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第三十話

氷川拳志はアパートの階段を上りながら、昨夜の出来事と母・美津子の言葉を反芻していた。妖怪、天狗、そして鬼。男が残した謎めいた言葉が頭から離れない。一方、隣を歩く秋山孝は、コンビニのサンドイッチを頬張りながら拳志の横顔をちらりと見て言った。


「なぁ、拳志。お前が言う『木度町の鬼』って、具体的に何なんだ? 妖怪ってことなら、見た目とか特徴とかあるんじゃないか?」

拳志は階段の途中で立ち止まり、手すりにもたれかかり、朝焼けに染まる街を見下ろした。


「わからん、昨夜の天狗面の男が何か知ってるっぽいけど、そいつは『鬼の秘密』とか言って消えてしまった。けど、木度町の裏じゃ妙な噂が絶えない。夜な夜な人の気配が消えて、獣の唸り声が聞こえるって話だ。母上殿も何か感じてるみたいだし、警察の耳にも入ってるのかもしれない。」


秋山はサンドイッチを飲み込み、真剣な目で拳志を見た。

「それなら、俺が手伝うって言ったのは本気だぞ。お前一人で突っ走るのは危ないからな、で、どうやってその鬼ってのを探すんだ?」


拳志は一瞬考え込んだ。天狗面の男との戦いで感じたあの異様な気配、路地に漂う獣臭さ。そして、男が「お前は母親に似てるな」と呟いた言葉。鬼が現れる条件や目的はまだ不明だが、何か手がかりが必要だ。ふと、秋山の姿に目が留まった。小柄で華奢、遠目には少女と見紛う容姿。拳志の脳裏に、あるアイデアが閃いた。


「お前さ…学校以外でも女の子の姿をしてみないか?」

秋山が目を丸くして拳志を見た。「へ?何だよ急に。拳志、正気か?」

拳志は苦笑しながら続けた。


「いや、聞けよ。木度町の噂じゃ、夜に若い女が消えるって話が昔からある。鬼が女を狙ってるって線が濃厚なら、お前を囮にすれば出てくるんじゃねえかと思ってさ。お前の見た目なら、化粧すりゃ完璧に女に見えるだろ。」


秋山は一瞬言葉に詰まり、やがて顔を赤らめて拳志を睨んだ。


「ふざけるな!いくら男とはいえ拳志みたいに知性を持ったヒグマじゃないんだぞ!」

「だからこそだよ」と拳志は真剣な声で遮った。


「お前が男だから、襲われてもある程度対処できる。俺が近くで見張ってて、鬼が現れたら即ぶちのめす。完璧な作戦だろ。」

秋山はしばらく拳志を睨みつけていたが、やがてため息をついて肩を落とした。「ったく…お前ってほんと無茶苦茶だな。わかったよ、やるよ。けど、化粧とか服とかどうすんだ? ボク、そういうの持ってねえぞ。」

拳志はニヤリと笑った。 


「そこは桜華に頼むさ。あいつ、こういうの好きそうだし。」


その日の夕方、拳志のアパートにクラスメイトの桜華がやってきた。ミディアムヘアの髪に快活な笑顔を浮かべ、手には大きなバッグを提げている。


「ひーくん、こーくん、聞いたよ! 女装して鬼を誘き出すって面白すぎるよ!任せてよ、私の腕前見せてあげる!」と目を輝かせながら、秋山をまじまじと見つめた。


「やっぱりこーくんってほんと素材いいね。ちょっと化粧して服着せれば、町一番の美少女になれるよ。」

秋山は顔を背けて呟いた。「やめろよ…恥ずかしいだろ…。」


桜華は手早くバッグから化粧道具と服を取り出し、秋山を椅子に座らせた。ファンデーションで色白な肌をさらに整え、アイラインとマスカラで大きな目を強調し、薄いピンクのリップを塗る。髪にはウィッグをつけ、肩まで伸びた黒髪が自然に揺れるように整えた。最後に、桜華が持ってきたワンピース――白地に花柄の入った清楚なデザイン――を着せると、秋山孝は完全に「少女」に変身した。

拳志が口笛を吹いた。「すげえな、桜華。お前、天才だろ。秋山、鏡見てみろよ。」秋山は恐る恐る姿見に近づき、自分の姿を見て絶句した。そこには、確かに美少女が映っている。長い睫毛に縁取られた目、柔らかな頬、風に揺れる髪。だが、その顔がみるみる赤くなり、秋山は叫んだ。「うわっ! 何だこれ! ボクじゃないみたいだ!恥ずかしすぎる!」

