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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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第三話 夜の仕事

 耕太郎は居間に置いてある大画面テレビの電源を入れ、台所にある冷蔵庫から飲みかけの白ワインを取り出すと、ワインを持ったままダイニングの椅子に座る。テーブルにはサラダ、ドレッシングが入った瓶、小皿、お箸とワイングラスが置かれている。

 耕太郎はワインをグラスに注いだ。


「今日は儲けそこなったな~」ワインを一口飲むと恵子に話しかけた。

 カウンターテーブルの奥の台所で夕飯の支度をしている恵子は、

「あのガラス球、あんなに高いと思わなかったわ、ほんとに」フライパンの炒め物を、お皿に盛りつけながら返事をする。

「あの真空管は、今後益々値段が上がると思うよ」


 恵子は、ダイニングテーブルにできあがった料理を並べ、ご飯とお味噌汁を持ってきてから耕太郎と向かい合って座る。

「なんで値段が上がるのよ、あれってやっぱり骨董品なの?」と聞き返した。

「あれは骨董品じゃないってば、今でも音楽鑑賞用に使われている中古部品なんだよ。レコード鑑賞する人たちの中には、最新のオーディオ機器を使わないで、古い真空管をつけたアンプをでっかいスピーカーにつなげて聞いてるらしいよ。何かよく知らないけど音が違うらしい」


 耕太郎は、おかずの炒め物をつまみにしてワインを飲みながら話しを続ける。

「ただし、真空管には寿命があってさ、早いものだと二千時間くらい使うと壊れるんだって。だからビンテージ、(う、骨董品と思われるな)じゃなくて中古の真空管は今後も需要があるわけだ。特にドイツの音楽を聴くときはドイツの真空管じゃないとダメ、とか言ってる人もいるみたいだ。今じゃ、ロシアや中国でしか作ってないらしいよ」 

 耕太郎のうんちくを聞き流している恵子は、ごはんをパクパク食べていた。


 先にご飯を食べ終えた恵子は、

「明日、あの芦田さんとかいう女の子と一緒に、柴田さんの所へ行くんでしょ。おじさんと女子高生が一緒で、警察に捕まらなければいいけどね」と言いながら片づけを始める。

「あなた、早く食べ終えて夜の仕事しなさいよ、ワインもおしまい!」

 恵子はワインボトルを取り上げ、まだ食べ終わっていない耕太郎をおいて洗い物を始めた。耕太郎が女子高生と一緒に行動することが気に入らないことを、態度で示したかったようである。


 耕太郎は食事を済ませると、二階へ上がり、パソコンの電源を入れる。


「さてと、仕事始めるか」インターネットを起動し、ネットオークションのページを開いて中古の電器製品を調べ始めた。


 耕太郎の夜の仕事とは、ネットオークションで安い中古品を買い付けることと、手持ちの中古品をネットオークションに出品することである。店のホームページも作ってはいるが、そのネットショップでの中古品販売は、月にたった数個しか売れないのであった。


 耕太郎が得意とするやり方は、電器製品の中でジャンク品と呼ばれる、壊れた又は壊れかかっている製品を買う。その製品を分解修理、清掃して動作するようになった製品を、再びネットオークションに出品するのである。たいがいのジャンク品は、冷却ファンにほこりが詰まっていたり、スイッチの接点が汚れていたりするので、掃除するだけで簡単に直ってしまうものも多い。


 この中古品の転売が、耕太郎の店の主な収入源となっていた。


 何品か買い取る目星をつけた耕太郎は、その製品をブックマークして入札終了時間を待つ。入札終了時間ぎりぎりで、できるだけ安く買い取るためである。

「今日の入札は十時二〇分と十一時か、まだ時間があるな。そうだ、さっきの革製の箱を調べよう」と、店のガラスケースにしまってある革製の箱を取りに行った。


 革製の箱を持って二階の部屋へ戻ると、作業台の上にある蛍光灯がついたルーペスタンドで箱を観察し始めた。


「これは何に使う物かな、意外ときれいだし、この箱しっかり作ってあるな」

 蓋を開けてみると、蓋の裏側に貼ってある紺色の生地の上に文字が書いてあるのを見つけてルーペを近づけた。


「イ号二型 台風」と、読み取れることができた。


 耕太郎はパソコンで イ号二型 台風 と打ち込んで検索すると、旧海軍の伊号第二潜水艦の記事が見つかった。

「ふ~ん、これは潜水艦の乗組員の所持品だったのかな?」今度は 日本軍 革製 箱 と打ち込んで検索を始めた。


「あった! これだ」耕太郎は同じ形をした画像を見つける。


「日本軍・三〇年式弾薬盒 弾薬を入れるポーチだったんだ」

 さらにネットオークションの履歴を調べると、一万二千円で売れていたことが分かった。「やった~一万円は儲かるぞ、すぐに写真撮って出品しちゃおう」


 箱は牛革でできていて、縫い目がとてもきれいに仕上げてある。きっと戦時中に工場へ動員された女性たちが、これを使う兵隊さんたちの武運長久を祈りながら一針一針縫っていたのだろう。その思いが乱れの無い糸の締め付けに表れていた。


 耕太郎は、弾薬盒を撮影用のフェルト布が敷かれたテーブルの上に置き、照明をあて、デジタルカメラで手際よく写真を撮り始めた。写真をパソコンに取り込んでから、ネットオークションの出品作業に取りかかる。


「商品名は、日本軍・三〇年式弾薬盒 (イ号二型 台風)美品 入札開始価格は六千円でいいかな、入札締め切り日を三日後とすると、日曜日だから時間はお昼の十二時でよしと」


 骨董品は恵子に悟られないよう、なるべく早く処分する考えのようだ。ネットオークションの出品も手馴れており、三十分もしないうちに作業を完了したのであった。その後、耕太郎は今日の買い付け商品を入札し、無事に購入し終えてから寝室へ向かった。


 後で分かることだが耕太郎が イ号二型 台風 のことを旧海軍の伊号第二潜水艦と勘違いをしていて、よく調べもせず、この貴重な弾薬盒をネットオークションに出品してしまったことが大きな問題に発展するのであった。


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