21 謁見 高等法院vs.皇帝
皇宮、『天宮の間』。
「陛下、高等法院議長ゲルダー・エリオック、高等法院院内総務ドルノルト・シュレメインが参りました!」
入口で『天宮の間』付き儀仗兵が高らかに声を上げた。
広間の中から侍従の『入れ』との返事があり二人の老侯爵が入室した。
赤絨毯の上を足早に歩み進む。広間の奥、エリオックの視線の先には玉座があり、オルキア帝が泰然と腰掛けていた。
室内で玉座だけは二段高いところに据えられており、謁見者は皇帝を見上げて話すことになる。
二人は玉座の前で立ち止まり拝礼した。
「陛下、ゲルダー・エリオックが拝謁いたします」
「ドルノルト・シュレメインが拝謁いたします」
「二人ともよく来てくれた」
皇帝は砕けた態度で二人を労った。視線をシュレメインに移す。
「シュレメイン、そなたの孫娘が帝大附属に入学したそうだな。おめでとう」
シュレメインは「もったいないお言葉でございます」と恐縮して見せた。
「名前は確か、アリアといったな。今度ヴェントと一緒に遊びに来るよう言っておいてくれ。入学祝を贈りたい」
「はい、ありがたき幸せに存じます」
「入学といえば、その入学式でおもしろい学生と出会った。カレツキ伯爵の郎党でフリッツァ・ペングラムを知っているか?」
孫ヴェントのライバルなのでシュレメインもフリッツァの評判くらいは聞いている。
「はい、非常に優秀な生徒と聞いております」
「ヴェントと良いライバル関係らしいな。在校生代表にペングラムが選ばれた経緯を聞いている。立派な孫に育ったな、ヴェントは」
孫ヴェント・シュレメインの高潔さを皇帝は嘉賞した。フリッツァ・ペングラムは伯爵家の下級士族、対するシュレメイン侯爵家は帝国最高の貴人の家柄だ。皇帝はその二者を並べてライバル関係と評したわけである。お褒めの言葉とも嫌味とも取れるわけだが、シュレメインはどう反応するだろうか?
「はい、自慢の孫でございます」
それがシュレメインの答えだった。
「そのペングラムが帝大附属の学生たちを『大帝の生徒』と呼んだことを気に入ってな。『大帝の生徒』の名を冠した勧学金を作ることにしたのだ」
「それはよいお考えです」
シュレメインは賛同した。エリオック議長も頷く。
「勧学生には俸禄を与え、親王府に出仕させる。皇子と皇女の相手をさせようと思うのだがどうだろうか?」
この話はフリッツァが固辞したことで流れている。カレツキ伯の禄を食んでいる身で、他から俸禄を受け取ることはできないと言ったのだ(12話参照)。
皇帝からの御下問にエリオックが答えた。
「『勧学金』は素晴らしいことです。ですが俸禄と親王府出仕はなりませぬ」
一番肝の部分を一刀両断だ。
「ほう、何故だ?」
皇帝は目を細めた。『高等法院が黙ってはいない』と言い切ったあの学生の顔が脳裏をよぎる。
「学生の中にはすでに主家から禄を得ている者もおります。陛下にとっては陪臣ですな。そうした者に陛下が俸禄をお与えになるなどあってはならぬことです」
エリオック議長は長広舌を続けた。
「陛下から俸禄を賜るということは陛下にお仕えするという意味です。陪臣が主従関係を反故にして陛下に仕える、そんなことを許せば貴族の家臣団は崩壊してしまいます。貴族の家臣団が解体されるのを陛下がお望みになるはずがございませんので、学生の勧学金ごとき些事であっても、俸禄を与えることは許されないのです」
エリオックの『家臣団』という言葉は『私兵』に置き換えた方がしっくりくるのではあるまいか。
皇帝がカレツキ伯爵の私兵をヘッドハンティングしようとしたというのが今回のケースである。最初はたった一人の私兵であっても、それを認めてしまえば先例となり拡大解釈され、貴族の私兵をいくらでも引き抜き可能とされてしまう。
先例主義と拡大解釈は権力闘争のプレイヤーにとって重要な武器となる。それがわかっているからこそエリオック議長は『学生の勧学金ごとき』に噛みつくのだ。
貴族の私兵を解体する手段となり得るので絶対不可……エリオックはそう言っている。私兵を解体しようとすれば内戦が起こるであろうことは想像に難くない。
「シュレメイン、そなたはどう思う?」
「二人の主から俸禄を得るというのはどう考えても法的に無理がございます」
帝国法の権威でもあるシュレメインは淡々とそう答えた。
「そなたたちの考えはよくわかった」
どうせ反対なことはわかっていたので皇帝は適当に頷いた。そして悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「実はそのペングラムに諫められたのだ。二君に仕えることを余が許せば誰も彼も二君三君に仕えるようになり、それは先例主義の牙城高等法院も例外ではないとな」
フリッツァの言い回しとは違うが意味は大略同じだ。
……『諫められた』……?
エリオックは眉根を寄せ、シュレメインは軽く目を瞠った。
……陪臣、しかも学生ごときがミストア帝国皇帝に諫言をおこなったというのか……?
……ペングラムは身の程知らずであるし、陛下は軽率すぎる。皇帝が学生に諫められるなど前代未聞だ。帝国皇帝の権威が失墜してしまう……
……それより問題なのは諫言の内容だ。高等法院が帝国皇帝を裏切ると言っているようなものではないか。本当にそんなことをペングラムとやらが言ったのか……?
エリオック議長は言った。
「陛下、人はまだ言葉を話せぬ幼子からでも学ぶことができます。諫めの言葉に耳を傾けるのは陛下の聖徳といってよいでしょう。しかし陛下には帝国皇帝のとしてのお立場がございます。官職に就いておらず何ら責任を負わぬ学生の世迷言に御心を乱されてはなりませぬ」
「世迷言? 諫言ではなく世迷言とか?」
皇帝の言葉にエリオックは大きく頷いた。
「さようでございます。高等法院が二君を仰ぐようになるなど狂言綺語も甚だしい。陛下と高等法院を離間するための妖言としか思えませぬ」
エリオックは相当怒っているように見受けられた。皇帝は苦笑いした。
「そなたの言う通りペングラムは無責任な学生の身分だ。世の中を知らぬゆえの勇み足だと思って許してやれ」
「陛下、諫言は然るべき立場の者が責任を持って行います。高等法院もその一端を担っております。帝王には帝王にふさわしい諫言の士がおりますことをご了察ください」
これでペングラムはエリオックに相当嫌われたはずだ。良い傾向である。
「そうだな、気をつけよう」
皇帝は殊勝に老臣の諫言を受け入れた。
「では本題に入ろうか。上奏文にある『官紀取締委員会』について聞かせてくれ」
「はい、昨今の官吏の堕落は目を覆うべき有様で……」
皇帝に促され、エリオック議長は官紀振粛上奏文について説明を始めたのであった。




