3 ヴェント・シュレメイン その1
主な登場人物・用語
フリッツァ・ペングラム:
神理騎兵科3年、首席。ミハイル・カレツキ伯爵に仕え、貢進生として帝大附属に在籍している。
カイン・カーズワース:
神理騎兵科1年。フリッツァと同じくカレツキ伯に仕え、こちらは伯爵領からの留学生資格で在籍している。
ヴェント・シュレメイン:
神理騎兵科3年、次席。火魔族シュレメイン侯爵の嫡孫。シュレメイン侯爵は著名な法学者で高等法院の重鎮。
貢進生:
貴族たちの領民から特に優秀な若者を選抜して帝大附属や帝大で学ばせる制度。学費等は帝室の特別予算から出る。
「おい」
と、背後から二人を呼び止める声があった。
振り返ると銀髪をオールバックにした長身の少年が立っていた。
彫りの深い造形、第一種礼装の上からでもわかる厚い胸板は軍人の理想像に見えなくもない。
襟章を見ると神理騎兵科三年だ。
入学式の式次第を筒状に丸めて自分の肩をポンポンと叩きながら近づいてくる。
カインは内心ムッとしたが自分を抑えた。ここの生徒はほとんどが貴種顕官の子弟、権門勢家の子息女である。実家の威勢をかさに着て驕り高ぶる令息令嬢に出会うことは避けられまい。
フリッツァが前に出て恭しく頭を下げた。フリッツァの言うところの『政治』だろうか?
「おはようございます、シュレメイン様」
頭を下げたまま、カインを引っ張って横に立たせる。
「シュレメイン様、神理騎兵科に入学したカイン・カーズワースを紹介いたします。カイン、こちらの方はヴェント・シュレメイン様だ。ドルノルト・シュレメイン侯爵閣下の御令孫であられる。ご挨拶しろ」
「一年のカイン・カーズワースです。よろしくお願いいたします」
過不足のない挨拶をして頭を下げた。相手はカインの頭一つ分の高みから見下ろしてくる。
「ヴェント・シュレメインだ。せいぜい励め」
無愛想な物言いでも、カインはそつなく慇懃に応じる。
「はい、そういたします」
少なくとも悪意や軽侮の念をもって接してくる様子はない。フリッツァもこの偉そうなヤツ相手にリラックスしているように見える。
「このカインは、私の主であるカレツキ様の推挙をうけて学院に参りました。ご鞭撻のほど何卒お願いいたします」
「カレツキ伯の……ということはお前と同じ貢進生なのか?」
「いえ、留学生です。私は法科を勧めたのですが、本人の強い希望で神理騎兵科に入学しました。シュレメイン様、カインの身分なのですが……」
「言わなくていい」
ぶっきら棒な口調で遮った。
「安心しろ、出自や身分でお前たちを差別したりしない。何か困ったことがあったら言いに来い」
「はい、シュレメイン様。感謝します」
フリッツァの言葉に合わせてカインはもう一度頭を下げた。
ヴェントは大きく頷くと紙筒を振りながら去っていった。後ろ姿を見送りつつフリッツァが先ほどのカインの態度を咎めた。
「お前、ムッとしてただろ。本当に沸点の低いヤツだな。今はまだ誰も彼もお前より身分が上だ。気をつけろ」
戒めの言葉に対してカインは質問で返した。
「ヴェント・シュレメイン、どんなヤツなんだ?」
「カルラダ分類でいうところの火魔族第三位シュレメイン家の嫡流。大物だな」
「そういう意味で聞いたんじゃない。人間性はどうなんだ?」
「どんなヤツに見えた?」
「……悪い人間には見えなかった」
フリッツァは大きく頷いた。
「立派な人だ。様々な重圧の中、何度も悔しい思いをしたはずだが一度も高潔さを失わなかった」
「どういうことだ?」
「彼は望めば首席になれたが、そうはしなかった。だから俺が首席になれた。そういうことだ」
卒業成績上位者は皇帝より直々に表彰され恩賜品を授けられる。
彼らは『恩賜組』と呼ばれ、その恩賜組の中でも首席卒業生は御前講演、つまり皇帝に講義を行う栄誉を賜ることから特に『栄典学生』と呼ばれる。
御前講演を茶番というのはたやすいが、『栄典学生』と『その他の学生』を区別するセレモニーとしての一面を軽く見るわけにはいかない。
帝大附属はフリッツァが祝辞で述べたように国家有為の人材を育てる国家機関である。
国家有為の人材とは国の役に立つ人材のことで、この場合は高級官僚を指す。『栄典学生』であることが官吏の立身出世にどれだけプラスであるかは後で何度も書く機会があるだろう。
卒業成績は卒業試験の結果と三年間の学業成績を参考に決められるから、定期テストや学校行事のたびに成績首位者に関心が集まるのは至極当然のことなのだった。
と、ここまでは昨日まで学外者だったカインでも知っている。
しかし学校側がどのように成績評価を下すのかは知らない。大貴族の令孫と下級士族の倅の成績をフェアに評価できるのか? フリッツァの口ぶりではどうやらノーのようだが……
「成績評価の過程で差別や不正があるのか?」
そのように問いはするものの、カインも内心では差別は当然あるだろうと思っている。
フリッツァは頷いた。
「学院長をはじめ、差別する教職員は多い。これは仕方がない。彼らは本質的に教育者ではなく官吏だからな」
そして次のような言葉でこの話を締めくくった。
「似たようなことがカイン、これからお前の身にも起こるだろう。
俺は高潔な人々に助けられたが、お前はどうなるんだろうな。
お前の同級にはたとえば帝国第九皇子アールクート・ウォル・グルモン・ペテキサスがいる」