第一九話 東京の会社へ
海斗は早速、班長へ電話をかける。
「もしもし、柴田です。冬菇屋さんで旗島さんのものと思われる写真が見つかりました」
「ええ、弾薬盒の中からです」
海斗が班長に話した内容は、美咲に買い取りを拒否されたこと。それを奪い返そうとして飛んでしまった弾薬盒が耕太郎の店のオーディオ機器を壊してしまい、弾薬盒も壊れたこと。
壊れた弾薬盒の中から一枚の写真が出てきたこと。その写真には旗島さんと思われる人物と、その横に旧ドイツ軍の将校が映っていたこと。
また、その写真の裏に"ペーネミュンデにてシャックマンと"と書かれていたこと。写真に写っている男の肩掛けカバンの肩紐に"帝都レコード會社"と書かれていたことを、報告した。
「その帝都レコード會社を調べて欲しいのですが。あと、色々と壊してしまった物を弁償しないといけません」
「はい、分かりました。このままここで待機します」
海斗は一旦電話を切った。
「キャー!」
目を覚ました恵子が突然悲鳴をあげた。
「あそこの窓から、サングラスの男がこっちを見てたのよ」
海斗は素早く窓に近づき外の様子を見ると、サングラスの男は店から離れようとしていた。それを見て店の前の道路の反対側へ何かしら合図を送る。
「大丈夫です。今、私服隊員に指示を出しましたから、その男に事情聴取するでしょう」
「怖いは、あなた」
「海斗君がいるから大丈夫だよ」
サングラスの男と私服隊員は、何やら話をした後、男は隊員に連れ添われながら店を遠ざかって行った。
しばらくして、海斗に班長から電話がかかる。メモを取りながら話をして電話を切ると、三人に電話の内容を説明し始めた。
「まず耕太郎さん、壊した機器は全て弁償しますので、写真に撮って販売価格を添えて提出してください」
「それから美咲さん、この弾薬盒の代金ついては、購買部と交渉してください。壊れた弾薬盒は私が持って帰ります。購買部の電話番号と担当者の名前は、後で紙に書いて渡します」
美咲はきょとんとしていた。
「それと、帝都レコード會社の所在が分かりました。その会社は名前がテイトレーベルとなって現存していますから、耕太郎さん、僕と一緒に付いて来てください」
耕太郎はまたしても、テキパキと指示されることに驚いている。
「海斗くん、なんでそんなに早く決まるの? 普通の会社だったら、書類を作ってあちこちに頭を下げながらハンコを貰ったり、また書き直しさせられたり、決済されるまで二日も三日もかかるよ」
「私たちは報告・指示・命令系統が一本化されてるんです。何しろ命に関わる仕事が多いですから、いつも迅速に行動する訓練をしてるんです」
「耕太郎さん急ぎましょう、会社が閉まる前に着かないと」
海斗は耕太郎の腕を引っ張りながら立ち上がり店を出ようとすると、耕太郎は少しほほを引きつらせる。しかし、その顔は笑っていた。恵子はサングラスの男がいなくなり、少し安心した様子で椅子に座っている。美咲は崩れた棚の奥にあった真空管アンプを見つけて何やらむずむずしていた。
耕太郎たちは、店を出ると近くの駅から電車に乗り、途中で地下鉄に乗り換えて東京にあるテイトレーベル社へと急ぐ。地下鉄を降りて出口の階段を上り、ビル街を少し歩くと、耕太郎と海斗は会社の前に着いた。
テイトレーベル社の正面玄関の自動ドアが開くと、広々としたロビーの正面に大きな文字で【TEITO LABEL】の看板がある。その下に丸み掛かった白と赤のツートンカラーで設えたカウンターがあり、受付には二人の女性が座っていた。
「海斗君、ここで全ての謎が解けるような気がしてきたよ、旗島真さんの資料が残っているといいね」
「そうです。ジグソーパズルの最後のピースがここに有りそうです。さあ行きましょう」
海斗は、耕太郎を引っ張るようにして受付カウンターの前に行く。
受付嬢に名刺を出し、総務部の担当者との面会を依頼した。少し待つと、総務部の担当者が来てロビーにある打合せスペースに案内され、三人はスチール仕切りの打合せ室に入った。
海斗と耕太郎は総務部の担当者と名刺交換してから、こう切り出した。
「単刀直入に話します。旗島真さんという方が、戦前こちらの会社に在籍していたと思いますが、その方の資料を見せて頂きたいのです」
「はあ、急にそんなこと言われましても困ります」
「これは、日本の国の安全に関わる事なんです、すぐに見せてください」
「あなた、いきなり来てそんな命令するような口調で指示されても」
「あなたが判断されないのでしたら、今すぐ上司を呼んでください。さもないと、防衛庁の幹部まで報告してあなたの会社の社長に電話しますよ」
総務部の担当者はひるみながら、上司へ電話をかけた。話が終わると、耕太郎と海斗は担当者と一緒にエレベータに乗って四階の会議室に通され、総務部の責任者を待つように言われた。
その間、海斗は耕太郎にこんなことを漏らした。
「あんな平の担当者に一所懸命説明しても時間の無駄だから、早く役職の人と会いたかったんです」
「ほ~」
その会議室は、八帖程のスペースに折り畳み式の会議机と椅子が六個ずつ、合計十二個の椅子が向かい合わせに並んでいる。右の壁際には、ホワイトボードが置いてある。窓の外には夕焼け空の光と影をペイントした、ビル群が立ち並んでいた。耕太郎たちが窓側の席に座りしばらくすると、ノックの音がしてからドアが開き、一人の男が入ってきて耕太郎と海斗の向かいに立った。
その男は恰幅の良い背広を着て、如何にも真面目そうな姿だが、人情味にあふれる顔つきをしていた。名刺を交換しながら、
「総務部長の河原と申します、今日は急ぎの用事だと聞いていますが」
「はい、国の安全に関わる重要な件で、こちらに伺いました」
海斗は持ってきた写真を見せながら、この部長に今までの調査内容を包み隠さず話した。
ある甲府の山奥で偶然発見された古い道具を調べると、そこである男が戦時中極秘に開発していたイ号二型という迎撃用爆弾のセンサーに当たるマイクロフォンを作製していることが分かった。そのマイクロフォンは現在使用される潜水艦探査用ソナーの部品の元になる貴重な物だったが、完成品の行方は分からない。
また、甲府の山奥に住むご老人がその男から貰ったつげ櫛の持ち主は、京都の丸山櫛屋の女将、丸山真奈美さんの母で節子さんという方だった。その節子さんと結婚の約束をしていた男の名前が旗島真と判る。また、古い道具より先に見つかっていた弾薬盒をネットオークションに出品してしまった際、中国の諜報員にイ号二型に関する残存物と嗅ぎつけられた。そして弾薬盒を詳しく調べてみると、その蓋の裏側から一枚の写真が発見された。
「この重要なマイクロフォンの完成品の手掛かりが知りたいのです。中国の諜報機関も狙っています。旗島真さんの資料や所持品などがあれば、すぐに見せて下さい。また、京都の介護施設で療養中の丸山節子さんは、旗島さんがこの会社に勤めていたことを知りませんでした。ですから、その方にも旗島さんのことを早く教えてあげたいのです」
「分かりました、ご協力いたします。少しお待ちください」と言って、河原部長は一旦会議室を出て行った。