第三十七話
夜の街を歩く拳志の足音が、静寂の中に響いていた。
桜華の様子を見るのと桜華のドッペルゲンガーの謎を探るために実家である神社へと向かっていた。
神社の鳥居をくぐると、風が木々を揺らし、不思議な気配が漂っていた。境内は静かで、月明かりが石畳を照らしている。拳志は深呼吸し、石段を登り始めた。桜華が巫女として育った場所なら、何か手がかりがあるはずだと信じて。
すると、石段の途中で見慣れた人影が現れた。月明かりの下、桜華が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「拳志くん、また会ったね。こんな時間に神社に来るなんて珍しいよ。」
拳志はその姿に一瞬驚きつつも、すぐに冷静さを取り戻した。
「桜華、またお前か。今回はちゃんと覚えててくれると嬉しいんだが。」
桜華は首をかしげ、軽く笑った。
「覚えてるよ。拳志くんと一緒に謎を解こうって話したよね。私も少し調べてみたんだ。でも、何か用があって来たの?」
拳志は彼女の目をじっと見つめ、前回の出来事を思い出しながら切り出した。
「桜華、あの日のことだ。公園で会った直後に、お前が別の場所から現れた。あれは何だったんだ?俺はあれが偶然とは思えない。お前が何か隠してるのか、それとも別の何かがあるのか、はっきりさせたい。」
桜華の笑顔が一瞬揺らぎ、彼女は視線を地面に落とした。しばらく沈黙が続いた後、静かに口を開いた。
「拳志くん、やっぱり鋭いね。あの日のことは、私にも説明が難しい部分があるんだ。でも、隠してるつもりはないよ。ただ…私一人じゃないって言うか…」
拳志はその言葉に眉をひそめた。
「一人じゃない?どういう意味だ?」
桜華は少し迷うように言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。
「実は、私の妹の美咲に協力してもらっているの。」
「妹?」拳志は驚きを隠せなかった。「お前がそんな話をするなんて初めてだ。で、その美咲が何なんだ?」
桜華は深く息を吐き、覚悟を決めたように拳志を見上げた。
「拳志くんに全部話すよ。でも、少し長くなるから、境内でお茶でも飲みながら聞いてほしいな。」
二人は神社の社務所に移動し、桜華が用意したお茶を手に持つと、彼女は静かに語り始めた。
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「知っての通り美咲は私の妹で、2歳下なんだ。見た目は私とそっくりで、よく双子と間違われるくらい。でも、性格は正反対。私がわりと明るくて人と話すのが好きなら、美咲は人見知りで内向的。でも、すごく優しい子なんだ。誰かを傷つけるなんて考えられないくらいね。」
拳志はお茶を一口飲みながら、桜華の話に耳を傾けた。
「それで、その美咲があの日のこととどう関係してるんだ?」
桜華は少し目を細め、遠くを見つめるように続けた。
「前にも言ったけど、私は美咲の神通力で擬似的な肉体を得たイマジナリーフレンドになるんだけど、この体を作る時にベースになったのが美咲だから私も巫女としての能力をコピペされたんだけどね。その時にわかったことがあるの、美咲は巫女としての素質が絶大で、神通力も私よりずっと強い。お祓いの力も、妖怪を封じる力も、全部が桁違い。でも…その性格のせいで、力を十分に発揮できないんだ。人見知りで内向的で、優しすぎるから、戦うなんてことには向いてない。私が妖怪退治をしてるのを見てても、『怖いね』とか『痛そう』って言うくらいで、自分から立ち向かえないの。」
拳志は首をかしげた。「じゃあ、どうしてその美咲があの日の公園にいたんだ?」
桜華は少し申し訳なさそうな表情を見せた。
「実は、私が美咲に私の力を流し込んで、擬似的に私と同じ人格を持たせてるんだ。そうすると、美咲は私の話し方や仕草、記憶までリンクして、私そのものみたいになる。その状態なら、美咲の優しさや内向的な部分が抑えられて、私みたいに戦えるようになるんだ。」
