしたのだ。
各地のダンジョンに壊滅的な打撃を与えていてもおかしくはない。
(自分は、その第一級容疑者)
捕まって処刑されるか、良くても投獄されるだろう。
このまま姿を消すのが最良だとシリンダは考えていた。
「よし」
充分ねえさんたちから離れたと判断したシリンダは、狼の力を使ってダッシュしようとして……。
「こらぁ! どこに行こうとしてるのかな!」
ぎゅっ!
「え、ええっ!?」
いきなり後ろから優しく抱きしめられた。
シリンダを抱きしめているのは、ねえさんの母親である緋城……大屋カナ。
一瞬前までねえさんと話していたはずなのに。
瞬間移動したようにしか思えないのだが。
「シリンダ、俺たちと一緒に日本に帰ろうぜ?」
「そうだよ、シリンダちゃん!」
ケントとねえさんもやって来た。
今や世界でもトップクラスの力を持つ三人だ。逃げることは出来そうにない。
「え、でもボクは……ねえさんをさらって」
酷いことをした。
思わず、素の反応をするシリンダ。
「あなたたちの家族になる資格なんてない」
ねえさんが説得してくれなければ、自分はケントとカナの最愛の娘をリヴァーサの贄として捧げるつもりだったのだ。
許してもらえるとは思えなかった。
「ふふっ、気にすることはないぞ」
ケントがしゃがみこみ、シリンダと目線を合わせる。
大きなケントの右手が、シリンダの頭をもしゃもしゃと撫でた。
「ふわぁ」
暖かくて、少しくすぐったい。
夢見ていたその感触に、すっかり魅了されてしまう。
「君がいてくれたから、生きていてくれたから……キーファのマナ欠乏症を治すことが出来たんだ。それに」
ぎゅっ
次の瞬間、シリンダはケントに抱きしめられていた。
「ごめんな、あの時……見つけてやれなくて」
「あっ」
シリンダがねえさんとほぼ同時にこの世界に転生して来た時、ねえさんはケントに保護され、自分はリヴァーサに拾われた。
自分が不幸だとは思っていないが、羨ましい、妬ましいと感じていたのも確かだ。
「8年間の埋め合わせ……にはならないと思うけど」
すう、と大きく息を吸い込むケント。
「俺たちの、娘に……家族になってくれ!!」
「あ、あああっ」
心のどこかで渇望していた、家族ノカタチ。
全身を包む暖かさに、シリンダの相貌から涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「うんっ」
ごく自然に、そう頷いていた。
「やったぁ! これで四人家族だね!」
「そうと決まれば、急いで帰りましょう!」
「おう! タリアに迎えの船を頼んだぞ!」
「ケントおにいちゃんナイス!!」
「えっえっ」
がばっ
次の瞬間、シリンダはねえさんと一緒にケントに抱きあげられると、凄いスピードで運ばれていた。
「えへへ、これからよろしくね、シリンダちゃん!」
「うんっ」
ねえさんの眩しい笑顔に、自然に笑みを浮かべるシリンダなのだった。
*** ***
「えっと……」
半日くらいは経ったのだろうか。
シリンダは己の置かれた状況に困惑していた。
「シリンダちゃん、食べて食べて!」
「甘いものが好きって聞いたから、ちょっと甘めにしてみたぞ!」
「ケントおにいちゃんのカツカレーは神の食べ物だからね! 絶対気に入るよ!」
両サイドと正面に座った三人からの圧が凄い。
シリンダが座っているのは、ピカピカに磨き上げられた木製の椅子。
目の前のテーブルにはホカホカと湯気を立てる謎の食べ物(?)が白い皿に大盛りになっている。
「あの、ボクはここに座っていていいの?」
ほら、入国審査とか検疫とか。
大屋ケント……自分の父親になった彼に抱きあげられたシリンダは、物凄い勢いで地上に運ばれ、そのまま待機していたボートに乗せられた。
ボートに揺られる事30分ほど。本島にある空港には、見たこともない双発戦闘機が鎮座していた。
ソイツの後部座席に放り込まれ、とんでもない加速に朦朧としていたら戦闘機は着陸し、そのまま近づいてきたタクシーに乗り込んだ。
「ふわぁ、シリンダちゃん。眠くなってきちゃった……」
車内でねえさんに抱き付かれ、疲れていたシリンダもウトウトと眠りの国に入国する。
……そして目を覚ましたらこの状況である。
記憶にある限り、入国審査を受けた記憶はないしそもそもシリンダは正式なパスポートを持っていない。
偽装身分証で過ごしてきたから当然なのだが。
「大丈夫だ!」
ケントが手渡してきたのは、日本国と書かれた臙脂色のパスポート。
「えぇ……」
大屋シリンダ、12月24日生まれ、満9歳。
いつの間にか、自分の身分証が出来ている。しかも名字が……。
「これで本当の家族だよ! シリンダちゃん!」
「それに今日は……キーファとシリンダの9歳の誕生日だ!!」
「おめでとう! キーファちゃん! シリンダちゃん!」
ぽぽんっ
クラッカーから色とりどりの紙吹雪が舞い上がる。
「あ、あのあの」
どうやら、今日はねえさんの誕生日らしい。
という事は、同じ日に転生して来た自分も?
