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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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第八話 甲府の山へ

 次の朝、耕太郎と恵子は店の前で車のドアを開けたまま、ばたばたと荷物を出し入れしていた。


「何で、こんなもの持ってくんだよ」

 耕太郎は恵子が車に詰め込んだレジャーテーブルを見ながら文句を言う。

「あなただってこんなガラクタ必要無いでしょ、じゃまなのよ」

 恵子は三脚と照明器具を、車の中から引っ張り出す。

「これは使うんだよ、だいたい遊びで行くんじゃないのに、何その格好」

 耕太郎は普段と同じ格好だが、恵子は白いジーンズに派手な柄のシャツ、サンバイザーとサングラスの出で立ちだったのだ。そうこうしていると、


「おはようございます」


 美咲が自転車に乗ってやって来た。今日の美咲は丈の短いジーンズに薄いピンクと水色の横縞Tシャツを着ていた。

「やあ、美咲ちゃん。今日は可愛いね」

「あなた、鼻の下が伸びてるわよ! まったく、だらしがないんだから」

「それより、今日は何時ごろおばあちゃんちに着きます? 電話しないといけないから」


 耕太郎は美咲の祖母の住所を聞き、カーナビに打ち込んで到着予定時間を確認した。

「今から出ると十時半くらいだね」

 それを聞くと、美咲はすぐに祖母のところへ電話をかけた。

 店の入り口の扉に[本日臨時休業]の張り紙を貼り終えた恵子は、

「あなた、そろそろ行きましょう。美咲さんは後ろに乗ってね」

 恵子は助手席のシートを前に倒して美咲を座らせ、シートを起こしてから助手席に座る。


 まもなくして三人は、美咲の祖母が住む甲府の山へ出発した。


 車を走らせてすぐ、近くのガソリンスタンドに寄ってガソリンを満タンにする。あとでガソリン代を請求するためである。高速道路へ出る途中の車の中で例によって恵子は鼻をクンクンさせ、耕太郎は車の話を始めるのであったが、美咲は一人後ろの座席でスマホをいじっていた。


 美咲の祖母が住んでいる所は、甲府の山奥にある。途中、曲がりくねった幅の狭い山道を数十㎞行った先で脇道にそれ、きれいに舗装がされていない急な坂道を登り切った所だ。左ハンドル車は運転席から見ると、カーブの所でガードレールや崖をすれすれに走る。耕太郎は対向車が来ると体を前に起こし、緊張しながらハンドルを操作した。山道で耕太郎がブレーキを踏む度に、車の中はヒーヒー・ガーガーと騒がしかったが、なんとか無事に目的地に辿り着いた。


 美咲の祖母の家は、うっそうと茂る雑木林に囲まれた茅葺屋根の古い民家で、ぽつんと一軒だけ立っていた。四方に広がる茅葺の屋根の部分は、家の高さの半分以上ほどを占め、屋根のてっぺんの手前と奥には三角形をした小窓がのぞいている。軒先のあちこちに、めくられた天津すだれと垂れ下がって伸びた天津すだれが交互に張られている。その天津すだれの黄土色と板壁の焦げ茶色のコントラストが、レトロな風情を織りなしていた。


 車を降りた耕太郎たちは、玄関先から不規則に並べて埋め込まれたでこぼこ石の上を歩いて行くと、上半分の格子に曇りガラスがはめてある古ぼけた木戸の前に着いた。


「おばあちゃん、着いたよ」

 木戸を開けて美咲が家の中に入ると、

「やっと着いたのお、事故にでも遭ったのかと心配したわ」

 美咲の祖母、芦田菊子は汗を拭きながら出てきた。

「初めまして、中古品店冬菇屋の片桐耕太郎と申します。今日はうちの家内と一緒に来ました」

「妻の恵子です。お邪魔します」

「話は息子の嫁から聞いておりますよ。汚い所だけども、どうぞお上がりください」と言って、菊子は、耕太郎たちを客間へ招き入れた。


 耕太郎たちが通された客間は、十帖と八帖の間を仕切る襖が全て取り払われている広々とした空間で、それぞれの間に座卓がぽつんと置かれていた。

 庭の見える方向には、中央にガラスが組み込まれ膝の下の高さまで木の板でできている障子戸がある。その奥に幅の狭い縁側を挟んでガラス戸と、その上に天窓がある。障子戸の向かい側は、作り付けの戸棚や紙が貼っていない襖が並んでいた。

 天井板は高く、むき出しの横の梁は狭い間隔で並ぶ。縦の梁は、部屋の堺と部屋の中央にそれぞれぶ厚い板で組まれている。すすけた縦の梁の真ん中には三角錐の傘がついた電球が寂し気にぶら下がっていた。


 耕太郎は天井を見上げながら思った。日本の古い民家は襖や障子などの戸が多く開放的な作りで、柱や梁だけで大きな屋根を支えているだけなのに何十年もの間、地震に耐えている。揺れる柱は、一か所に力が集中しないように家全体で撓る。その、昔から受け継がれてきた家づくりの職人の技に感心している様子であった。


 みんなで、奥の八畳間の座布団の無い座卓の回りに座る。

「遠い所わざわざお越しになって大変だったねえ、もうお昼になるから天ぷらと冷たいお蕎麦でもどうぞ」

 菊子は、もう九十才近いおばあちゃんだが今でも元気だ。田舎に住むお年寄りは菊子と同じように、肌の色つやもよく元気なご老人が多い。毎日のように畑仕事をして自然の食べ物を食べているからだろう。

 菊子は長男夫婦と一緒に暮らしている。長男夫婦は共にふもとの町で働いていて、子供たちは既にこの家を離れて暮らしていた。


 菊子の作った野菜とキノコの天ぷらと、手打ち蕎麦を食べ終えた耕太郎たちは、

「いや~、このお蕎麦めちゃくちゃ美味しいですね、粗びきのそば粉で太さの揃っていないこの蕎麦の食感がたまらないです」

「ここへ来るといつもこのおそばを食べるの、もう大好きなの」

「この天ぷらとっても美味しいわ、ごま油で揚げてらっしゃるのね」


「あと、あんころ餅もあるんですよ、麦茶も持ってくるから食べてって」

 菊子は自慢のあんころ餅を持ってこようとしたが、

「いえいえ、もうお腹いっぱいですおばあちゃん。真空管を早く見つけないとないとならないんです。美咲ちゃんと恵子も一緒に」

「はい」

「……」

 恵子はあんころ餅と聞いて黙り込んでいる。

「それじゃあ、美咲ちゃんが見つけた所へ行こう」

「はい」

「……」

「あれ、恵子どうしたの?」

「私、ここに残りたいわ」

「なんでぇ?」

「このおばあちゃんにお料理のことどうしても聞きたいの、二人で行ってきて」

「分かったよ、じゃあ美咲ちゃん二人で探しに行こう」

「はい、わかりました」


 耕太郎と美咲が出ていったすぐあとに恵子は、

「あの~、あんころ餅頂ただいてもいいですか?」


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