少女漫画の主人公風の女の子って可愛いよね!?
男性向けのラブコメのヒロインは絶世の美女であることが多い。
これはある意味必然とも言える。
誰もが羨むような美女を彼女にしたいというのは男子共通の願いだろうから。
もちろん僕だって美女が嫌いな訳じゃない。
――が、僕が何より萌えるのは、『少女漫画の主人公風の女の子』だ!!
決して美人とは言えないけれど、親しみやすく一緒にいて安心する女の子。
そんな良い意味で素朴な女の子にこそ、僕は激しく萌えるのだ。
――そしてそんな僕の今の推しが、隣の席の楠木さん。
「おはよう上村くん」
「お、おはよう楠木さん」
「はぁ~、今日もいい天気だね。外でお昼寝したら気持ちいいだろうなぁ」
「はは、ホントだね」
この良い意味で普通の会話ッ!!
それでこそ楠木さん!
――楠木さんは二つ結びにした黒髪に、ちょっとだけ太い眉毛。
スタイルもお世辞にも良いとは言えず、どちらかと言うと幼児体型に近い。
そして運動全般が苦手で、勉強もあまり得意ではないという、ハッキリ言って取り立てた長所が何もない女の子だ。
――だがそれがいい!!
その『普通さ』にこそ、僕は国宝級の価値を感じる!
まさしく楠木さんこそが、僕が求める理想の『少女漫画の主人公風の女の子』なのだ――。
……おっと、だが勘違いしないでほしい。
僕は別に楠木さんに対して恋愛感情を抱いている訳ではない。
僕にとっての楠木さんは、言わばテレビ画面の向こうのアイドルのような存在。
僕は僕の推しを、誰にも知られずコッソリ心の中だけで推せればそれで十二分に幸せなのだ。
……まあ、そもそも少女漫画の主人公である楠木さんの相手役としては、僕みたいなモブ男は相応しくない。
――そう、楠木さんに相応しいのは。
「よっ、おはよ、楠木。今日も楠木は可愛いな」
「もう、新庄くん、またそうやってからかって。無理してお世辞言わなくてもいいよ」
「お世辞じゃねーって。マジで楠木は可愛いって」
「はいはい」
うわぁ、いつもながらよくそんな歯の浮くような台詞を真顔で言えるよね。
――新庄君は高身長のイケメンでサッカー部のエースという、それこそ少女漫画に出てくるヒーロー役みたいな男の子だ。
その割には彼女がいるっていう噂も聞かないし、一見地味な楠木さんにこうしていつもアプローチをかけている。
この風景だけを切り取れば、完全に少女漫画のワンシーンにしか見えない。
……うんうん、やっぱり楠木さんに相応しいのは新庄君みたいな男の子だよね。
「あ、そーだ、楠木今週末暇? 一緒に映画でも観に行かねえ?」
「え? 映画?」
――何!?
二人で映画だって……!?
そ、それは、世に聞く『デート』というやつでは――!?
……流石ヒーロー役の新庄君。
サラッとそんな超弩級の爆弾をブン投げてくるとは……、おそろしい子!(白目蒼白)
「今週末から『ニーソックスボクサー』の実写映画やるじゃん? 楠木あの原作漫画好きだって言ってただろ」
「う、うーん、確かにニーソックスボクサーは好きだけど……。あっ! じゃあ上村くんも一緒に行く?」
「「えっ」」
何 で そ こ で 僕 に 振 る の!?!?
「上村くんもニーソックスボクサー好きだったよね?」
「う、うん……、好きだけど……」
「だよねだよね! やっぱり一緒に観る人は一人でも多い方が楽しいもんね! ……新庄くんも上村くんが一緒でもいいかな?」
「…………ああ、俺はどっちでもいいよ」
全然どっちでもよくなさそう……!
「じゃあ決まりね! はぁ~、映画楽しみだなぁ」
……いやまだ僕行くって言ってないんですけど!?
「おまたせー二人共。ゴメンね結構待った?」
「いや、俺は今来たとこだよ」
「ぼ、僕もだよ……」
嘘です。
本当は2時間前から来てました。
むしろ昨日は楽しみ過ぎてほとんど眠れませんでした!
