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第二十四話


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夜の木度町は、酒と喧騒に満ちていた。ネオンが点滅し、酔っ払いの笑い声や怒鳴り声が路地裏に響き合い、どこか現実離れした雰囲気を漂わせている。拳志はそんな街の片隅で、天狗面の男からの依頼を受けて調査を始めていた。しかし、目当ての店の情報は一向に掴めず、苛立ちが募るばかりだ。冷たい風が頬を撫で、薄手のジャケットでは少し肌寒さを感じる夜だった。


「ままならないものだ…。天狗さん、具体的な情報はないんですか?」


拳志は隣に立つ天狗面の男に視線を向けた。男は未だに名前を明かさず、赤い天狗の面で表情を隠したまま、どこか飄々とした態度を崩さない。街灯の光がその面に反射し、不気味な影を落としている。


「ああ、すまないが情報源が酔っ払いの証言ばかりでな。本来なら笑い話になるのだが…やたら具体的な物言いだったものでな、もしやと思っていたのだが…」


男の声は低く、少し掠れていた。拳志はその言葉に眉をひそめる。酔っ払いの戯言を頼りにこんな夜更けの街を歩き回るのは、さすがに効率が悪い。拳志の頭の中では、すでに別の手段を模索し始めていた。


「…あまり使いたくない手段ですが、仕方ないですね。」


そう呟くと、拳志はポケットから携帯電話を取り出した。指先が少し震えているのは、寒さのせいだけではない。画面に表示された連絡先を一瞥し、深呼吸してから通話ボタンを押す。呼び出し音が数回鳴った後、電話の向こうから聞き慣れた声が響いてきた。


「拳志か、そちらから電話をかけて来るなんて珍しいことがあるものだ…それで?何かあったのか?」


声の主は拳志の母親だった。彼女の口調はやや堅苦しく、どこか威圧感を帯びている。拳志は幼い頃からこの声に慣れ親しんでいるはずなのに、今夜はなぜか背筋が伸びるのを感じた。


「ええ、まあ実は聞きたいことと、謝らなければならないことができまして。」


拳志の声は少し硬かった。母親との会話はいつもこうだ。互いに探り合い、言葉の裏を読み合う。電話の向こうで、母親が小さく息を吐く音が聞こえた。


「…ほう?まずは謝罪から聞こう。」


その声色に僅かな興味が混じっているのを拳志は見逃さなかった。彼女が興味を示すことは滅多にない。拳志は喉を軽く鳴らし、緊張を飲み込んでから口を開く。


「はい、まずは勝手に探偵のアルバイトを始めてました。というのが一点と、以前に話していた天狗面の男と接触しました。今はとある事情から行動を共にしています。」


一瞬の沈黙が流れた。拳志は母親の反応を待つ間、無意識に近くの電柱に凭れていた。天狗面の男は少し離れた場所で、興味深そうに拳志を見つめている。


「ちょっと待て、天狗面の男だと?今どこにいる?」


母親の声が急に鋭くなった。拳志はその変化に少し驚きつつも、冷静を装って答える。


「…その情報と引き換えにこちらの聞きたいことを聞いても?」


「内容による、言ってみろ。」


母親の返答は短く、容赦ない。拳志は一呼吸置いてから、慎重に言葉を選んだ。


「木度町の飲み屋街の中に野試合を開催している店があるという話が出てまして、そこに鬼が出ているという噂を聞いたから、その店はどこかという調査をしているのですが、母上殿は知りませんか?」


「鬼だと?」母親の声に一瞬の戸惑いが混じるが、すぐにいつもの落ち着きを取り戻した。


「…わかった、担当の奴に聞いてやるから少し待ってろ。」


電話が切れると、拳志は携帯をポケットにしまい、天狗面の男に視線を戻した。男は黙ったまま、面の下で何を考えているのかわからない。拳志は内心、この奇妙な男がどこまで本気なのか疑っていたが、今は頼れる情報源が他にないのも事実だ。


ちょうど15分後、電話が再び鳴った。拳志がすぐに応答すると、母親の声が耳に飛び込んでくる。


「私だ。先ほどの件だが、『ノックアウト』というクラブでやっているそうだ。次の開催日は明日の夜9時からだそうだ。ノックアウトは『ちょーサイコー』という合言葉を言わないと入れないそうだ…この情報でいいか?今どこにいる?さあ吐け。」


拳志は一瞬言葉に詰まったが、覚悟を決めて答える。


「母上殿、いいですか、落ち着いて聞いてください。木度町の駅から9分歩いたところの『リボルバー』というバーの前です。」


「OKわかった、すぐに自ら隊を回す…そこで待っていろ。」


母親の声にドスが効き、一方的に通話が切れた瞬間、遠くからパトカーのサイレンが聞こえ始めた。拳志は携帯を握り潰しそうなほど力を込め、どうしたものかと頭を巡らせる。母親が「自ら隊」と呼ぶのは、彼女が直々に指揮する屈強な警察官たちのことだ。拳志にとっては厄介極まりない展開である。


「天狗さん、どう思います?」


拳志は助けを求めるように男に顔を向けたが、そこにはもう誰もいなかった。天狗面の男は音もなく姿を消し、拳志を一人残していた。拳志は呆然と立ち尽くし、背後でサイレンが徐々に近づいてくるのを聞いた。


やがて、パトカーの赤い光が路地を照らし、数人の強面の警察官が拳志を取り囲んだ。彼らの目は鋭く、拳志に逃げ場はないことを示している。拳志は両手を軽く挙げ、観念したようにため息をつく。


「母上殿に呼ばれたんだろ?悪いが、俺には関係ない話だ。」


拳志がそう言い訳しても、警察官たちは無言で彼に近づき、腕を掴んでパトカーへと連行していく。拳志の視界に映るのは、遠ざかる木度町のネオンと、天狗面の男が消えた暗闇だけだった。


車内に押し込まれながら、拳志は思う。あの男は一体何者なのか。そして、「ノックアウト」の鬼とは何なのか。答えを知る前に、まずは母親の尋問を切り抜けなければならない。拳志の長い夜は、まだ始まったばかりだった。


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