第10話
「さて……どうなったかな?」
イカキングを倒してダーク・アビスを攻略した俺たち。
なんかまたコメント欄が壊れてしまったので、キーファのびくとりぃポーズをエンディングにして配信を終え、俺たちは自宅に戻っていた。
「シュークリーム、おいしい~♪」
今日はたくさん応援してくれたからな。
ご褒美として買った特大シュークリームにかぶりつくキーファ。
「ぱくぱく」
ほっぺと鼻の頭にカスタードクリームを付けてシュークリームを堪能するキーファ。
可愛さの暴風である。
「そういえば、今日は”ぱくぱくキーファ”を配信する余裕がなかったな」
このシーンは有料フォロワー限定動画にすることにしよう。
「それよりも」
今日どれだけダンジョンポイントが投げられたのか……俺はそれが気になっていた。
「そこそこ貰えていると信じたい」
何しろ100万人以上視聴者がいたのだ。
「ゆーて、ダンジョンポイントを持ってないヤツも多いからなぁ……」
ダンジョンスキルアップパワーポイント……通称ダンジョンポイントは、地球にダンジョンが出現してから人間の中に生まれるようになった魔力の結晶で、探索者適性を持つ人間なら、ダンジョン探索を通じて普通に獲得できる経験値のようなものだ。
一般人にもダンジョンポイントは発生するのだが、その量は年間10~20ポイントとごくわずか。
ダンジョンに興味がなく放置している人や、小銭稼ぎのためダンジョン協会に売ってしまう人もいるので意外に貯めている人間は少ない。
また、ダンジョンを攻略して得られるポイントは100~200程度なので、やはりダンジョン協会のショップで購入する方が圧倒的に効率がいい。
「だけどな」
何度も説明するが、キーファのLPをチャージするには、ショップで購入できる”人工物”のダンジョンポイントではなく、人間の中に生まれる”天然物”のダンジョンポイントが必要だ。
ぴっ
【投げ銭とダンジョンポイントの集計が完了しました】
「おっ!」
その時、俺のスマホに待ちに待った通知メッセージが。
俺たちが契約している配信代行業者が、配信中に投げられた投げ銭とダンジョンポイントを纏めてくれるのだ。
「もちろん、手数料は取られるけどな」
わくわくしながらダンジョンアプリを開く。
「……は?」
そこに表示されていたのは、驚くべき数値だった。
【配信No:270502-S11876
投げ銭:2,382,312円
ダンジョンポイント:33,216
*上記より、手数料5%が引かれます】
「「え、ええええええええっ!?」」
俺とキーファの叫び声が、部屋中に響き渡ったのだった。
*** ***
「さ、三万以上?」
投げ銭はともかく、ダンジョンポイントの量が異常だ。
恐らく、数万人が投げてくれたのだろう。
まごう事なき、天然物のダンジョンポイント!
「うおおおっ!」
なんかバズった(?)お陰なのかもしれないが、最後のアピールも効いたに違いない!
「よし、さっそく使うか!」
「うんっ!」
善は急げ、俺はゲットしたダンジョンポイントをキーファのライフポイントにチャージすることにした。
「むにゅ~」
ソファーに寝転ぶと、両手を組み目を閉じるキーファ。
「”命よ”……!」
俺はコマンドワードを唱え、そっとキーファの狼耳に着けられたアミュレットに触れる。
「んぅ」
ぱああああああっ
暖かな光が、キーファの全身を包む。
========
氏名:大屋 キーファ
年齢:8歳
種族:ワーウルフ
……
LP:433日→733日(ダンジョンポイント:33,000を消費しました)
……
========
「や、やった!!」
思わずガッツポーズをする。
キーファとダンジョン配信を始めて1年余り……LPが黒字になったのは初めてである。
「……ぱぱ!」
ゆっくりとキーファが両眼を開く。
宝石のように美しい蒼い瞳は、いつも以上に煌めいている。
「キーファ!
良かった……良かった!!」
へなへなと腰が抜ける。
だきっ!
