第103話 ラストバトル(その2)
「……なんだ?」
出現したモンスターはすべて倒し、残っているのは敵の親玉であるリヴァーサただ一人。魔狼に変身可能なシリンダは既に俺たちの娘となり、同じく神狼に変身可能なキーファと共にある。
ちらりと視線を投げると、目を覚ましたキーファがシリンダと抱き合っている。
尊いを通り越した神の光景に、思わず口元が緩む。
俺の隣には、世界最強女子高校生となった頼れる嫁、カナもいる。
ヤツがどんなスキルを持っていても、対抗できるはずがない。
俺はリヴァーサに降伏を呼びかけようとしたが……。
「ちっ」
ずおおおおっ
リヴァーサから感じる謎の威圧感に、構えを解くことができない。
「……まあいい、少々彼奴と我の命を削ることにはなるが、致し方ないわぁ」
ぎらり、とリヴァーサの紫の瞳が怪しい光を放つ。
ギイインッ……じゅおおおおおっ
「くっ!?」
「きゃあっ!?」
脳内に突き刺さるような不快な音が響いたかと思うと、牛乳に落としたコーヒーのような黒い染みが、空中に現れる。
ずっ……しゃああああっ
直径数メートルはある染みから浮き出るように、何者かがこの空間に顔を出す。
「な、なんだありゃ?」
最初は抹茶ドラゴンかと思った。
暗い緑色の鱗と、2本の角が見えたからだ。
ヴオオオオオオオオオオンンッ!
だが、出現したのはヒト型のモンスターだった。
身長は7~8メートルはあるだろう。四本の角を持ち、濁った相貌は真っ赤に輝く。
青黒い肌を持った肉体にははちきれんばかりの筋肉がついていて、紫色に光る腕輪のようなものが、4本の腕の手首に着けられている。
「魔人……デーモン系モンスター?
でも、これはっ!?」
「カナ、もしかして新種か?」
ダンジョンアプリでモンスターの姿を撮影し、データベースと照合しているカナ。
スマホを持った右手がガクガクと震えている。
「し、新種と言っても、現在ダンジョン内に出現するモンスターはほぼ全て分類が済んでいて……種族はすぐ適合できるんですが」
なるほど、前回ここに来た時に俺が相手したバジリスク・ロードもバジリスクの上位種だったもんな。
「で、でもあのモンスターはっ!」
カナのスマホに表示されているのは、『適合種無し』の文字。
つまり、今まで出現したことのない完全新種のモンスターという事だ。
「ふふふっ、ははははははっ!! こやつをそこらのモンスターを一緒にするんじゃないわよぉ?」
他に情報が無いか、カナと調べているとひきつった女の笑い声がダンジョン内に響いた。
「マナ・アーカイブから現出する虚ろな影とは違い、こやつは純粋な魔神! 太古の昔には僅か二体でかの大国ヴェテルギスを滅ぼした伝説の……」
なんか固有名詞バリバリで長口上を始めたリヴァーサを無視して、カナのスマホに表示されたモンスターの情報を確認する。
「このブルーデーモンって奴が比較的近いよな。
ランクはSS、HPと魔力が高くステータス異常を引き起こす魔法を使ってくるか……なるほど」
「いやでもケントおにいちゃん、あいつの方がもっと強そうですよ?」
確かに、ブルーデーモンは角が一本しかないし、腕は二本だ。
角と腕の数が強さに比例するとしたら、ブルーデーモンの数倍の能力を持つのだろう。
「たとえコイツの100倍の強さだったとしても……」
ちらり、と俺たちの背後にいる愛娘たちを見る。
胸の前で両手を組み、こちらを見つめるキーファ。
ああ、もう大丈夫そうだ。早く終わらせてお腹いっぱい飯を食べさせてやらないとな。
そして、そんなキーファの肩を支えてくれるシリンダ。
彼女と視線が合うと、小さく頷いてくれた。
「パパとママが怖気づくわけにはいかないだろ? 最強なんだから」
「!! へへっ、その通りですね!」
得物を抜刀し、ミスリル銀で出来た刀身の切っ先を魔神に向けるカナ。
「ぱぱ、まま! がんばって! わおわお~~~ん!!」
「ねえさん、私も! ウオオオ~~~ン!!」
呼応するように、キーファから可愛い遠吠えが、シリンダから力強い遠吠えが返される。
双子とはいえ、姉妹で違いがあるのがとても微笑ましい。
ごごごごごっ!