拳志はその説明に驚きを隠せず、桜華を見つめた。
「お前、何!?美咲の力を借りてるってことか?でも、その直後に会ったお前はどう説明するんだ?」
桜華は少し考え込むように手を顎に当てた。
「あの日は、私と美咲が別々に動いてた。私がどこかで妖怪の気配を感じて、美咲に力を流して公園に行かせた。その後、私自身が別の場所で拳志くんと会った。タイミングが重なったのは偶然かもしれないけど…美咲が私として振る舞ってたから、拳志くんには分からなかったんだね。」
拳志はその説明に納得しかねる部分を感じつつ、さらに質問を重ねた。
「でも、なんでそんな面倒なことをするんだ?美咲にそんな力があるなら、自分で戦わせればいいじゃないか。」
桜華は少し悲しげな笑みを浮かべた。
「それが…美咲の性格が問題なんだ。いくら力が強くても、人見知りで優しすぎるから、自分で戦うなんて無理。私が力を流し込むと、私の人格が美咲を動かすから、戦闘向きになる。私一人じゃ手に負えなくなった時とか、どうしても助けが必要な時に、美咲を借りてるんだ。」
拳志はその言葉に複雑な感情を抱きながら、桜華を見つめた。
「借りてるって…美咲はそれでいいのか?自分の意志じゃないのに、お前として動かされるなんて。」
桜華は目を伏せ、静かに答えた。
「美咲にはちゃんと話してるよ。最初は嫌がってたけど、私が巫女としてこの地域を守る責任があるって分かってからは、協力してくれるようになった。ただ、自分の力が使えないのが悔しいみたいで…私が力を流した後、ちょっと落ち込んでる時があるんだ。」
拳志はその話に深い感慨を抱きつつ、桜華に問いかけた。
「桜華、お前はそれでいいのか?美咲の力を道具みたいに使って…彼女自身の意志で戦う方法はないのか?」
桜華は拳志の言葉に少しだけ表情を硬くした。
「道具だなんて思ってないよ。美咲は私の大切な妹だし、私がこんなことするのは、彼女を守りたいからでもある。この地域には妖怪だけじゃなくて、もっと危険なものもいるかもしれない。私一人じゃ守りきれない時、美咲の力が必要なんだ。でも…拳志くんの言う通り、美咲自身の力で戦える方法を考えなきゃいけないのかもしれないね。」
拳志はその言葉に深い思索に沈んだ。桜華の巫女としての責任と、妹への愛情が交錯する複雑な状況。だが、彼にはまだ疑問が残っていた。
「分かった。美咲が公園にいた理由はそれで納得する。でも、桜華、お前がその直後に別の場所に現れたのは本当に偶然なのか?何か俺に隠してることはないか?」
桜華は拳志の鋭い視線を受け止め、少し笑った。
「拳志くん、やっぱり疑い深いね。でも、隠してることはないよ。あの日は、私が別の場所で妖怪の気配を追ってた。美咲に公園を任せて、私が別の場所を調べてたんだ。拳志くんと会ったのは、本当にタイミングが重なっただけ。」
拳志はその説明に一応の納得を見せつつも、内心ではまだ何か引っかかるものを感じていた。桜華の話は筋が通っているが、彼女の穏やかな笑顔の裏に、何か深い秘密が隠されている気がしてならなかった。
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その夜、拳志は神社を後にし、再び夜の街を歩き始めた。すると、路地裏から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「拳志くん?」
振り返ると、そこには桜華に似た少女が立っていた。だが、その雰囲気は桜華とは微妙に異なり、どこか緊張した様子が感じられた。拳志はその顔に見覚えがあった。数週間前、街中で桜華と間違えて声をかけた少女だ。あの時は「人違いです」と逃げるように去っていったが、その顔は確かに桜華にそっくりだった。
「君は…美咲さんだね。」
美咲は小さく頷き、少しうつむきながら答えた。
「うん…私、外立美咲。お姉ちゃんの妹。お久しぶりですね。」
拳志はその言葉に記憶をたどりつつ、彼女に問いかけた。
「こんな時間に何してるんだ?お前、お姉ちゃんの力に絡んでるんだろ?」
