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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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第九話 穴の木箱

 耕太郎と美咲は、祖母の家から二十分程の砂利道を歩いて林の中の六〇m四方の空き地に着いた。その空き地は白樺の木々に囲まれ、空き地の片隅には一本のぶどうの木が立っていた。


「この空き地で弟とサッカーボールで遊んでたとき、ボールが転がってあの窪みに落ちたの」そう言って美咲は林の奥の方を指差した。

 二人がその窪みの近くへ行くと穴があり、その周りには最近掘られたと思われる土が散らばっていた。

「ボールを拾いに行ったら、この穴を見つけたんです。そこに木箱が土に埋まっていたのが見えて、木箱の中を開けてみようと、弟と二人で掘ったの」

 美咲はその木箱に近づき、木箱の蓋をずらして耕太郎に中を見せる。


 その木箱は五〇㎝角ほどの大きさで、杉の木でできていて、蓋の上の部分は少し腐っている。木箱の中は奥の側板が二つに割れており、土で押しつぶされたように崩れて泥となってなだれ込んでいた。

「あの革製の箱は油紙に包んであったから、それだけ取り出して持って帰ったんです」

「じゃあ、この泥の中にまだ真空管が残っているかな」


 耕太郎は半分土で埋まっている木箱の前にしゃがみ込み、軍手を手にはめてから木箱の中の泥を取り除く。


「何だこれ?」


 耕太郎は木箱の中の物を一つ一つ泥を払いながら取り出して、窪みの上に並べる。それは、銅製の鍋、蓋の着いたガラス瓶、お皿、スプーン、天秤、木でできた箱と温度計であった。木箱の一番下にはオレンジ色の毛布が敷き詰められていた。


 耕太郎は、木で出来た箱を取り出す。

「おお、この中にあるかな」

 中を開けると分銅が木枠にきれいに並べられて入っていた。

「ちぇ、無かった。何だろうこの品々は何に使うんだ? 肝心の真空管が見つからないぞ」

 そう言いながら一番下に敷いてある毛布をめくり、中を見てみると、そこには古い革の手帳が挟まっていた。


「おじさん、真空管は見つかりました?」

「いや、見つからない。けどなんだろうこの手帳」

 耕太郎は革の手帳を拾い上げ、ページをめくる。ほとんどが空白のページの中で三ページ分だけアルファベットがぎっしり書かれている。四ページ目から数枚ほど上からちぎれ、ページの下の根本の隅に少しだけ紙が残っている。そこには図のようなものが描かれていたようだった。


 耕太郎は、ページをめくり眺めていたが、何が書かれているのかさっぱり判らなかったようだ。

「全然見つからないよ、美咲ちゃん」

「泥が被ってたから、ミミズとか出てくるのが嫌で、木箱の奥のほうは触らなかったんです」

「どうしよう、柴田さんに何て報告しようかな?」

「取りあえず写真を撮って、それを持って行きましょうよ」

「そうだね、そうするか」


 耕太郎はデジタルカメラで、木箱と出てきた品々の写真を撮る。

「念のため、この革の手帳だけ持って帰るよ」

 耕太郎は革の手帳をズボンの後ろポケットに入れてから、それ以外の品々を元の木箱に戻した。しばらくして二人は、菊子の家に戻って行った。


 耕太郎と美咲は菊子の家に戻ると、玄関を通り過ぎて客間のある庭のほうへ回る。すると、八畳間の縁側の近くで恵子が寝ているのを見つけた。


「おい、何寝てるんだよ」

「zzz」

「恵子、起きろ」

「え、あらまあ、あまりに気持ち良くて寝てしまったわ」

「何してんの? 俺たちだけ働かせて」

「おばさんも、来るときの山道で疲れてたのよ、きっと」

「おばあちゃんとお話をしていたら肩こりの話になって、毎日肩こりで困ってますって言ったら、このそば枕をくれたの」


「これよ……!」


 恵子はそば枕を両手で持って、顔を隠すようにして耕太郎たちに掲げて見せた。


 すると、奥から菊子がやって来た。

「外は暑かったでしょう、さあ、上って冷たい麦茶でも飲みましょう」

 またみんなで座卓の周りに座り、麦茶を飲みながら話を始める。


「あの穴にあった木箱の中は、変な物ばっかり残ってたの」

「真空管は見つからなかったです、残念だけど」

 耕太郎はデジタルカメラを取り出して画像を菊子に見せた。それを見た菊子は、あの空き地のことを語り始めた。


「あれは、終戦の二年くらい前のことだったねえ、私が小さかった頃、あの空き地には小屋が立っていて、丸いメガネをかけて上着だけ軍服を着たお兄さんが一人で住んでたのよ。そのお兄さんはいつも変なことをしていたの」

「あそこにぶどうの木があったでしょ。秋にぶどうがなるとそれを採ってタライに入れて、足でふんづけてぶどう酒を作ったり、銅のお鍋を持って日陰やら日当たり場所にあっちこっち駆けずり回ったりしていると思ったら、ある時はピューンと空へ飛んでいく花火を打ち上げたりするの」

「あと、私が小屋の窓から中を覗いていたら、『こら、見るのはいいが、窓は絶対開けちゃいかん』って言われたの」


 美咲がおばあちゃんに尋ねる。

「そのお兄さん、中でどんなことしてたの?」

「よく分からないけど、マスクをして机の上で何か細かい仕事をしているようだったよ、でも終戦間際にそのお兄さん、いなくなってしまったの」

「おばあちゃん、何で小屋は残ってないの」

「終戦の後アメリカの軍人さん達が来て、小屋の中の物を持って行った後に小屋を取り壊してしまったのよ」

「へ~、どんな人だったのかなその人」

 美咲は、その男の人にすごく興味を持ったようだ。


「とにかく真空管は見つからなかったけど、この写真と革の手帳を持って、明日柴田さんの所へ行ってくるよ。ガソリン代と日当も貰わなきゃならないし」

 耕太郎がそう言うと、

「わたしも行こうかな」

 美咲も行きたがっている様子だ。


 そば枕を大事そうに抱えていた恵子は、

「私の日当も出るのかしら?」

「出るわけないだろ、全然働いてないんだから」

「それじゃあ、あなた一人で行ってきて」

「分かったよ」

 そう言うと、耕太郎は柴田征二へ電話をして真空管が見つからなかったことと、明日の朝十一時に写真と革の手帳を持って行く約束をした。恵子は、

「そろそろ帰りましょうよ、おばあちゃんこのそば枕どうもありがとう。お返しにこれを置いていきます。お嫁さんにでもあげてください」と言って、サンバイザーとサングラスを菊子に渡した。


 耕太郎たちの帰り際、玄関の前で菊子が急に言い出した。

「そうだ、残りのあんころ餅持ってって頂だい」

 菊子は家の中に急いで戻り、あんころ餅を持ってきた。

「うふふ、おばあちゃん、何それ?」

 菊子はサンバイザーをかぶりサングラスを掛けていたのだ。


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