だってあの楠木さんと一緒に映画なんて……!!
盆と正月とゴールデンウィークと海の日が一緒に来たかのようッ!!
……まあ、15分前に来た新庄君と二人きりだった時は、お互いほぼ無言でお通夜と初七日が同時に来たみたいな空気だったけれど。
新庄君からしたら、僕なんて完全に邪魔者以外の何者でもないもんなぁ……。
「じゃ、行こっか。はぁ~、ニーソックスボクサーの映画楽しみだなぁ~」
嗚呼……!
でも私服の楠木さんは眩しいぜ……!
今日の楠木さんはTシャツに膝丈のスカート、そして足元はウェッジソールのサンダルという、ザ・普通の出で立ちだった。
――だがそれがいい!!!(デジャブ)
最高だよこの普通感ッ!!
今日も僕の推しが尊い……!
楠木さんのお父さんとお母さん、この世に楠木さんのような女神様を降臨させていただき、心から感謝いたします……!(拝)
「ふはぁー! 映画滅茶苦茶面白かったねッ!」
「あ、あぁ、そうだな……」
「う、うん、まぁ、面白かったね……」
いや滅茶苦茶つまんなかったでしょ!?!?
何あれ!?!?
ロシアの開発した新手の拷問かってくらい酷い出来だったよ!?
そもそも主人公であるニーソックス純平役の俳優の演技が下手過ぎる。
最近売り出し中の新人アイドルらしいが、見事に全編台詞が棒読みなのだ。
原作は熱いスポコンもので、ニーソックス純平の「俺のニーソックスが、タイツになるぜッ!!!!!」というキメ台詞があるのだが、その俳優は「俺のニーソックスが、タイツになるぜ」と、感嘆符ゼロで台詞を言い放ちやがった。
ちゃんと朝ご飯食べたのか!?
スムージーだけで済ませたんじゃないだろうな!?(スムージーがダメだと言ってる訳ではありません)
悪いところはそこだけじゃない。
原作は単行本にして50巻以上続いている長寿連載なのだが、それを無理矢理2時間に収めようとしているので展開がメチャクチャなのだ。
最初はデブで陰キャだったニーソックス純平が、ボクシングを通して徐々に身体も心も逞しくなっていくのが面白いのに、映画では開始5分で腹筋バキバキの細マッチョになった時は、ダイエット器具の通販番組を観ているのかと錯覚した程だ。
そして極め付きは映画にしか出てこないオリキャラ。
僕は本来、オリキャラを出すこと自体にはそこまで抵抗はない。
それで映画がより面白くなるのであれば、どんどんやればいいと思っている。
――が、この映画のオリキャラは酷い。
原作はニーソックス純平とライバルのストッキング卓也が、ヒロインのレギンス幸子を巡って三角関係を拗らせていくのも見所の一つなのだが、そこに二人目の恋のライバルとして、岡田泰弘というオリキャラが出てきたのだ!
何でお前だけ普通の名前なんだよッ!!
ニーソックスとかストッキングとか、みんな足に履く物の名前が付いてるんだから、お前もそれに倣えよッ!!
「もう私、岡田泰弘がレギンス幸子に蝉の抜け殻をプレゼントするシーンで、感動して泣きそうになっちゃったよ!」
「あ、あぁ、あそこはよかったな……」
「う、うん、名シーンだったね……」
楠木さんは感性を悪の秘密組織に改造されちゃったのかな!?!?
――でもそんなところも可愛い!!
「あ、私ちょっとおトイレ行ってくるね」
「お、おう」
「い、行ってらっしゃい」
……おっと。
図らずもまた新庄君と二人きりになってしまった。
ううむ、気まずいぜ……。
でもずっと無言っていうのもあれだよな。
よ、よし、ここは一つ、さっき観た映画の話題でも――。
「……なあ、いい加減空気読めよお前」
「――え?」
――が、新庄君が急に声のトーンを落として投げかけてきた言葉で、僕は硬直してしまった。
「わかってんだろ、俺が楠木のこと狙ってんのは?」
「――!」
も、もちろんそれは言われずとも……。
でも、何だか新庄君の雰囲気がいつもと違うような……?