美咲は少し緊張した様子で答えた。
「お姉ちゃんがまた妖怪の気配を感じて、私に力を流してきたみたい。でも、今回は私、ちゃんと自分でいたいって思って…力を跳ね返したんだ。そしたら、お姉ちゃんがどこかに行っちゃって、心配で探してるの。」
拳志はその言葉に驚きを隠せず、美咲を見つめた。
「跳ね返した?お前、そんなことができるのか?」
美咲は小さく頷いた。
「うん…最近、少しずつ分かってきたんだ。お姉ちゃんの力が私に入ってくると、私じゃなくなっちゃう。でも、私だって自分で何かしたいって思うから…今回は抵抗してみたの。私、自分の力で戦えるはずなのに、怖くて優しすぎて、うまく使えないんだ。」
拳志はその話に深い感慨を抱きつつ、美咲に近づいた。
「美咲、お前がそんな気分でも、俺が何か手伝えるなら言うんだ。お前とお姉ちゃんのために、俺も戦うから。」
美咲は少しだけ安心したように微笑み、拳志の手を握った。
「ありがとう…拳志くん。私、お姉ちゃんの力になってあげたい。でも、私、私のままでいたいし、自分の力で戦いたいんだ。」
拳志はその言葉に頷き、美咲と共に神社へと戻ることを決めた。美咲の優しさと内向的な性格が、彼女の絶大な力を抑えている。しかし、彼女がその力を自分の意志で引き出せれば、桜華以上の巫女になれるかもしれない。
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神社に戻ると、桜華が境内を歩いている姿が見えた。彼女は拳志と美咲を見て、少し驚いたように目を丸くした。
「拳志くん?美咲?二人で何してるの?」
拳志は桜華に近づき、単刀直入に切り出した。
「桜華、美咲から聞いた。お前が力を流して美咲を動かしてるって話。でも、今回は美咲がそれを跳ね返したらしいな。お前、何か感じてるのか?」
桜華は美咲を見て、少し困ったように笑った。
「美咲…やっぱり自分でいたいんだね。私、気づかなかった。ごめんね、無理やり私の力を押し付けてたみたいで。」
美咲は首を振って答えた。
「お姉ちゃんのせいじゃないよ。私がちゃんと話さなかったから。でも、私、私のままでお姉ちゃんを助けたい。私の力、ちゃんと使えたら、お姉ちゃんより強くなれるかもしれないよね…でも、怖くてできないんだ。」
拳志はそのやりとりに割り込むように言った。
「桜華、美咲が自分で戦いたいって言うなら、お前もそれを受け入れるべきだ。美咲の力がお前より強いなら、それを引き出す方法を考えろよ。俺も手伝うからさ。」
桜華は少し考え込んだ後、頷いた。
「そうだね…拳志くんが言うなら、私も美咲と一緒に新しい方法を探してみるよ。美咲、ごめんね。そして、ありがとう。自分の力で戦いたいなら、私が支えるから。」
美咲は桜華の手を握り返し、微笑んだ。
「うん、お姉ちゃん。私だって、この地域を守りたいから。少しずつでも、自分の力を使えるようになりたい。」
拳志はその光景を見て、ようやく納得のいく答えにたどり着いた気がした。桜華のトリックは神通力によるものだったが、美咲自身の意志と秘めた力がそれを越えつつある。姉妹の絆と、それぞれの決意が新たな道を開くのかもしれない。
「じゃあ、俺も手伝うよ。お前ら二人だけじゃ、心配だからな。」
桜華と美咲は顔を見合わせ、笑い合った。そして、三人は夜の神社で新たな計画を立て始めた。桜華の巫女としての力と、美咲の秘めた絶大な能力、そして拳志の探求心。それらが交錯しながら、妖怪退治の新たな物語が始まる予感がした。
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こうして、拳志は桜華と美咲と共に、夜の闇に潜む謎に立ち向かう準備を整えた。美咲が2度目の出会いで見せた意志と、彼女の内に秘めた力は、彼女自身の成長を示していた。桜華と美咲、二人の姉妹が背負う運命と、拳志の決意が、この地域を守る鍵となるだろう。暗闇の中、月が再び姿を現し、三人の行く先を静かに照らし出していた。




