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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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第二話 箱とガラス球

「どれどれ、中身を拝見させてもらいます」

 耕太郎は、女子高生を店の奥にある椅子に座らせる。テーブルの上に女子高生が持ってきた紙袋を置き向かい合って座ると、紙袋の中から十五㎝程の長四角い物を取り出した。


「骨董品ですか? これは」


 それは、赤茶色をした古い革製の箱だった。実は二年ほど前まで耕太郎の店は骨董品も扱っていたが、今はやっていない。ある時、頭の禿げたおやじが持ち込んだ古い掛け軸を、おやじの口車に乗せられて高値で買い取ってしまい、あとで偽物と分かって痛い目にあっていた。それ以来、妻の恵子からは、

「鑑定もできないのに骨董品をやるんだったら、実家に帰ります」と、くぎを刺されていたのである。(やばい、骨董品を買い取ると恵子に怒られるぞ)


 赤茶色の古い革製の箱は何かを携帯するもので、台形を逆さまにした形で底の面積のほうが狭くなっている。上の蓋の部分は、革でできたコの字型に曲げられた帯が、蓋の上をまたぐように横に張られ、左右側面の真鍮でできた丸い留め金に帯の穴で引っ掛けてある。箱の背面には、ベルトを通す幅の広い革の輪っかが二つ縫い込まれていた。


「おじさん、中身を売りに来たので蓋を開けてみてください」

 やや引き気味の耕太郎に、女子高生は中身の確認を促した。耕太郎は、おそるおそる革の帯を留め金から外す。箱の蓋を開けると中央には仕切りがあり、左右の空間に二つの白い紙箱がそれぞれ入っていた。

 

 "TELEBECKEN" のロゴが目に飛び込んできた。

(やったぞ、これは希少真空管だ!)


 耕太郎は思わず唾を飲み込みそうになるのをこらえ、机の引き出しから白い布の手袋を素早く取り出し、それを手にはめてから紙箱の中の真空管一本を取り出した。真空管のガラスに手の脂が付いたまま電気を入れると、発熱したガラスが割れてしまうことを心配して手袋をはめたのである。


 TELEBECKEN テレベッケン RV238 希少真空管である。一九三〇年代のドイツ製である。


(これは一個十万円くらいで売れるぞ、確か隣町のお屋敷に住むご主人が音響用の真空管を探しに来たことがあったな。いくらで引き取るか……、この女子高生なら一個二千円も出せばいいか)


「あ~これね、いっぱい出回ってるやつだ、二個三千六百円で買ってあげるよ、お嬢さん」

「おじさん、冗談はやめてください。これは一九三二年製のドイツ、テレベッケン社の真空管ですよ、市場価格で一個八万円はする筈よ」

 この女子高生は、既にこの真空管のことを調べていたようである。

「この真空管、動作するかどうか判からないじゃないか」

「学校の科学実験室にあるオシロスコープで調べてきました」

 女子高生は、制服のポケットからオシロスコープの信号をインスタントカメラで撮影した写真二枚を差し出した。その白黒写真には、二つのサイン波形が映っている。


「真空管のヒーターにDC電源をつないで、スマホのイヤホン端子から出力させたサイン波を、トランジスタで増幅してから真空管のグリッドとカソード間に入力して、真空管のカソードとプレート間の電圧をオシロスコープで観察しました。大きいほうが真空管の波形です」


(スマホでサイン波? この女子高生 "リケジョ"か? 電気に詳しいな)


 写真を見た耕太郎は、一瞬身構えた。

「ただ、買い手がいないと、何年も在庫しなければならないから、六割以下になるんだよな~」(一個八万円として二個十六万円の六割で十万六千円か、六万四千円儲かるな)耕太郎は電卓を持ち、計算を始めた。


 その時、恵子がお盆に載せたコーヒーを持ってきて、女子高生が座っている前のテーブルの上に置いた。

「あら、学生さん、どこの学校に通ってるの?」

「はい、県立園浦高校です。さっき、おじさんがお茶は無いと言ってましたけど?」

 県立園浦高校と言えば県で一番の進学校で、秀才が集まる高校である。


「あら、骨董品かしら? このガラス球」恵子は耕太郎の背中をつついた。

「違うよ、これは真空管と言う昔からある電気部品だよ。今はほとんどトランジスタに置き換わってるけどね」

「真空管? 確かこの間、隣町のお屋敷のご主人が真空管とかを探しにお店に来たわよね、あなた」恵子は耕太郎の肩を叩く。


(なんでその情報を売り主の前で言うかな、もう)