「そうだぞ? シリンダがこちらの世界に生れ落ちてくれた日……つまり最高におめでたい誕生日だ!」
「……あ」
シーヴァにいる時に、自分の誕生日など意識したことは無い。
身分証に記載された年齢は、任務のたびに変わっていた。
もちろん、祝われる事なんてなく。
「ぱぱの特製ケーキもあるからね! まずはごはん食べよ!」
「さあ!」
「さあさあ!!」
今日が、自分の誕生日。感慨に浸る暇もなく三人からのプレッシャーが再開された。
(むむっ)
プレッシャーに負けてスプーンを手に取ったシリンダだが、目の前に置かれたこの食物は何だろう?
ポークカツレツは分かるが、その上にどろりとした茶色の泥(?)が掛けられている。
野菜とおぼしきかけらが浮いているので、食べられる物と思われるが。
その下には、炊かれたコメ。
(ごくり)
始めて見る食べ物だが、腹が減っているのも確かだ。しかも、食べないとこのプレッシャーからは解放されそうにない。
「じゃ、じゃあ」
意を決して、ポークカツレツにスプーンを入れる。
さくっ
小気味よい音と共に、たっぷりの泥とコメがスプーンに乗った。
ふわりと漂ういい匂いに導かれ、ゆっくりと口に運ぶ。
ぱくっ
「!?!?!?!?」
次の瞬間、とてつもないうま味と感動がシリンダの全身を支配した。
耳と尻尾が逆立ち、無意識のうちに満面の笑みが浮かぶ。
ぱくぱくぱくぱく
「はぁ、可愛い……」
「さすがキーファの妹、最強無敵な可愛さだな……」
「ふひゃあ……ぱぱとままって、いつもこんなに可愛い光景を見ていたんだね、ずるい!」
蕩けた顔でこちらを見る三人の顔を見る余裕もない。
シリンダはひたすらスプーンを口に運び続けた。
「じゃあ、俺達も食べるか!」
「「「いただきます!!」」」
「……いただきます」
すでに半分程食べてしまったが、三人に合わせていただきますをするシリンダなのだった。
*** ***
「ふぅ、お腹いっぱい!」
「今日は家族4人で一緒に寝ようぜ!」
「ですねっ!」
たっぷりのカレーライス(という名前らしい)とケーキを食べたシリンダは、
沢山の服とおもちゃを誕生日プレゼントだと受け取り、ねえさんとお風呂に入った後寝室に案内されていた。
「わわ」
目の前に広がっているのは、見たこともない柔らかそうな白いベッド。
さすがに、4人で寝るには少し狭そうだが……。
「そういうときは、ままに抱き付くの!」
ぎゅっ、ぽふん。
大屋カナ……自分の母親になった少女に抱き付くねえさん。
「それじゃ、シリンダは俺の方だな」
「ん」
ぎゅっ
されるがまま、ケントに抱き上げられるシリンダ。
ふわっ
そのままベッドにもぐりこむ。
(うわぁ)
信じられないほどやわらかくて、信じられないほど暖かい。
「電気消すぞ~。おやすみ、カナ、キーファ、シリンダ」
「おやすみなさいっ。ああ、ホント幸せだよぉ」
「キーファも! おやすみなさいっ!」
「……おやすみ」
家族と過ごす寝床は、こんなにも心地いいのか。
「……すぅ、すぅ」
昼寝したというのに、すぐに眠気が襲ってきた。
その日、シリンダは生まれて初めて本当の意味で熟睡できたのだった。