39 フリッツァvs.ルメト街道盗賊団 中編
地下から一階に戻ってきた。木製扉の向こう側は先ほどフリッツァが優しく殺戮した広間だ。
扉の取っ手を握り、カインを振り返る。
「大丈夫、誰もいない」
カインは頷き広間が安全であることを請け合った。ノーティン・パリピィの父親を無事救出できたことで少しは機嫌が直ったようである。
ここでフリッツァがカインを頼ったことでミレイは初めて黒髪の後輩のことを意識した。女と見まごうばかりの可憐な美貌、ひょっとしたら自分と同じく故あって男を装っているのかもしれない。
カインの言葉にフリッツァは頷き返し、ゆっくり扉を開けた。周囲を確認してフリッツァ、ミレイ、人質三人、カインの順に広間に再侵入する。
もともと危機感の薄い集団なのか、シラケス・エリオックの侯爵軍を撤退に追い込み警戒心が緩んでいるのか、塔の外に出ても賊の姿はなかった。
「カイン、パリピィ殿たちを外にお連れしろ。エリオック様……」
ここでミレイを振り返った。
「今から本堂に乗り込み賊を殲滅します。エリオック様、私と共に参りましょう。賊の頭領はあなたが討つのです」
わざと断りにくい誘い方をしたのだが、ミレイはむしろ感激したようで双眸を爛々と輝かせて頷いた。
「もちろんだ。自分の身は自分で守る。お前の足手まといにはならない」
「はい。くれぐれも私から離れないようにしてください」
ミレイに優しく微笑みかけていたフリッツァは、顔を上げると厳しい表情でカインに命じた。
「カイン、行け。もし賊に遭遇したら殺せ」
「はい」
カインは必要最小限の返事をした。
カイン達が離れたのを見届けると塔をフリッツァは塔を見上げて宣言した。
「塔を破壊します」
右手の魔導剣は相変わらず目で見ることはできないが、不穏に鳴動している。
その魔導剣を両手で構え、大きく横一線に薙いだ。
壁面が破砕される轟音、続いて土埃が舞い上がった。塔は根本で両断され、倒壊する。
本堂から賊がぞろぞろ出てきた。敵の襲撃を悟ったというよりは天変地異に驚いて飛び出してきたといった風だ。武器を持って出た者も丸腰の者もフリッツァには格好の的でしかない。
フリッツァがわざわざ賊を皆殺しにしようと考えたのはミレイに自分との実力差を見せつけるためだった。
たとえばこのように。
賊共に向かって左手をかざすと黒く光る魔導円が無数に現出した。魔導円は賊の数だけあり、円は収束して点となり賊に向かって発射、賊たちは胸に穴をあけて昏倒していった。
フリッツァを敵に回すと圧倒的な力で殺戮される。逆に友好関係を結べばこれほど頼もしい味方はいない……そのようにミレイに教え込まねばならない。
侯爵軍を率いてフリッツァに挑戦しても、盗賊団と同じ目に遭うだけだと理解できたであろう。
自分とミレイの足元に分厚い『空気』をつくり、一気に跳躍する。
本堂の入り口まで跳ぶと、本堂内から矢を射かけられた。十数本の矢が飛来するも、フリッツァ達に命中する前に、空中で目に見えない何かに突き刺さった。第二射も同じく空中に突き刺さる。
「なっ⁉」
中から驚きの声が聞こえた。フリッツァはミレイを連れてもう一度、今度は本堂内部に向かって跳躍した。弓手たちのど真ん中に降り立ち魔導剣を縦横に振るう。血煙の中、切断された首や腕が宙を舞った。このように凄惨な殺戮を行なうのはすべてミレイの当主修行のためである。
酸鼻を極める修羅場を見せつけられたミレイはどうしているだろうか?
……すごい、すごい、すごい……!
死をまき散らすフリッツァの姿に興奮しすっかりのぼせ上っていた。恋心というよりは憧憬の念。自分もこうなりたい。この力が欲しい……!
弓手が全滅したことを受け、二人の魔導士が左右から火球を放ってきた。右の魔導剣で一つを薙ぎ払うと左からの火球は左手で受けた。そのまま投げ返す。
「⁉」
魔導士の顔が絶望で青ざめる。その絶望を火球が覆った。
右手方向から火球を撃ってきた魔導士に対しては魔導剣を投げつけた。魔導剣は魔導士の頭部に命中しそのまま壁に突き刺さった。
両拳を突き出し、再び魔導剣を出す。同時進行で魔導円を七つ現わし発射。七人死んだはずである。
「貴様、何者だ!」
筋骨隆々スキンヘッドの大男が声を張り上げた。フリッツァに向かって広刃の大剣を構える。
「エリオック侯爵軍だ。貴様がゴロツキ共の大将か」
「侯爵軍だと? ボダンのヤツ、裏切ったのか? それともしくじったのか?」
自分の運命について悟るものがあるのだろう。死の恐怖と必死に戦いながら悔しそうに吠えた。
……ボダン……?
