表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
4/49

第四話 隣街のお屋敷へ

 お昼ご飯を食べ終えてから、耕太郎は隣街のお屋敷へ行く準備を始めていた。

「あの柴田さん、いくらで買ってくれるかな」ノートパソコンと電卓をカバンに入れながらつぶやく。

「あらあら、今月の売上少ないんだから、がんばって稼いできてね、あなた」

 恵子は耕太郎の尻を叩く。


 そこへ、美咲がやって来た。

「こんにちは、今日はよろしくお願いします」と頭を下げて挨拶した。

「やあ、美咲ちゃん、こんにちは。今日も制服着て来たんだ、夏休み中なのに」

「あなた、ちゃん付けで呼ぶなんて! 馴れ馴れしいわよ、ねえ芦田さん」

 恵子は耕太郎にはほっぺたを膨らませ、美咲には愛想笑いをする。

「朝、学校に寄ってこの真空管の特性を調べていたんです。えへへっ」

 美咲は肩からかけたカバンをポンポンと二回叩いた。何か自信ありげな様子である。


 耕太郎は店の近くの駐車場に止めてある車を取りに行き、店の前に車を止める。

「さあ、美咲ちゃん乗って」と言いながら、車の右側のドアを開けた。

「わあ~、この車、左ハンドルじゃないですか」

 美咲はおどろいて、耕太郎の車を見渡した。


 その車は二〇〇八年製のドイツ車クラインクーペの左ハンドル車だ。ボディー色はシルバーで、屋根の部分は黒である。


「この車いいでしょ、気に入ってるんだ~」

 口をとがらせて口笛を吹くまねをする耕太郎を見て、恵子はムッとした表情になる。

「あなた、ドライブ気分で女子高生を乗せるつもり? まったくもう、スケベじじい」

「何言ってんだよ、仕事で行くんだからしょうがないだろ」

「あなたはいつも信用できないのよ!」

「だいたいお前が柴田さんのところに、あわてて電話するからだろ」

「なに言ってるのよ、あの柴田さんは、真空管を見つけたらすぐに電話してくれって言ってたじゃない!」

「客の前で話すことじゃないだろ~が!」

 二人で口喧嘩を始めるのだった。


 既に車に乗り込んで助手席に座っていた美咲は、時計を見る。

「おじさん、そろそろ行かないと約束の時間に間に合いませんよ」

 催促された耕太郎は、口喧嘩を中断した。

「……じゃあ恵子、行ってくるよ」

 車の左手に回り込むと、ドアを開けて運転席に座りドアを閉める。

 シートベルトをしてから左足でクラッチを踏み、シフトレバーをローに入れる。エンジンスタートボタンを押してアクセルを踏むと、車は白煙を吹きながら走って行った。


 県道に出る信号待ちのところでカーナビを操作し終わってから、二人は話を始めた。

「まったく、いつも恵子は俺に文句ばかり言って、あ、ごめんなさい。変なところ見せちゃって」

「おばさんは、なんであんなに怒ってるんですか?」

「美咲ちゃんのような可愛いお嬢さんとドライブするのが、気に入らないみたいだ」

「そうなんですか……。わたし右側の助手席に乗るのは初めてなんで、ちょっとウキウキしちゃったかな」

「ああ、そうなの」

「何か、自分が車を運転してるみたいな気がするんです」

 と言いながら美咲は両手を前に出し、ニコニコしながらハンドルを操作する真似をした。


「この車はドイツ車で、中古の外車を扱う店で働いてる友達から買ったんだ」

「わざわざ、ドイツから取り寄せたんですか? この車」

「いや、韓国からだよ。その友達は韓国の中古車情報をネットで調べて、欲しい外車が見つかったら、その韓国の中古業者にメールして日本車と交換する交渉をするんだ。交渉が成立したら、日本車に乗ってフェリーで韓国へ行き、交換した外車に乗ってフェリーで帰って来る。もちろん輸出入手続きをしてね」

「ということは?」

「そう、日本車が左ハンドルの外車と交換されるってことさ、韓国は右側通行だからね」

「へ~」

「世の中、人と違うものを欲しがる人が多いでしょ、俺もそうだけど、日本の中古車が倍くらいの値段の外車に変身するって訳だ」


「ただ、うちの恵子はこの車に乗ると、いつもキムチ臭いって鼻をクンクンさせるんだ。おれはキムチが好きだから何とも思わないし、そんなに匂わないと思うんだけど」

「そう言われると、何となく……」美咲もクンクンと鼻をならして車の中を嗅ぎ出した。

「キムチの匂いする?」


「このクラインクーペは馬力は無いけど、ハンドリングが良くて気持ち良く曲がるんだよ」そう言いながら耕太郎はハンドルを小刻みに動かす。

「ほらね、」

「ひゃ~!」

 美咲は思わずドアの上にある取っ手にしがみ付き、シフトレバーを握っている耕太郎の右ひじに触れるのを防いだ。

「それで、この車マニュアルシフトで六速まであるけど……」


「おじさん! そんなことよりも、お屋敷に住む柴田さんってどういう方なんですか?」

 セクハラされそうになった美咲は、耕太郎のどうでもいい車の話よりも、朝早く学校へ行き、調べてきた真空管が売れるかどうかが気になっているようだ。

 まだまだ車の話をしたがっていた耕太郎だったが、

「車の話はまた後でするとして、え~と柴田さんは、元海上自衛隊の潜水艦の艦長だったって言ってたよ。確か柴田さんのお父さんは旧日本海軍の軍人で、柴田さんの息子さんも自衛隊に入隊してるとか、いわゆる軍属一家みたいだ」

「そうですか、何かコワそうな人みたいですね」

「そんなこと無いよ、柴田さんはとにかく音楽が好きで、仲間を呼んでレコード鑑賞会などをお屋敷で開いてるらしいよ」

「この真空管、買ってくれるかしら?」

「きっと売れると思うよ。ああ、もうすぐ着くよ」


 そんな話をしているうちに、柴田さんのお屋敷の前に着いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