58 アールクートとカイ・アリクマハグ その1
「カイ・アリクマハグ!」
フリッツァに呼びかけられたスーツ姿の少年はビクッと肩を震わせ振り返った。
声の主を見て瞠目する。
「フリッツァ……?」
声を聴くとどうやら少女らしい。エキゾチックな黒い肌にショートボブの銀の髪。その額から伸びる二本の角のうち一本は折れてしまっている。
この外見と名前にアールクートは心当たりがあった。フリッツァと顔見知りであることとも符合する。ラムファルシー学級と呼ばれた弟子団の一人、仮面の少年の血盟者カイ・アリクマハグ。
ラムファルシーの英雄物語に詳しいアールクートなのでカイが征旅後弁護士になり、ラムファルシーの離婚裁判で被告側弁護人を務めたり、レーヴェンス統帥部総長の法律顧問をやっていることは知っている。ラムファルシー裁判での盤外戦術は貴族の評判が悪い一方で、平民から拍手喝采を送られていることも。
……男? 女?……
服装はどう見ても男物だが、顔と華奢な体つき、声は女に思える。
「離せっ!」
少女?の嫌がる声にアールクートは我に返った。見るとフリッツァが少女?の首に腕を巻きつけて捕まえていた。
フリッツァの腕から逃れようと暴れるが「離すわけがないだろ」とフリッツァに解放してやる意思は見受けられない。
細い首を腕でがっしりホールドしているので少女?の力ではどうすることもできない。
耳まで真っ赤にしてフリッツァを睨みつけるがフリッツァはいたって涼しい顔で続けた。
「何度も会いに行ったのに居留守使いやがって!」
「オレは忙しいんだよ! お前の相手してる暇はない!」
じたばたしているがフリッツァの膂力にはやはりかなわない。
首に腕を巻きつけたままフリッツァはアールクートに向き直った。
「殿下、カイ・アリクマハグを紹介いたします。この者は私と同じくラムファルシー将軍に従軍した弟子の一人で、今は弁護士としてレーヴェンス様の統帥部で法律顧問をしています」
紹介しながら無理矢理頭を下げさせる。
「こちらのお方はアールクート・ウォル・グルモン・ペテキサス皇子であらせられる。ご挨拶しろ」
「いいから離せ、殺すぞ!」
「ここは宮中で、殿下の御前だ。言葉を慎め!」
「チッ!」
舌打ちもまた、やんごとなき貴人の御前では非常に失礼で不敬で無作法である。
「わかったから離せ。逃げたりはしない」
盟友の言葉をまだ信じられないらしいフリッツァは不満そうに眉根を寄せたが、アールクート皇子の手前、手放さざるを得ない。
不承不承、腕の力を緩めて解放する。
解放されたカイはフリッツァを睨み据えつつ乱れた着衣を整えてアールクートに向き直った。
「お初にお目にかかります。カイ・アリクマハグと申します。都で弁護士をしております。以後お見知りおきのほどを」
右手を胸に当て恭しく拝礼する。
ちゃんと礼儀作法を身につけている盟友の姿にフリッツァも感慨ひとしおの様子。
「手の付けられない乱暴者だったお前が貴人に頭を下げる礼儀を身につけたんだな……!」
ウザい。ウザすぎる。
「うっせぇな……!」
憎さげに吐き捨てるカイにアールクート皇子は微笑みかけた。
「アールクート・ウォル・グルモン・ペテキサスだ。ペングラムの後輩として指導を受けている。仲良くしてくれたらうれしい」
「ペングラム……?」
聞きなじみのない単語を聞き怪訝そうに眉を顰めるカイだったがすぐに思い出した。フリッツァは今はペングラムという姓を名乗っているらしい。
次の瞬間カイは頭を掴まれ、またもや無理矢理頭を下げさせられた。
「もったいないお言葉です、だろ?」
「離せってっつってんだろ!」
再び顔を真っ赤にして抗議する。
いつもの泰然自若としたフリッツァではなく、年相応にはしゃいでいるように見え、それがアールクートにとって新鮮だった。
「お前、今日は離さないからな。朝まで付き合ってもらう」
「!? 朝まで!?」
どう受け取ったのか、カイは耳まで赤くなる。
フリッツァの言葉をアールクートは文字通りに受け取ったようだ。
「朝まで語り明かせる友がいるのは羨ましいな。武勲詩や芝居に出てくる『剣と盾の血盟』を交わしたというのは本当か?」
「さようでございます。背中を預けられる者がいたからこそ、私たちはアルバス兄弟やダイルハトンを討伐できたのです」
フリッツァはニコニコしているが、隣のカイは不機嫌そうに視線をあさってに向けている。
「アリクマハグ、忙しい身だろうが、機会があればラムファルシー征旅の武勇談を聞かせてほしい」
カイは不思議に思う。
……アールクート……名前ぐらいしか聞いたことがない皇室の泡沫皇子。母の名も知らないし、後ろ盾であるはずの母方の実家のことはもっとわからない……
フリッツァが気持ち悪いいくらい愛想よく仕えている。征旅時代はレーヴェンスのことを『皇女よ』などと呼び捨てにしていた男なのだ。
……何を考えている……?
思考に沈潜してもわからぬものはわからぬ。
ただ何というか、この皇子にフリッツァがヘコヘコしているのは気に食わない。
「承知いたしました、アールクート様。今後宮中に参内するときがあれば必ずや」
皇子の頼みを快諾したカイの態度にフリッツァはますます機嫌を良くした。
「カイから直接話をお聞きになるのは良いことです。特に超級魔導『破城弓』についてお尋ねになり、その発動機序を考察することは殿下にとって極めて有益でしょう」
「ああそうだな。叶うものなら、破城弓を見せてもらいたいものだ」
……破城弓の発動機序? 考察? 皇子は魔導に関心があるのか……?
歴代皇帝は父祖より伝わる帝座位魔導の使い手と聞く。帝座位魔導を使えるから皇帝になれるのか、皇帝になってから身につけるのかカイは知らぬが、魔導に興味を持つ皇子がいても不思議ではなかろう。
などと考えに耽っていたらフリッツァが無責任にも勝手に返事をした。
「たやすいことです。その時は私も立ち会って解説いたします」
「ラムファルシーの弟子二人から話を聞けるなんて夢のようだ」
「殿下、貪欲に知識をお求めください。知りたいと思う感情、それは人間のもっとも高貴な心性でございますれば」
勝手に請け合ったフリッツァにムカついたが、驚いてもいる。
昔を知っているから、この態度を卑屈な阿諛追従とは思わないが、だからこそ不気味なのだ。フリッツァは何を考えているのだろう?
「私の拙い魔導の技でよろしければ喜んでお見せいたします」
フリッツァには任せず、自分の方でも承諾しておくことにした。