キーファのレアスキル、『にこにこキーファ』だけではなく、シリンダのバフスキルも。
二人の遠吠えが俺たちを包み、更なる高みへと引き上げてくれる。
「よし! キーファとシリンダの応援を貰った俺たちは……無敵だ!!」
「ですねっ!!」
俺とカナは、高揚しきった気分のまま魔神に向けて床を蹴った。
*** ***
「ば、馬鹿な!?」
目の前で繰り広げられている光景が信じられない。
完全な精度を持って現出した魔神。
いくら大屋ケントと大屋カナがそれなりの力を持っているとしても、こちらの世界の人間では相手になるレベルではないはずだった。
「うおおおおおっ! ケントパンチ!!」
どしゅっ!
大屋ケントの光り輝く拳が魔神の左上腕を捉えたかと思うと、轟音と共に魔神の腕、肘から先が吹き飛ぶ。
「カナっ!」
「はいっ!」
「奥義、神速円斬・豪炎っ!!」
ザシュッ!
すかさず大屋カナが炎の魔法剣で斬りつけ魔神の腕を根元から斬り落とす。
ぼおおおおっ!
同時に魔神の左半身が炎に包まれ、傷跡を焼いていく。
グガアアアアアアアアッ
苦悶の叫びを上げる魔神。
ブンッ、ブンッ、ブンッ
憤怒の表情を浮かべた魔神は、残った二本の腕の先に漆黒の魔力球を生成する。
(!! これで決まったな)
第六属性である闇のマナから生み出された魔力球。
触れたものすべてを分解し、魔装次元に浸透させる恐るべき攻撃だ。
魔神の切り札……さすがに勝負あったと確信するリヴァーサだが。
「こんなもの! ふんっ!」
大屋ケントの右腕がさらに輝いたと思うと、魔力球に向けて無造作に突進する。
ばしゅうううううっ!
大屋ケントの拳の一撃で、あっさりと吹き散らされる魔力球。
「………………」
信じられない光景に、絶句するリヴァーサ。
(闇のマナを消滅させた……だとっ!?)
通常、魔法や魔術、スキルにはすべてマナと同じく属性がある。
一般的な五大属性に闇と光。
それぞれの属性が複雑に絡み合い、無数の魔法やスキルを形作っているのであるが……。
(奴のダンジョンポイントアタックは、その枠外にあるというのか!?)
信じられない。
何と危険な力なのか。
奴の攻撃が闇のマナを消失させてしまうのなら……リヴァーサの目的の、天敵と言えた。
こつん
じりじりと後ずさるリヴァーサの右足が、何かに当たった。
「ちっ」
そこに倒れているのは、気絶した緋城・ジル・ドミニオン。
コイツを目覚めさせたとしても、あの二人にはかなわないだろう。
(仕方ない……ここは我らの悲願だけでも)
覚悟を決めたリヴァーサは、己の体内にあるエーテルゲートのロックを外す。
魔神が健在なうちに、やるしかない。
「我らの悲願……こんな所でええええっ!」
ズオオオオオオオオオオオオオッ
リヴァーサを中心に、膨大な闇のマナが発生する。
漆黒よりなお暗い光(点をつける)は……。
ばちばち、ばちっ!
周囲の空間を侵食しながら広がっていくのだった。
書籍版第3巻、いよいよ7月25日発売です!
是非、予約よろしくお願いします!
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