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2 本音小道具代も馬鹿にならない

 天井からランプが一つ下がるきりの薄暗い部屋。

 窓はあるにはあるものの、裏通りに面していてしかも小さい。床は平らな石が裸のままで敷き詰められていて、かなり底冷えがする。一応ベッド二つに、片隅に作りつけの机が一つと棚が一つあるけれど、殺風景なことこの上ない。

 それでもベッドが2つあるだけ今日は贅沢だ。

 ベッド1つで身を寄せ合って寝ることだって珍しくない。言っておくが何もなかったけど。あってたまるか。


 私は机に肘をついて、小さくため息を吐き出した。


 結局私たちが落ち着いたのは、場末の古い小さな宿屋だった。皿洗いやら洗濯やら薪割りやら雑務をこなすことを条件に、しばらく泊めてもらうことになった。……これで取り敢えず住処だけは確保したけど、このままじゃまた旅に出る見通しはしばらく立ちそうにない。


 長くなるかもしれないな。


 手分けした仕事を先に終わらせた私は、そんなことを考えつつベッドに腰掛けてぼんやりとアズの帰りを待っていた。北風が窓枠をかたかたと揺らしている。なんとなくわずかにすきま風が入っているような気もする。


「ただいまー」


 扉を開けて、いつもの三流芸人が部屋に飛び込んでくる。


「しんどー。こんな寒かったらかなんわ。手が凍り付いてそのままアイスカッターでも打てそうや……ってそんなわけあるかいっ」


 一人でしゃべりながら向かいのベッドに座るアズ。


「あれ、ユーファ無言でどうしたん? ネタでも考えてくれとったん?」

「ちゃうわ」


 西方方言で言ってきたアズに同じ方言で答えてやる。漫才は西方方言でやるのがええんや、と言われて練習してるのはいいけど、肝心の教えているアズの方も発音がどうにも怪しい。


「話があるんだけど」


 私が押さえた口調で言うと、アズも少し姿勢を正した。一瞬、またか、という顔をしたのが分かったけど、そんなことにいちいち反応する気もしない。


「何度も言ったよね。何が言いたいのか分かってるよね」


 私が言うと、アズは神妙な顔で頷く。


「そもそも、私たちのコンビ……『北風ぴゅーぴゅー』のこと、どう思ってるわけ?」


 コンビ名を言うところで少し小声になる。何度言っても恥ずかしい。だいたい、わざわざコンビ名で自分たちが「すごくさむい」と強調していったいどうするんだか。……太陽サンサンだったらそれはそれで恥ずかしいけど。


「遊びでやってるならいいよ。……でも、アズはあくまで旅芸人として生きていきたいとか言うし、なるべくならバイトとかもしたくない、って言って嫌がってるよね?」


「だって、俺は芸人だし」


「……面白いならいいよ。でも、今まで一度でも大喝采を浴びたこと……そこまで行かないまでも少しでも笑ってもらえたことある?」

「時々くすくす笑いが聞こえる」

「それ、多分失笑」


 黙りこくるアズ。

 私は横にあった木箱から、やたらきらびやかな金色の帽子を投げつける。

「見た目重視、とか言ってこの帽子を買ったよね。結果どうなった? たしかに人目は惹いたけど、むしろ呆れられたよね、センスの悪さに」


 さらにもう一つ投げつける。


「このカツラもそう。赤いアフロだとか言って二人で被ったけど、結局ネタの中で何も生かしきれなくて、単に恥をかいただけ。挙げ句の果てに、アフロを貸した近所の子供の方が笑いを取ってたよね」


 うつむくアズ。


「いい加減やり方を変えようよ、って言ったよね。……芸人としてのプライドだとか意地だとかそんなのは知らないよ。現実にこれだけ不評なのに、アズのやり方はいつも同じ調子で、しかも思いつきの行き当たりばったり」


「仕方ないだろ。アイデアは天から降ってくるもの。計画的にネタを出せたら誰も苦労なんかしないよ」


 そう言いながら、壁を指でくるくるとなぞるアズ。


「……だったらますます。諦めて働きながら普通に頑張ろうよ。旅するにしても、お使いでもいいから普通の仕事しようよ。別に仕事しながらでも休みの日に芸はできるでしょ? それ一本でやっていくなんて無理」

「もう一度、もう少しだけやってみようぜ」


 半分泣きそうな声で言う。ああもう泣きたいのはこっちなのに。


「何度目の『もう一度』?」


 私は入り口の扉に手のひらを叩きつけた。


 その時、こんこんとノックの音。

 私は一瞬凍り付いてから、そぉっと扉を開けた。


 にゃはは。


 笑顔を作った私の目に映った宿屋の主人の目は、あんまり笑ってなかった。


「まだお仕事ありました?」


 そう聞き返すと、頭の毛の多少後退した主人は無愛想に言った。


「お二人にお客さんですよ」

 私とアズは顔を見合わせた。

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