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第100話

「シリンダ……!」

「シリンダちゃん!」


 俺たちの説得を受け入れてくれたのか、変身を解き人間形態に戻ったシリンダ。


「…………」


 カナから手渡されたぶかぶかのパーカーを羽織り、イチゴクレープをぱくぱくと頬張るシリンダは先ほどから無言だ。


 ぱたぱた


 だが、漆黒の尻尾は機嫌よく振られており、ときおり興味深げにこちらを観察してくる。

 キーファに比べて少しだけ背の低い、双子の妹。

 狼耳や尻尾の先端部は白銀に輝いており、キーファとまるで合わせ鏡のよう。

 外見からも、彼女がキーファと双子であることがはっきりと見て取れる。


「……キーファ(ねえさん)を助けても」


 クレープを食べ終えたシリンダが、クリームのついた人差し指をぺろりと舐め、だしぬけに口を開く。


「私を変わらず愛してくれるの?」


 こちらを探るような上目遣い。


(カナ!)

(うんっ!)


 カナと目配せを交わす。

 俺たちの答えは、決まっていた。


「ああ、もちろん!」

「毎日、《《おかえり》》って言ってあげる!」


 ぎゅぎゅっ!


 シリンダに目線を合わせて、優しく抱きしめる。

 俺は前から、カナは背後から。


 なでなで


 華奢で小さな背中を、ゆっくりと撫でる。


 ぬくもりが、愛情が……出来るだけたくさん伝わるように。


「!!!!」


「…………ふふっ」


 眼を大きく見開いたシリンダの表情が、ふにゃりと緩み、小さな口が笑みの形を作る。


「あったかい……」


「「!?!?!?」」


 冬を耐えた梅の花が、そっとほころぶように。

 可憐なシリンダの笑顔に、一撃で魅了されてしまう俺とカナなのだった。



 ***  ***


 ゴゴゴゴゴゴゴッ!!


「くっ!?」

「きゃっ!?」


 笑顔を見せてくれたシリンダに、キーファのいる場所と敵の事を聞こう。

 そう思った瞬間、ダンジョン全体が大きく揺れる。


「……これは」


 きりりと引き締まる、シリンダの表情。


「リヴァーサの……フェーズ2発動」


 シリンダはそうつぶやくと、俺たちから離れこちらに向き直る。

 大きな蒼い瞳には、先ほどまでと違って強い意志が宿っている。


「なんとかねえさんを開放してもらえるよう、リヴァーサに頼んでみる。

 二人はゆっくりとついてきて。

 リヴァーサは……貴方たちを足止めしろと、私に命じているから」


「おう!」

「了解だよ、シリンダちゃん!」


 シリンダに向かって、了解のサムズアップ。

 リヴァーサとかいう敵のボスは、シリンダが翻意したことを知らないはずだ。

 彼女の策は、有効なものだと思えた。



 ***  ***


(こんなにあっさり、私の事を)


 信頼するなんて。

 内心驚きを隠せないシリンダ。


 ケントとカナはリヴァーサの企みの事を詳しくは知らないはず。

 フェーズ3がどんなモノかは自分も知らないが、残された猶予が少ないことはダンジョンの様子からなんとなく悟っているはずだ。


 自分が時間稼ぎのために、わざと翻意したふりをしていると疑ってもおかしくないのに。


「よろしく頼むね、シリンダちゃん!」

「危なくなったら、すぐに連絡な。パパ、速攻駆けつけるから!」


「!!!!」


 自分の頭を優しく撫でる、ケントの大きな手。

 ダンジョンアプリにケントの連絡先が送られてきた。


「うん、任せて」


 オオオオオオオオオンッ!


