13 謁見 フリッツァvs.皇帝 その4
――やはりこの者にしようか――
皇帝は決心した。これで長年の課題が解決するかもしれぬ。
「余は感動している……」
皇帝は厳かに続けた。
「ペングラムよ、そなたの忠言、心に沁みたぞ。
そなたの言葉を聞き、真に高貴な精神はどこに宿るのかを知った。俸禄のことは忘れよ。
確かに今のそなたが受け取ってはならぬものであるし、そなたに報いるにはあまりに軽すぎる」
嫌な予感しかしないフリッツァだが、今は黙って皇帝の言葉を待つしかない。
「それにしてもそなたの忠誠心は困ったものだな。余が報いたくとも報いる術がないではないか」
微笑みを浮かべつつフリッツァの忠節を難じた。こういう微笑みは背筋に寒気が走る。
「覚えておこう。余はそなたに報いていない。ここにいる者すべてが証人となる。良いな?」
カルキュメラ皇后、アールクート皇子、学院長、侍従――そしておそらく背後のカインも――居合わせた一同恭しく頭を垂れる。
……これは俺の負けなのか……?
フリッツァはこの謁見の収支計算に入っていた。
皇帝がここまで自分を気に入ることも高く評価することも不自然だ。
極めつけは親王府への出仕。
親王府での仕事といえば皇子皇女のお相手くらいしか思いつかぬ。皇子皇女のお遊び相手は大貴族の子弟の役目であるし、家庭教師は帝大教授レベルの学者が務めている。
自分がレーヴェンス内親王の弟弟子にあたることを考慮しても親王府出仕の命令は不可解だ。
皇帝の底意が読めない。自分をこれほど嘉賞して、皇帝はどんな得をするのだろうか? 出仕の件は陪臣であることを理由に断った。だが皇帝は諦めていないように見える。
……目立つ形で俺を引き立てて、何かをさせようとしている……
予想が正しければ、皇帝からは今後様々な恩寵を賜ることだろう。だが最終的にフリッツァは高い代価を支払わされそうな気がした。
ここでもう一人、行動を起こした人間がいた。アールクート皇子だ。
「陛下、よろしいでしょうか」
「なんだ? 申せ」
上機嫌で皇帝は促した。
「ペングラムの親王府への出仕は叶わないと知りました」
今日初めて会う帝国皇子が何を言いだすのか、フリッツァは注意深く耳をそば立てている。
「皇子よ、まことに残念だが法は守らねばならぬ。そうだな、ペングラム先生?」
いちいち同意を求めてくる。根に持っているのかもしれない。
「ご明察、恐れ入ります」
「ペングラムに聞きたい」
?
皇子からのご下問だ。
「はい、殿下」
「私は後輩として、そなたの指導を受けることは可能だろうか?」
話の先が読めた。皇子の本当の目的は自分の指導を受けることではなく父親の歓心を買うことであろう。
いや、皇子の心中はわからぬ。わかっているのは結局自分が親王府通いを仰せつかるということだ。
「もちろんでございます。上級生として微力ながら殿下をお支え致します」
「私は立場のため、放課後はすぐに宮殿に帰らねばならない。私のため親王府に来てくれるか?」
これは断れない。実質的には命令だとわかっていても、『後輩からのお願い』という形を取っているため、フリッツァの立場では断る名分がない。快く了承して見せねばならない場面だ。
「もちろん喜んでお伺いいたします。ですが私には登城権がございません」
「『大帝の生徒』勧学生に登城資格を与える方針は変えていない。親王府に入れるよう取り計らおう」
これは皇帝の言葉だ。
結局タダで皇子たちに奉仕することになってしまった。
カインの同伴を認めるよう交渉すべきか迷ったフリッツァだが、諦めた。
フリッツァにとってカインは何が何でも守らねばならぬ最重要人物だ。皇帝の意図が読めない現状では、カインを巻き込むべきではあるまい。
「ペングラム、余の言葉は立場上すべて命令になるが、父親としてそなたに息子を支えてもらいたいだけなのだ。息子の力になってやってくれ」
皇帝は知らぬことだが、この場にもう一人、彼の息子がいる。
「承知致しました。全知全能のかぎりを尽くしてお支え致します」
フリッツァは心のうねりを押し隠し、笑顔で頭を垂れたのであった。




