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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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第二七話 空虚の煙

 今から列車に乗れば、まだ間に合うのか?


 バスの車窓から見える甲府の街も、七夕の前日の夜に空襲があった。街の至る所が瓦礫の山となっている。こんな軍事工場も飛行場も無い小さくて奇麗だった街を、何故焼き尽くすんだ。大都市を空襲した帰りに、余った爆弾を捨てたのか。


 甲府駅に着いた私は、真っ先に時刻表を買う。今ある時刻表は、たった一枚の紙きれだ。軍が物資を運ぶ貨物列車を優先にしているので、客を乗せる列車の本数が減らされているからだ。私は直ぐに、発車時刻と到着時刻を調べ始めた。


 甲府駅から中央線で新宿駅に出てから東京駅に行く。東京駅から東海道線の夜行で京都へ向かう。京都の手前の大津駅に着くのは明日の朝七時だ、良し間に合うぞ! 明日の午前十時に、大津駅の近くの琵琶湖のほとりで実験が行われるのだ。


 東京駅から夜行列車に乗った後、徹夜作業の疲れで直ぐに眠ってしまった。


 夜中の三時頃に目が覚めると、車内は真っ暗で列車は停止していた。隣の乗客に聞くと、この先で空襲警報が発令された為に緊急停車していたのだ。既に一時間以上も停車しているらしい。大津の駅に九時に着かないと間に合わない! 早く発車してくれと私は両手を組んで祈る。


 暫くすると車窓の外の暗闇の中、大型爆撃機のプロペラの音が聞こえて来た。その音は、私が聞きなれた周波数八〇から一二〇ヘルツの音だが、複数機飛んでいると非常に不気味で威圧的に感じた。“ゴーー”という地響きの様な低い音は、人々を恐怖に陥れるのだ。車内の乗客も暗闇の中、両手で頭を抱えて怯えている。


 十数分後、プロペラの音は遠ざかり小さくなっていた。今ならまだ間に合う、私は早く列車が動いてくれと足を踏み鳴らしていた。数十分後、やっと列車が動き出したが、結局二時間以上も停車していた。もし間に合わなければ、改善前のマイクロフォンが使われてしまう。そしてそれが壊れたら、自動追尾実験が失敗する。


 大津駅からタクシーに乗って、琵琶湖のほとりの実験場に着いた。上空四〇〇〇メートル付近にプロペラ音の響く飛行船が飛んで来るのが見える。まだ台風ロケットは打ち上げられていない、私は思いっ切り走って山本少佐の所へ行った。


「はあ~はあ~、山本少佐殿、改善したマイクロフォンを持って来ました。ロケットの発射を、……待ってください。はあ~はあ~」

「旗島ぁ、空を見ろ。もうすぐ飛行船が来るんだ、発射する」

「マイクロフォンが壊れたら、ど、どうするのですか」

「お前が恥をかくだけだ、飛行船が所定の位置に来たぞ!」

 山本少佐はすかさず発射の合図を出した。


「待ってください!」


 参謀達と向井中佐、山本少佐が見守る中、作業員は発射釦を押した。


 三角形に配置して結合された三台の台風ロケットと、中心にマイクロフォンとその下に姿勢誘導装置を抱えた自動追尾ロケットは、琵琶湖の沖あいに向けて轟音と共に白煙を吹き出しながら勢いよく飛び出した。――その数秒後、台風ロケットは上空で捩じれるように急激に方向転換する。白煙は竜の様にうねる姿を描いていた。


 制御を失った台風ロケットは京都の街のほうへ飛んで行ってしまった。


「失敗した、お前のせいだ」山本少佐は私の胸ぐらを掴む。

「離してください」私は山本少佐の手を振り払う。

「何故待ってくれなかったのですか!」

「お前の仕事が遅いのが悪いんだ」

「ロケットが市街地に落ちたらどうするのですか?」

「心配ない、弾頭に爆弾は積んでいない」


 そこへ作業員が焦った顔をして山本少佐の所にやって来た。


「申し訳有りません、手違いで爆弾を載せたロケットを発射してしまいました」

「何~! 馬鹿者」――山本少佐が作業員をひっぱたこうとするのを、私は必死で止めた。


「どうしたんだ山本君」向井中佐が慌ててこちらへ来る。

「実弾のロケットを発射してしまいました」

「何だと!」

 向井中佐は台風ロケットが飛んだ方向に顔を向けると、

「あああ、煙が上がっている!」

「申し訳有りません、この旗島が悪いのです」山本少佐は鬼の様な形相で私を睨む。

「私はあのマイクロフォンは壊れると、進言しました」

「もう良い、失敗は皆の失敗だ、それより被害状況を調べてこい」

「は、直ちに調べて参ります」

「だが、我が軍のロケットだという事は伏せておけ、皆に徹底させろ」

「承知しました」


 山本少佐は作業員を集めると、こう言った。


「今回のロケットは米軍が発射した事にする、分かったか」

「はい」


 その後、山本少佐は二人の兵士を伴って屋根のない車に乗り込むと、煙の出ている方向へ車は走って行った。向井中佐は何度も頭を下げながら参謀達を黒塗りの車へ案内し、一緒に車に乗り込み去って行った。


 作業員達が発射台のかたづけをする中、私はしゃがんで頭を抱えていた。


(あぁ、空襲で列車が停止しなければ間に合ったのに、ちくしょう。この改善されたマイクロフォンを使っていれば、絶対に成功したのに!)


 私は落ち着きを取り戻すのに、かなりの時間を要した。昼過ぎになって私は気を取り直し、暫く会えなかった節子の所に行くことにした。


 丸山櫛屋ののれんをくぐり、奥の職場へ行く。

「親方久しぶりです、節子さんは?」

「若奥さんは今日は足山旅館へ手伝いに行っているよ」

「ああ、そうでした。今日は土曜日でしたね」

「旦那さん、今日の十時頃、隣街の松葉町に爆弾が落ちたんだ」

「え、松葉町に!」

「何か米軍のロケットとかいう新しい爆弾が落ちたらしいですよ、足山旅館に被害が無ければいいのですが」

 その話を聞いた途端、私は丸山櫛屋を直ぐに出て、足山旅館の方角に走っていた。


 もし足山旅館にあの台風ロケットが落ちたなら。いや、そんなことは無い、節子は無事だ。今、頭の中で最悪の事態を想像するのはいやだ、節子は必ず生きている。と自分に言い聞かせながら走っていた。


 微かに白い煙が見える、足山旅館がある方角だ! その先の角を曲がり、足山旅館が見える所で立ち止まる。私の全身に震えが走った、あの台風ロケットが落ちたのは足山旅館だったのだ。


「頼む、無事でいてくれ! 節子」


 二階建ての足山旅館は見るも無残につぶれている。母屋は黒い屋根瓦が辺り一帯に散乱していた。数人の消防団員がその瓦礫の上に乗り、くすぶる火の火消しや柱などを撤去する作業をしている。その周りには、空になったバケツを持って見守る近所の人達が居た。


 私は作業を指示している消防団長と思われる人物に、声を掛けた。


「すみません、この旅館に居た人達はどうなりました?」

「全員が掘り起こされて、この先の月橋病院へ運ばれた」

「生存者は?」

「ああ、数名ほどいた様だ」

「月橋病院の場所は?」

「この先を真直ぐ行くと看板がある。その角を左に曲がって直ぐだ」

「分かりました、有難うございます」


 節子、頼む生きててくれ!


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