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3 営業のお仕事はありがたいものだ

「えぇぇ!」


 思わず私は叫び声をあげていた。


 宿屋の一階の食堂。さっきまで近所のおじさんが2人でお酒を飲んでいた気がするんだけど、今は誰もいないので、真ん中のテーブルを使わせてもらっている。


「あの、あの、あの……本当ですか?」


 アズもうろたえた様子で聞き返す。


「ええ。よろしければ、ご招待してお話を聞かせてもらえないでしょうか?」


 象牙色のワンピースを来た短めの金髪の女性――ティマナさんと名乗った――が、コーヒーを一口飲みながら言った。……多分私とそんなに大きく年は変わらない程度の若い人だと思うけど、なんか大人っぽさに格差を感じるのはなんでだろう? 清楚というのか、なんというのか。


「はい、ええ、です、もちろ……」

「正気ですか?」


 頷きかけたアズの声に被せるように、私は言った。


「お姉さん、この前の私たちのライブは見ました?」


「え、ええ」


「あんなのですよ? こんな奴ですよ?」


「あのな……」

 アズが不満そうな視線を私に向ける。……無視。


「……別によろしいんです」


 女性は、ゆっくりと言った。


「子供たちに、ちょっとでも笑いをもたらしてくれたら。少しでも日常を離れて楽しい時間を過ごさせてやれれば」

 そう言って少しうつむく。


 私とアズは顔を見合わせた。


「……詳しいお話、聞かせてもらえますか?」




 ティマナさんが勤めているのは、小さな孤児院だった。

 この街からは少し離れた山裾にあって、預かっている子供の数は十人ほど。街道や村からも外れたところにあって、普段は娯楽などはほとんどない、とか。


 正直運営は苦しくて、まして食べ盛りの子供たち相手では食事代を捻出するのがやっと。その上、最近孤児の収容数が急増して、赤字が続いているらしい。


「だから、お礼もあまり渡せずに申し訳ないんですけど……」


 すまなそうに言うティマナさん。


「いえいえ……」

 私は頭を下げてから、確認するようにアズの方をちらっと見る。


「いいよな、ユーファ?」

 小声で言うアズに、私は頷いた。


 正面に向き直って、ティマナさんの目を見る。

「私たちでよければ……」


 二人で頭を下げた。


「よろしくお願いいたします」



 その日の晩、私は眠れなくて天井を見上げていた。

 

 今度の公演は、絶対に成功させなくちゃいけない。

 ……正直、そんな気持ちになることに自分でもびっくりしていた。


 今までの自分は……アズに文句を言いながら、結局は自分自身が人を笑わせる、人に喜んでもらうことに対して本気になっていなかった。

 いつも、自分はこんなことをしたくない、アズに付き合っているだけだと言い聞かせて、結局、自分も相方としてやっぱり面白くもない芸を見せているということから目を逸らしていた。

 アズの考えるネタが面白くないと自分で分かっていながら、それを改善しようと努力することもなかった。


 ……でも。


 ティマナさんは、子供たちに少しでも楽しい時間をもたらそうと、こんな私たちを呼んでくれた。


 私とアズは、それに答えなくちゃいけない。


 普段でもそうだ。自分たちは、芸を見せてお金をもらおうとしている。そんな当たり前のことに今更気が付く。自己満足で終わってはいけない。


「……ユーファ、起きてる?」

 部屋の反対側の布団から、声がした。


「うん」


「なんだか眠れなくてさ……」

 不安そうな声が聞こえてくる。


「あはは、一緒」

 布団の中で苦笑。


「アズ、私と出会う前ならこういう話とかもあったんじゃないの?」


「ううん」

 少し恥ずかしそうな声が返ってくる。


「よっぽど評判悪かったんだね」

 思わずちょっと意地悪を言ってしまう。


「そういう訳じゃない……多分」

 不満そうな声。


「それに、ピンは難しいんだよ」

「ピンって何?」

「1人で芸をやること」


 それって難しいどころか、普通の吟遊詩人とか道化師なんじゃ……。


「……それはそうとさ、ユーファ」

「なに?」

 私が少しめんどくさそうに答えると、アズは言葉を続けた。


「ユーファ、さっきティマナさんと会って戻ってきてから顔つきがなんとなく変わったね」

「はぇ?」

 不意にそう言われて、私は変な声を出した。


「なんで?」

「なんとなく」


 そう言って、アズは小さく笑った。

 照れ隠しに、私はちょっと早口でべらべらと話す。

 

「……心配なのよ。こんな私たちが本当に招かれて孤児院なんかに行って良いんだろうかって。恥をかくだけなんじゃないかって」


「大丈夫だよ……なんて、俺には言う資格ないよな」


「分かってるんじゃない。まったくもって」

 ため息をつく。


「でも、結局どうしようもないんじゃないかな」


 アズは真面目な口調でそう言った。


「下手なりに長い間やってて思ったんだ。無理をしてみたって、却ってがたがたになって変になるだけ。特に芸人って職業は、結局自分自身をそのまま出すしかないんだと思う」


 混ぜ返そうかと一瞬思ったけど、黙ってただ頷く。


「……ティマナさん、俺たちの芸を見てたんだろ? だったらこれ以上どうしようもないよ。俺たちは俺たちにできる全力を尽くすだけ」


「その全力がへぼへぼなのは誰よ」


 憎まれ口を叩きながら……そうは言いつつ、アズの言葉になんか少し安心する自分がいた。

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