「……新庄君は、楠木さんのことが好きなんだね?」
「あ? ああ、まあ、好きっちゃ好きだぜ」
「――!?」
好きっちゃ好き……!?
「俺はさぁ、ああいう純朴そうな女を自分好みに調教すんのが好きなんだよ」
「――!!!」
な、何だってッ!!?
ちょ、調教!?!?
「だからお前も今のうちにさっさと帰れや。そうすりゃ見逃してやっからよ」
「なっ!? い、痛ッ!!」
新庄君は僕の肩を掴んで思い切り力を入れてきた。
普段部活で鍛えているだけあって凄い力だ……!
「あれ? 二人共何してるの?」
「あ、ああ、何でもねーよ楠木」
楠木さん……!
楠木さんに今のを見られてしまっただろうか……。
「それよりさ、上村は何かこの後用事あるらしいんだよ」
「え? そうなの上村くん?」
――!?
「あ、いや……、その……」
「そ・う・だ・よ・な?」
「――!」
新庄君に肉食獣のような眼で睨まれ、草食動物である僕の細胞は震え上がってしまった。
「……う、うん」
「……そうなんだ」
「という訳だからよ、これからは俺と二人でカラオケでも行こうぜ楠木」
「え? あ……」
――!
新庄君は半ば強引に楠木さんの手を引いて、この場から去ろうとした。
「……上村くん」
楠木さんは縋るような視線を僕に向けてきたが、僕はそれを受け止めることが出来ず、思わず目を逸らしてしまう。
「……」
楠木さんは無言で唇を真一文字に引き結びながら、僕に背を向けた。
……嗚呼、楠木さんが新庄君に連れられていってしまう。
……でもこれはしょうがないことなんだ。
ヒーロー役の新庄君に、僕みたいなモブキャラが適うはずないんだから。
そもそも僕は楠木さんに恋愛感情は持ってないんだし。
楠木さんが誰と付き合おうが、僕には関係ないんだ。
……そう、関係ない。
関係ないんだよ。
モブキャラが出しゃばっていい場面じゃないんだよ。
――だというのに。
――何で僕は楠木さんの手を掴んでいるんだ。
「う、上村くん……!?」
「あぁ!? 何してんだ上村テメェ?」
「く、楠木さんッ!!」
「っ! は、はい」
僕は楠木さんの目を真っ直ぐに見て、言った。
「ぼ、僕は……、僕は楠木さんともっといっぱいお話したい、ですッ!」
「――!! 上村くん」
「上村、テメェ!」
――!?!?!?
今僕何て言った!?!?!?
あああああああ、僕のバカバカバカアアアア!!!!
モブキャラとしての矜持はどうしたんだよ僕!?!?
こんなの完全な越権行為だ!
嗚呼、終わった……。
僕の人生は今ここで……。
――が、
「……私も」
「…………え?」
「く、楠木!?」
今、何と?
「私も上村くんと、もっといっぱいお話したい!」
「楠木さん!?!?」
えーーーー!?!?!?!?
「そ、そんな、楠木……」
「という訳なので新庄くん、せっかく映画に誘っていただいたのはありがたかったんだけど、私と上村くんはこれから別行動させてもらうね」
「え、あ、お……」
楠木さん何かキャラ変わってない!?!?
新庄君もFXで有り金全部溶かした人の顔みたいになってますよ!?
「じゃ、行こっか上村くん。私この先にある有名なパンケーキ屋さんに一度行ってみたかったんだ!」
「あ、うん」
呆然とする新庄君を尻目に、僕は楠木さんに手を引かれ歩き出した。
ええと、イマイチ理解が追いついてないんですが、いったい今僕の身に何が起きているのでしょうか????
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と世界観が共通の、以下のラブコメを連載しております。
そちらにもニーソックスボクサーの映画が出てきますので、もしよろしければご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)