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7 旅芸人になるなんて、あの頃は思わなかった

 今日は泊まってください、という言葉に甘えて、孤児院に泊まらせてもらうことにした。

 多分使用人部屋か何かだったであろう部屋に案内された。屋根裏部屋ですいませんと言われたけど、屋根がなかったり、屋根があっても人間じゃなく牛さんや馬さんの部屋だったこともあるので……充分すぎるぐらい充分だ。


 寝そべって天井の染みをぼんやりと見ながら、私はアズと出会った時のことを何となく思い出していた。




 アズと出会ったのは、夏の終わりの頃だった。

 ほんのこの前だと思っていたのに、気が付けば数ヶ月前になるのだろうか。


 ……馬車を一人で降り立った町の広場に、アズの姿はあった。生け垣の前で一生懸命に身振り手振りで話す様子。興味深そうに周りに集まる群衆。私は近寄ると、その後ろの方からじっと彼の様子を見つめていた。


 楽器とかも持っていないので、最初は演説か何かだと思ったけど、それにしては話し方が軽いなと思って聞いていたら、笑い話をしようとしているのが分かった。

 吟遊詩人と道化師が混ざったようなものだろうか。


 そんなことを思いながら、つい足を止めていた。



 そして、一瞬にして吹き抜ける冷たい風。

 あっという間に散っていく人の群れ。



 少し離れたところでジュースを飲みながら、私は彼が撤収する様子をじっと見ていた。

 何故、もう解散していたのに、私は立ち止まっていたんだろう。

 なんとなく気になっていたんだと思う。


 その時、ふと目が合う。


「お嬢さん、どうでしたか?」

 オジョウサン、と呼ばれたのよく覚えている。


 私は一つため息をついてから言った。

「ぜーんぜん面白くないね」


 彼は派手にこけて、後ろの生け垣に突っ込んだ。……未だにかわいそうでアズには言っていないが、そのリアクションの方がネタよりも遥かに面白かった。あんなに分かりやすくこける人間を私は生まれて初めて見た。


「そっか……」

 起き上がりながら顔をしかめて、左腕を見る。生け垣の枝に引っかけたのか、肌が切れて血が赤い筋を作っている。


 ばつが悪くなった私は、彼のところに歩み寄ると、ハンカチで彼の血を拭いた。

 それが全ての始まりだった。


 何となくそのまま、酒場まで一緒についていって。

 アズは私より年上だったはずなんだけど、多少のお酒の勢いもあったのか、随分とずばずばと言ってしまった気がする。細かく何を言ったかは記憶が曖昧だけど。


 手伝ってくれないか、と言われたのはその日、酒場を出る直前のことだった。


 そう言うアズに、私はちょっと首をかしげてから答えた。

「次の町までならいいよ」


 有り体に言えば、少し暇だったのだ。

 路銀は取り敢えずまだ余裕があった。特に何か仕事をしているわけでもなかった。ついでに、手前の町まで一緒に旅行してきた5つ上のお姉さんと別れて一人旅に戻ったばかりだった。


 面白そう。


 最初は、その程度の感覚だった。



 あれから十以上の町や村を通り過ぎて来た。


 最初は手伝いのはずだったのに、一度一緒に舞台に立ってくれないかと言われて、そして何故かコンビ名まで付いて、二人で漫才をしている。

 当然ながら、私は自分が芸人になろうなんて欠片も思ったことはなかった。両親も、娘がまさか旅先で芸人をしているとは思っているまい。聞いたら卒倒するかもしれない。


「ユーフォ、起きてる?」


 部屋の向こうの端から、声がした。


「起きてる」

「また巻き込んじゃったかな」

「ほんとだよ。……明日どうするつもりなのさ」

「勢いで言っちゃった。誰かが困ってると、なんとかしたくて」

「そうだよ、どの町でも大抵何かやらかしてるでしょ」


 気が付くと、アズと私は通り過ぎてきた町の思い出を話していた。

 ……基本的にはどの町も一緒だ。広場とかいちばん大きな通りとかでライブをやって、白けられて、ため息をつきながら撤収する。アズはいつも「次こそは」とか言い続けていて、私はいつも文句ばかり言っていた。



「明日は頑張らないとなぁ……」


 ぼんやりとアズがつぶやく。


「アズ、あのさ……」

「ああ」

 言いかけた私を遮るように、アズが言った。


「明日失敗したら、もう漫才をするのはやめよう」


 言いたいことを先に言われた私は、思わずぽかんと口を開けた。


「……今までさ。チャンスがないだとか、色々と自分に言い訳してた」


 そう言って、ちょっと窓の外を見た。晴れた空に輝く星空。


「言い訳しながらさ。結局は、自分の芸を磨こうと思うことすらなく、自分の好きなようにしてただけなんだと思う」


「気付くの遅いよ」

 私が苦笑しながら言うと、アズは後ろ頭を軽く掻いた。


「今回は俺たちにとって、一世一代の舞台だぜ」

「うん」


 大きく頷く。……ここで私たちが頑張らないと、この孤児院のささやかながらも幸せな生活は失われてしまう。


「今からネタ合わせしよう」

 不意に立ち上がったアズが言った。


「うん」

 私も同じように起き上がった。


 考えてみれば、私たちは今まで……ネタについてすら適当なことしかしてなかった。でも、今回は違う。


「アズ、実はね、私に考えがあるんだけど……」

「考えって……今から新しく大きなものを考えるのはきついだろ」

「ううん」


 そして、私は小声で作戦を話した。アズは最初渋い顔をしたけど、すぐに明るい顔に戻ってこくりこくりと頷いた。

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