第三話
夏休みが終わりしばらくして、夏の暑さも収まり始めた頃、教室の後ろの席で、女子用の制服を違和感なく着こなす秋山孝と仁王像のような鍛えられた体の氷川拳志が談笑していた。
その時、教室の扉が開き、外立桜華が入ってきた。彼女はいつものおっとりとした歩みで、持っている教科書を机の上に置く。
「おはよう桜華、何か面白い話は?」
孝が声をかける。
「んー、昨日ね、面白いかどうかわからないけど、ちょっと変なことがあったの」
と桜華は、まるで怪談話を始めるような口調で言った。
「変なこと?」
拳志が興味を引かれる。
「うん、近くの丘の上に公園があるでしょ?そこに続く階段を登ってたの。普段なら何もないのにね、昨日は転んじゃったの。」
と彼女は、さも何でもない話のように語り始める。
「転んだ?」
孝が眉をひそめる。
「そう。普段なら大したことないのに、凄い痛みが足に走ったの。見たら、信じられないけど、足に鎌で切ったような傷ができてたの」
と桜華は、まるで愉快な話のようにつづける。
「鎌?」
「そう、鎌。しかも、流れる血が黒かったの。でも、なんだか怖くはなくて、興味深かった」
と彼女は危機感の欠片もなく、むしろ楽しそうに語る。
「黒い血って、どういうことだ?」
「本当に黒かった。普通の赤じゃないの。でも、びっくりして救急車を呼ぼうとしてるうちに傷はほとんど治ってたの。まるで魔法でもかかったみたいに」
と桜華は肩をすくめてみせる。
「それって、怪談話みたいだな。桜華、怪談好きだから、自分で作ってるんじゃないのか?」
「作るも何も、本当にそうだったのよ。でも、怖くなかったから、怪談話みたいに語っちゃったんだけど」
と彼女は微笑む。
「それにしても、怪我が急に治るってどういうことだ?」
「わからないの。でも、考えれば考えるほど面白いの。例えば、そこの公園の土地に特別な力を持ってるのかもってね」
と彼女は夢見るような目で言った。
この話に、孝と拳志は顔を見合わせて、笑いながらもどこか寒気を感じていた。桜華の話は、まるで怪談のように現実感が薄れ、彼女自身がその一部のように見えた。
「まあ、桜華が大丈夫ならそれでいいけど、気をつけてな」と孝が言うと、拳志も「本当に。怪しい話だが、何かあったら助けになる」と付け加えた。
「ありがとう。でも、私、なんだか楽しかったの。不思議な出来事って、人生を豊かにするよね」と桜華は心からそう思っているようだった。
その後も三人は笑い合い、日常の話題に戻ったが、桜華の話はどこか心に残り、夜の闇に包まれた教室の窓から見える丘の上の公園への階段が、もっと不気味に見えるようになっていた。
そして、本人たちは預かり知らぬところで、孝が女子の制服を違和感なく着ていることや、拳志のマッチョな体形も、怪談の一部に加えられていることを…