桜華は笑いながら肩を叩いた。「いいじゃん、めっちゃ可愛いよ! これなら鬼だって絶対引っかかるって!」

拳志も笑いを堪えながら言った。「よし、準備はできたな。今夜、木度町の裏路地で作戦開始だ。秋山、お前は路地を歩いてくれ。俺と桜華は物陰から見張る。鬼が現れたら、一気に仕掛ける。」

秋山はまだ不満げだったが、拳志の真剣な目に押されて渋々頷いた。「わかったよ…けど、絶対守れよな。ボク、こんな姿でやられるなんて冗談じゃねえから。」


夜が更け、木度町の裏路地は再び深い闇に包まれた。街灯の薄暗い光が地面に影を落とし、冷たい風がゴミを転がす音だけが響く。秋山はワンピースを着た姿で、ぎこちなく路地を歩いていた。足音がコンクリートに反響し、心臓の鼓動がやけに大きく感じられる。拳志と桜華は、少し離れた物陰に隠れ、息を潜めて見守っていた。


「拳志、こーくん緊張してるね」と桜華が囁いた。拳志は頷きつつ、周囲に目を光らせた。「当たり前だろ。あんな姿で歩くなんて、俺でも嫌だよ。けど、秋山なら大丈夫だ。あいつ、見た目と違って根性あるからな。」


しばらくすると、路地の奥から異様な気配が漂ってきた。風が止まり、空気が重くなる。拳志の背筋に冷たいものが走り、桜華も息を呑んだ。秋山が立ち止まり、周囲を見回すと、闇の中から低い唸り声が聞こえてきた。

「来たな…」拳志が呟き、構えを取った。

路地の角から、巨大な影がゆっくりと現れた。身長は2メートルを超え、筋肉質な体に獣のような毛が生えている。顔は鬼そのもの――赤い皮膚に角が生え、鋭い牙が口から覗く。目がギラリと光り、秋山を捉えた瞬間、唸り声が一層大きくなった。

秋山は一瞬怯んだが、すぐに気を取り直して叫んだ。「お、おい! こっちだよ、鬼野郎!」声は震えていたが、拳志との約束を果たすために足を踏み鳴らした。鬼が唸り声を上げ、秋山に向かって突進してきた。

「今だ!」拳志が飛び出し、鬼の横に回り込む。右の回し蹴りを脇腹に叩き込むと、鬼が咆哮を上げて拳志を睨んだ。桜華も物陰から飛び出し、手に持った特別製の虫取り網を鬼の背中に振り下ろす。鈍い音が響き、鬼がよろめいた。

秋山は鬼が拳志に気を取られている隙に距離を取り、叫んだ。「拳志、やれ!」拳志は頷き、鬼の動きを見極める。鬼が巨大な腕を振り上げて拳志を叩き潰そうとした瞬間、拳志は下に潜り込み、両手で鬼の足を掴んで引き倒した。地面に倒れた鬼に馬乗りになり、拳を連打する。鬼が咆哮を上げて跳ね除けようとするが、桜華が再び虫取り網で頭を殴りつけ、動きを封じた。

「秋山、今だ!」拳志が叫ぶと、秋山は近くに落ちていた鉄パイプを拾い、鬼の腹に全力で突き立てた。鬼が苦悶の声を上げ、もがきながら力を失っていく。

戦いの後、鬼は地面に倒れ、動かなくなった。拳志は息を切らし、汗と埃にまみれた顔で秋山を見た。「やるじゃねえか、秋山。お前、最高の囮だったよ。」秋山は鉄パイプを投げ捨て、顔を赤らめて叫んだ。「もう二度とやらねえからな! この服はあまりにも可愛いすぎるし。」桜華が笑いながら近づき、秋山の肩を叩いた。「でもさ、こーくんのおかげで勝てたよ。美少女作戦、大成功じゃん!」

拳志は鬼を見下ろし、天狗面の男の言葉を思い出した。「本当の戦いはこれからだ、か…。こいつが鬼なら、次は天狗の目的だな。」秋山が疲れた声で言った。「お前、まだやる気かよ…。俺はもう限界だぞ。」

拳志は笑って答えた。「お前がいてくれりゃ、なんとかなるさ。木度町の闇はまだ深い。次はお前、本物の男として戦えよ。」

朝焼けが空を染める中、三人は路地を後にした。意識を失った鬼は闇に溶けるように消え、木度町に新たな謎を残していた。拳志の心に刻まれた決意は、さらに強くなっていた。


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