自分とキーファの涙の暖かさを感じながら、俺はキーファを抱きしめ続けるのだった。
*** ***
「今夜はごちそうだな!」
大好きなアニメを見ながらソファーに座るキーファをほっこりと眺めながら、夕飯のメニューを考える。
心なしか、いつもより世界が輝いているようだ。
「……って、お?」
勢い込んで冷蔵庫を開けたものの、中に入っていたのは野菜ばかりで肉や魚がほとんどない。
「しまった……買い物に行くのを忘れていた」
昨日からバタバタしていたせいだ。
健康のため、野菜も食べさせるようにしているがキーファはワーウルフ。
やはりお肉やお魚が大好きなのだ。
「いまから買い出しに行くと遅くなるな……」
時刻は既に18時半、この際外食も考えるべきか?
俺がこの後のプランを考えていると、リビングから俺を呼ぶ声が。
「ぱぱ、スマホさんがぶーぶーいってるよ!」
「ん?」
生活の全てがキーファ中心に回っている俺にとって、スマホに登録している連絡先は少ない。キーファのかかりつけ医である治次郎さんに、配信関係の業者、昔の知り合いくらいだ。
「なんだなんだ?」
スマホを開くと、そこに表示されていたのは50を超えるメールの通知。
メールのタイトルは……。
『大屋 拳斗さまへ、スカウトのお誘い』
大量のスカウトメールだった。
*** ***
「これはABCプロダクション? 配信関係か。
こっちは迷宮神技? ああ、ダンジョン探索ギルドね」
メールの内容はすべてスカウトで、書いてある内容は大体一緒だった。
『貴方をギルドの(プロダクションの)メンバーとしてスカウトしたい』
『最上級の待遇をお約束する。報酬条件はうんぬんかんぬん』
「わわ! ”迷宮神技”ってギルドランク2位のギルドだよ!
ABCプロダクションはさいきん伸びてる配信会社で、エース配信者としてぱぱを迎えたいんだって!」
「ほほ~」
相変わらずキーファの知識はスゴイ。
いやぁ、ウチの娘は天才だなぁ!
「ぱぱ、ちゃんと考えようね?」
「はいっ!」
……叱られてしまった。
高度なスキルや魔法が使えない底辺探索者の俺にこれほどのスカウトが来るなんて、実感が湧いて来ない。
「ぱぱ、どうかな?
なかまができるのもいいと思うし!」
キーファは俺がボッチな事を気にしてくれてるのだろう。
俺はキーファがいるだけで幸せなんだけどな~。
とはいえ、キーファが真剣に考えてくれているのだ。
ちゃんと内容を読むべきだろう。
「……うーん、ABCプロダクションは宣伝力があるけど手数料が高いな。
”迷宮神技”は日本一稼いでいるギルドだからかノルマがキツイ……」
他のスカウトも似たり寄ったりだ。
「……だめ?」
「そうだな……」
どこかの配信プロダクションに所属した場合、視聴者は集まるだろうが配信活動にはプロダクションの意向が絡むはずだ。
下手をすれば今より配信の回数が減るかもしれないし、手数料も30~40%は取られる。
探索者ギルドは稼げるだろうが海外のダンジョンへの長期出張もあると書いてあるので……。
「キーファとの時間が減るのは絶対NG!!」
「ぱぱ♡」
俺的に問題外なのであった。
それに、キーファにはマナ欠乏症の発作の心配がある……長時間彼女のそばを離れることは考えられなかった。
「今日あれだけ視聴者が集まったしな……」
現時点であまりどこかに所属するメリットを感じない、というのが正直なところだ。
とはいえ、ソロは不安定なのも確かだし……。
「むむむ……ていうか、どこもキーファの事に触れていないのが気に食わないな」
コイツらはちゃんと配信を見ていたのだろうか?
むくれていると、一通のメールが目に留まる。
「差出人は……桜下 凛?」
どこかで聞いた事があるような?
「どれどれ?」
『豪快なケントさんの戦いと、可愛いキーファちゃんの応援に目を奪われました』
『まずは色々お話ししたいので、お食事にでも行きませんか?』
『もちろん、キーファちゃんとご一緒に!』
「……へぇ」
ちゃんとキーファを見てくれていたようだ。
いきなり条件を提示してこないところもいい。
メールに添付されていたお店の場所は、ウチの近く。
オススメメニューは……。
「はんばーぐ!!」
……少しくらい話を聞いてみてもいいだろう。
よだれを垂らしたキーファの勢いに負け、俺たちは桜下さんと食事に行くことになった。




