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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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「その男、録音技師」編 第一話 船出の朝

 ……ぷっぷつ……ぷっぷつ……。


 黄金色に貯古齢糖チョコレートを混ぜこぼしたでっかい朝顔の花びらが、"ぷあっ" と開いた様な真鍮板の傘がある。その喉の奥からゆったりと増幅した心地よい音色……の邪魔をする輩がいる! そいつは馬鹿真面目にも周期的に雑音ノイズを織りまぜてくるのだ。


 その雑音ノイズの犯人は、平べったい円筒の上に載り、回転しながら波を打つ『色黒い円盤』。その円盤の極細い溝の小径を、外れまいと踏ん張る湾曲腕アームの先に『ちびっ子の針』。

 彼ら二人は共犯者だ、ちびっ子の針は小躍りを我慢して、引っ付いて、波打って、色黒い円盤の上のいつも決まった場所で "ぴこん" と跳ねていた。


 蓄音機 一八七七年 エジソンの発明から始まる音を再生する機械だ……憧れる。


 現在ときは一九一三年五月末、

 僕は、上半分が西天窓ステンド硝子の近くの席に座って海を見ている。ここは、横浜港の直ぐそばにある喫茶店だ。


 あるわけないだろ! こんな喫茶店に高価な最新式の蓄音機が!

 ここの店、窓硝子に絵の具で色付けしてるんだ!


 僕は最近、科学雑誌の記事を読んで、ここにあったらいいなって妄想しただけなんだ……ごめんなさい。

  

「いらっしゃいませ、ご注文は?」

 僕はお品書きを開きもせずに答えるのだ。

「こ、珈琲を一杯」

「畏まりました」

 ひだのある胸当てと、たすきがけのように背中で交差した帯状の紐がある白い洋風前掛エプロンを、店員はくるりと反転しながらなびかせて、僕から離れて行く……ほのかな花の香り?


 僕は一時間後、客船に乗って隣国の大連へ旅立つんだ。

 ここから更に、長い長~い旅が待っている。


 今、僕の気持ちはめまぐるしく変化している。

 頭の中で旅の順路を繰り返しなぞっては、不安と期待が雪合戦? 今は春なので訂正、不安と期待が花合戦この方が綺麗ですかね。


 僕が目的地へたどり着く頃は、夏真っ盛りになるのだ。


「珈琲をお持ちしました、牛乳ミルクを入れますか?」

「ああ、ここに置いて下さい」

「畏まりました」


 店員は僕の前の机の上に白地に紺の玉葱柄の珈琲茶碗カップスプーンを乗せた皿を置くと、珈琲茶碗カップの取っ手が僕の右手に来るように向きを変えた。


(目的地の珈琲はどんな香りや味がするのかな?)


 淹れたての珈琲から立ちのぼる加加阿カカオの匂いがぷんぷん? あれ、これは貯古齢糖チョコレート珈琲? あの店員間違えたな!


 椅子の横に置いたでかい革の鞄から日記を取り出して、折り目のあるページを開く。この日記がこの旅の、僕の心の安らぎになる。旅の日記として面白おかしく綴るんだ。


 牛乳ミルクと砂糖を入れて珈琲をすすりながら机に置いた万年筆と日記。もしも僕が諾貝爾ノーベル物理学賞を獲ったらこの日記を出版社に持ち込んで印税がっぽり稼ぐ! しかも百年経っても読まれるぞ! ――なんて金平糖のように甘い夢を見たけど、直ぐに溶けちゃうかな? 金平糖だけにね。


 そうだ、さっき書き始めたところを読み返そう。

 ――お父上様、お母上様行って参ります。僕はここ、横浜の喫茶店『ヌルノアール』からこの旅を始めます。


 お父上様のお言葉『あそこは美人が多いと聞くが、女には気を付けろ』とお母上様のお言葉『あなたはお腹を壊しやすいから、食べ物に気を付けて無事に帰ってくるんだよ』をよく胸に刻んでおきます。


 お父上様は和紙職人として、お母上様も裁縫の先生として、世の人々から尊敬されるような立派なお仕事をなさっています。僕もこの旅を終えて日本に戻って参りましたら、旅先で習得した技を世の為に生かせるよう努力致します。


 今の日本が欧米諸国に早く追い付いて、世界中からも尊敬されるような国になればいいなと常々思っております。僕も早く一人前になって、日本の成長の一助になりたいと願っています。


 そろそろ出航の時間だ。大連に着くのは明日の朝。今夜はぐっすり眠れるだろうか?


 ◇  ◇  ◇


 案の定眠やしない!

 あんな喫茶店で時間を潰してしまったのが僕の失敗だった。


 僕の切符は三等室、船底に近い暗くて臭い畳の雑魚寝部屋だ。僕の寝る場所はもう何処にも無い。もっと早く来るべきだった。


 ここで諸君らに問題を出すよ、僕は何処で寝たら良いのかな? 四択です。


 先ず始めにこの雑魚寝部屋の説明をするよ。ここは十文字の通路で四つの区画に分けられている。僕の背中に梯子階段がある一番手前の通路に立っている。各区画はそれぞれ二十糎センチメートル程の段の上に八帖の畳が敷いてあるんだ。


 説明のために区画に名前を付けよう。先ず左奥を【甲部屋】右奥を【乙部屋】この甲部屋と乙部屋の後ろには壁を隔ててお手洗い場がある。左手前を【丙部屋】右手前を【丁部屋】とする。


 先ず【甲部屋】ここは中国人が八割で日本人は二割しかいない。ここには雀卓が三台置かれている。何やらキセルを持った中国人が吹かす煙が……たまったもんじゃねえ! モクモクした空間に中国服を着た男たちが「あひょ~、ちゃあ~」とか怒鳴り声が……やかましい! 麻雀をやっている後ろの奴らがコソコソ動いて……ああ、怪しい!


 次に【乙部屋】ここは見た目陽気な雰囲気なのだが、演奏部屋だ~。ギターを持った奴が三人、三味線を持った奴も三人、和太鼓を叩く奴が二人、二胡を弾く奴とチャルメラを吹く奴、変な歌歌う奴……音がぐちゃぐちゃだ~!


 左手前の【丙部屋】ここは誰が持ち込んだのか天幕が天井から吊り下げられている。しかもその天幕の中から怪しげな光と呪文の様な声が漏れてくる……こ、怖い! 恐る恐る天幕の裾をめくって中を覗くと、お揃いの白装束に鉢巻をして皆一心不乱に手を組んで座りながら頭を前後に揺すっている……やばいぞ~!


 最後に【丁部屋】ここは一番ましかも知れない。天井の上から黒い布が部屋ごと覆われていて、いびきまで聞こえてくる。良しここだ! とその黒い布をめくると、びっしりと蛆虫の様に人間達が寝て、その人の上にも人がいる状態である。寝てる人の口の中に誰かの足が刺さってる……よく寝れるな?


 以上の様に説明しましたが、一体僕は何処で寝たでしょうか?


 答えは『梯子階段』でした。え、四択じゃない? ごめんなさい。

 だって、ここに居ないと船が沈没した時に『蜘蛛の糸』状態になるでしょ!


 想像して下さい、奴らが一斉にこの階段に押し寄せる光景を……震えます。


 そんなこんなで僕が大連の港に着いた時は目の下真っ黒、床に水が溜まっていて一晩中梯子を掴んでいたので腕が痺れ切ってしまい、まるで力が入らない"ぶらぶら"な状態である。この先の僕の旅はどうなるの?


 最後に諸君らに僕の目的地の仄めかしを。

 僕の持ってる万年筆は『山部欄』。


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