「おじさん、これを買いそうな方がいるんですか? すぐに売れるんだったら八万円の八割の二個十二万八千円で買ってください」

(やられた、儲けが減っちまうぞ……)

「その人がすぐに買ってくれるかどうか分からないし、この真空管の用途だって音響用じゃ無かったら……」と、言いかける間もなく、

「あなた、隣街のお屋敷のご主人に電話してみたら、私、電話番号探してくるわ」

 恵子は急いで顧客ノートを取りに行くのであった。


(なんで商売のじゃまするんだ、あいつは)耕太郎は鼻白んで腕を組んでいる。


 恵子が顧客ノートを持ってくると、隣街のお屋敷の電話番号を探し始めた。

「あったわ、この人ね、柴田征二さんっていう方よ。え~と電話番号は……」恵子はすぐさまコードレス電話機を取って、電話をかけ始めたのだ。


「もしもし、柴田さんのお宅でしょうか? 宮林町の中古品店の冬菇屋ですが、ご主人様はいらっしゃいますか?」

「私ですが何か?」

「あの~、この間探しにいらしていた、真空管とかいうガラス球が見つかったんです。え~と、うちの主人と変わります」

 恵子はいきなり電話機を耕太郎に押し付けた。


(何でいつもいつもせっかちなんだよ、まったく)しぶしぶ電話機を受け取った耕太郎は、喉を鳴らしてから話始める準備をする。


「もしもし、柴田様ですか? 急なお電話で申し訳ありません。今ここに古い真空管がありまして」

「ほほ~、どのような物ですか?」

「ドイツ、テレベッケン社のRV238です」

「おお! それはいい話ですねすぐに見てみたい。冬菇屋さん、明日持って来てくれますか?」


 そのご主人が、テレベッケンと聞いて色めきだった様子を感じた耕太郎は、

「そうですね、そうしましたら、明日の午後二時ごろにお持ちします」と答えると、この女子高生からこの真空管を言い値で買いとる決心をして、電話機を置いた。


「それじゃあ、十二万八千円で買いますよ」と言ってから買い取り用の伝票とボールペンを用意すると、女子高生は、


「いいえ、今はまだ売りません」


 耕太郎は固まってボールペンを落としてしまい、恵子はポカンと口を開けて立ちすくんでいる。

「さっき、十二万八千円で買ってくださいと、あなた言ってたじゃないですか」耕太郎はあせった。

「明日、おじさんといっしょに隣町のお屋敷に行って、その方の買い取り価格の八割でおじさんに売ります」


(まったく最近の子供は隙が無い……それもこれもみんな恵子が余計な口出しするから)耕太郎は恵子を睨みつけると、恵子はばつの悪い顔になり、そそくさと背中を丸めて店の奥へ逃げるように出て行った。


「分かりました、それじゃあ明日の午後一時半までに店に来てください。この真空管は預かっておきます」

 耕太郎は真空管の入った革製の箱を、鍵のかかったガラスケースにしまおうとする。

「これは持って帰ります。明日の朝、学校でこの真空管の性能をもう少し調べたいんです」女子高生は耕太郎から真空管が入った革製の箱を、取り返そうと奪い合いになった。

「じゃあ、この箱だけ今買い取るよ、千五百円でいい?」

(この箱、何か引っかかるんだよな……)


 耕太郎は女子高生を再び椅子に座らせた。紙箱に入っていた二つの真空管を革製の箱から取り出し紙袋の中に入れて女子高生に返すと、レジから千五百円を取り出して買い取り伝票といっしょに女子高生に渡す。


「名前と住所と電話番号を正確に書いてね、税務署がうるさいから」と素早く女子高生にボールペンを持たせた。耕太郎は革製の箱をとにかく早く手に入れたかったようである。それをすぐにガラスケースにしまい込み、鍵を掛けた。


 女子高生は伝票を書き終えて、千円札と五百円硬貨を財布に入れてから立ち上がる。伝票を確認しながら耕太郎は、

「芦田美咲さんっていう名前なんだ、明日の午後待ってるよ。あと高額の取引になるから、お父さんの銀行口座の番号も聞いておいてね」

「おじさん、また明日もよろしくお願いします」

 美咲は一礼して立ち去って行った。頭も賢そうで、最近にしては行儀のよい女子高生だった。


 美咲が帰ると耕太郎は、外にある看板を店の中にしまい、入り口の扉の鍵を閉めてから、レジとカード端末を終了させて店の電気を消した。


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