今回のことで初めて聞く名前だ。エリオック家の長男がボダンという名前だった。
「ボダンかどうかは知らんが、助命と引き換えにお前らは売られたんだ。そいつは助けるがお前らは皆殺しだと侯爵閣下は仰せになった」
「息子だからか⁉ 息子のために全ての罪を押し付けて俺たちを殺すのか⁉」
怒りで頭に血が上っているのか、リーダーらしき男は吠えまくる。
「ボダン、息子だと……?」
背後でミレイが上ずった声を上げた。
「バカなジジイだ。ならジジイに言ってやれ。『ボダン・エリオックは俺たちを使ってお前とシラケスを殺そうとしてたんだ』ってな!」
言って襲いかかってきた。勝てるとは思ってないだろう。絶望的な挑戦だ。
振り下ろした大剣はフリッツァの前の『空気』に止められた。力んでもいきんでもどうにもならぬ。
「うぉぉぉぉ、くそぉぉぉぉぉぉぉっ!」
悔しそうに吠えるリーダー。フリッツァは大剣をはたき落とすと、今度は『空気』でリーダーを上から押さえつけた。
「エリオック様、盗賊団の首領を捕縛しました。お裁きを」
背後のミレイを振り返った。
伯父が盗賊団と通じていたという話にショックを受けていたミレイはフリッツァの言葉でハッと我に返った。
何の役にも立たなかったが、ミレイはミレイで剣を抜いていた。
「この者は侯爵領で殺人・強盗を働いた大罪人です。ミレイ様が討ち果たしてください」
「あ、ああ……」
促されて首領に近づく。首領は『空気』に押さえつけられながらも顔を上げ、ミレイを睨みつけた。
そのあまりの形相にミレイはビクッと震えた。あれだけ勇ましいことを言っていたが剣を握る手は震えている。
「エリオック様……」
背後から包み込むようにミレイを抱くと震える手を握りしめた。
「⁉」
「大丈夫です、私がおります。お務めを果たしてください」
もはや憧れといっていい存在になった男に励まされ、ミレイは落ち着きを取り戻し始めた。
フリッツァの胸に支えられながらゆっくり首領に近づいてゆく。
フリッツァはミレイの手を操って、首領の首筋に剣を押し当てた。
「!」
首領は観念したのか、歯を食いしばりながら目を閉じた。首筋に剣がめり込んで出血が始まる。
「ミレイ様、これが肉の感触です。そして、これが肉を斬る感触です」
言って剣を素早く引いた。頸動脈を寸断された首領は血しぶきを上げながら虚ろな瞳で倒れ伏した。
「お見事ですエリオック様」
フリッツァは背後から少女の殺人体験を優しい声で褒めたたえる。そしてミレイをそっと解放して、こう続けた。
「人を斬る、この感触を忘れないようにしてください」
「はぁっ、はぁっ……あ、ああ、わかった……」
ミレイは興奮の極致にあった。嫌悪感とか恐怖とか、そんな感情ではなく『やり遂げた!』という達成感だ。
……敵を殺した……この手で……!
自分に男として生きることを強要しておきながら、男らしく生きることを許してくれなかった父上とお爺様。男らしさとは武人らしい生き様のことだ。神理騎兵科に入学したが武人になるためではなく帝国皇女の『夫』にふさわしい社会ステータスのためだった。
「……私もなれるのだろうか? お前のような魔導士に……」
うわ言のように呟くミレイにフリッツァは頷いた。
「もちろんです。努力すれば必ずなれます。私とカインがエリオック様をお支えします。一緒に強くなりましょう」
それとなくカインの名前を差し込むことをフリッツァは忘れない。
あともう一つ、大事なこと。
「エリオック様、人を殺す強さだけでなく人を思いやる心もお持ちください。そして名君におなりください、未来の侯爵閣下」
そう言ってミレイの足元にひざまずいた。
ミレイはあの時、学校の屋上に呼び出し詰め寄ったことを謝りたいと思った。
「立ってくれ」
言われてフリッツァが立ち上がる。
「あの時はお前とカーズワースに……」
ミレイは言い終えることができなかった。
「な、なんだ、これは! 何が起こったのだ⁉」
大きな声がお堂の中に響き渡った。振り返るとクイータス教団の僧服を来た中年男。フリッツァは知らなかったがミレイにとってはよく知る顔だった。祖父から若さを取って、代わりに贅肉を付け加えたような血色の良い顔。
全滅という言葉がふさわしい盗賊団アジトの惨状に周章狼狽しているその男の名前はボダン・エリオックといった。