 シリンダは着ていたパーカーを脱ぎ、カナに手渡すと、再度魔狼に変身した。


 だんっ


 目指すはダンジョンの最奥、リヴァーサとキーファ(ねえさん)のいる儀式の場である。



 ***  ***


 十分後、UGランクダンジョン最奥部。


「……シリンダか、ご苦労。フェーズ3は五分後に発動させるわよぉ」


 シリンダが最奥部に到着した時、リヴァーサはすべての準備を完了したようだった。

 ねえさんが変身した神狼はぐったりと力なく地面に倒れこんでおり、神狼を中心に巨大な魔方陣が描かれている。


 その奥に続く、巨大な縦穴には膨大なマナが集積していて、気のせいか呼吸が窮屈なほどだ。


「……で、イレギュラー(ケント)らはどうだった?」


 流石のリヴァーサも、疲労の色は隠せないようだ。

 肩で息をしながら魔方陣のそばに座り込んでいる。


『…………』


 ここからが大事である。

 シリンダは事前に考えた話の流れを反芻しながら、変身を解く。


 しゅるるるるるるっ


「……手強かった。私の全力でも倒せなかった。

 でも、戦闘不能にしたから数時間は動けないと思う」


「……ふうん?」


 リヴァーサの紫の瞳が、興味深げにシリンダを見る。



 ***  ***


(なるほどねぇ)


 すっと目を細め、シリンダの様子を注意深く観察する。

 リヴァーサの想定よりかなり早く戻って来た少女。


 変身を解いたシリンダは息を荒げており、魔力も大きく消耗しているようだ。

 だが、その華奢な体には傷一つついていない。


 大屋ケントと大屋カナはマナを応用した面妖な戦闘術を使う。

 特に大屋ケントの力は侮れず、こちらの世界の人間の中では隔絶した能力を持つはずだ。


 連中が戦いの最中でシリンダの素性を知って攻撃をためらい、その隙を突いて連中を倒したのだとしても……シリンダが無傷で済んでいるのはおかしい。


(それに)


 相手を殺さずに手加減するなんて。

 戦闘人形と揶揄されたシリンダには似つかわしくない行動だ。


「……あの二人は、使える。

 キーファと私で油断させ、篭絡すれば……組織の役に立つんじゃないかな」


(ふ、ふふふふふふっ!)


 あまりに稚拙な企みに笑いが漏れてしまう。

 そうか、この戦闘人形は大屋ケントと大屋カナに絆されたのか。

 キーファ(姉)との接触で、メンタルの変化を見せていたシリンダ。

 ある意味、生まれたばかりの小鳥のような状況で甘言を掛けられればこうもなるか。


(どうする……)


 シリンダの変化を見落としていたのは少々失態だが、我らの計画はほぼ完遂している。

 フェーズ3発動に必要な《《第六属性》》のマナは、このワーウルフの双子を使い潰せば賄えるだろう。

 儀式による消耗がある今の自分では、大屋ケントと大屋カナの相手は少々厳しい。

 素早く今後のプランを検討したリヴァーサは、方針を決める。


「”戻った”後に少々苦労しそうだが……駒はまだある」


 縦穴の近くにうつぶせで倒れているジル。

 さきほど、ここから逃げ出そうとしたので電撃魔法で気絶させた。


「力は数段劣るが、秘術で強化すれば何とかなるだろう」


 リヴァーサはそう独りごちると、シリンダに向き直る。


「…………リヴァーサ?」


「そうねぇ。フェーズ3の発動に必要な魔力とマナはまだ少し足りないけども。

 お前の進言はもっともだ……開放してやろう」


「リヴァーサ!」


 僅かに口元をほころばせるシリンダ。

 だが、リヴァーサが続けた言葉は……彼女を絶望させた。


「我らの世界を取り戻す、人柱としてな!」


 バチバチバチ、バチイイッ!


「あっ、ああああああああああああああっ!?」


 キーファを取り囲んでいた魔方陣がシリンダの所まで伸び、禍々しいスパークを発生させる。


 オオオオオオオオオンッ!!


 激痛の中で、強制的に狼変身させられるシリンダ。


「お前の企みなどお見通しだ。ここで使い潰してやる!」


 リヴァーサの両眼が紫色の光を放った瞬間、シリンダの心を絶望が覆った。


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