彼女の傷跡、彼の後悔
寮内、彼女の部屋。
背中の怪我の治癒経過を見たいといって、背中の部分だけ服を捲ってもらった。華奢な背中に、薄く白い線がいくつも走っている。その線を掌でそっと撫でながら、呟く。
「傷跡、残ってしまったな……悪い」
これは彼女が俺をかばってできた傷跡だ。攻撃魔法を放ってきた男から、身を挺して俺を守った時にできた傷。
だが、彼女は俺の謝罪を受け取ることはしなかった。
「あなたのせいじゃありません……。あなたは攻撃されている側で、前に飛び出したのだって私が勝手にしたことです」
「……」
彼女は、俺を責めない。
確かにあの男に攻撃されたこと自体は俺のせいではない。だが、あの時俺を自分が傷を負いながらもかばった彼女を、「これで恩を着せられると思うな」などと酷い罵り方をしたことを忘れたわけではないだろう。
何かもどかしいような気持ちになり、彼女の首筋に唇を這わせた。
「ひゃっ……なにするんですか?」
驚いたように俺から離れようとする彼女の体を抱き寄せる。
きっと、たとえ俺が手酷く裏切ったとしても、彼女が俺を責めることはないのだろう。ただ、一人で泣くだけだ。
あの日、彼女が俺の前で泣いた時のことを、まるで昨日のことのように思い出せる。初めて会った時泣いたのは家族の愛が得られなかったからだが、あの日彼女を泣かせたのは俺だ。
ずっとどうしようもなく惹かれていたのだと、今ならわかる。他の男子生徒と話す様子に苛立ったのも、どうでもいいような注意をしてまで話しかけたのも、きっと全て。
だが、あの時の俺にはそんなことを素直に受け入れることはできなかったのだ。初恋の少女をいじめる性格の悪い姉。そう思い込んでいた彼女によりによって惹かれてしまうなど、どうして認められようか?
俺は彼女をきれいだなどと絶対に思うわけにはいかなくて。彼女はどうしようもなく醜い人間だと自分に言い聞かせたくて。
そして彼女自身にその言葉を向けてしまったのだ。「醜い」と。
あの時、と俺は思う。あの時、彼女を追いかけていれば、二人の関係はもう少し違っていたのではないか。彼女が静かに涙を流す姿を見て、一瞬思考が働かなくなった。だがあの時、追いかけることができていれば。
彼女は誰に何をされようと恨まないし憎まないが、傷ついていないはずはない。きっと、傷つくことが多すぎて痛みを感じられなくなっているだけだ。あの日俺は、彼女が心の奥で傷つかないよう大事に守ってきたものを、傷つけてしまったのではないだろうかと思う。
だとしたら彼女が心の奥を開いてくれることは、もう二度とないのかもしれない。そんな気がする。
「あの、大丈夫ですか……?」
自分を抱き寄せたまま動かなくなった俺を振り返って心配そうに窺う彼女に、俺はそっと口付けた。
「愛してる、エミリー」
「私も愛してます」
幸せそうに微笑む彼女。
彼女は決して俺を責めないし、俺になにも期待しない。なにも望まない。
二人はあまり健全な関係ではないって話です。