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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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第一八話 貴重な証拠品

 台風が関東を通り過ぎて行った朝、耕太郎と恵子は店の扉の鍵は掛けたままで、店の中にある商品の配置を変えていた。


「このガラクタ、もっと奥の方がいいんじゃないの」

 耕太郎はベビー用のテーブルや椅子、おもちゃなどがごちゃごちゃ置かれているのが気に障っているようだ。

「だってあなた、ベビー用商品は店で一番の売れ筋よ」

「もっとすっきりと配置できないのか」

「お客さんがあれこれ品定めしていると、場所が変わっちゃうのよ」

「これじゃ、いくら配置換えしても店の中の見栄えが良くならないな」

 そんな話をしていると、店に電話がかかってきた。


「はい、冬菇屋です。おお海斗君か、旗島さんのこと何か分かった?」

「いいえ、全く分かりません。旗島という苗字は珍しい名前なんですが、電話で確認するだけでは、真さんを探し出せないです」

「それじゃあ、一軒一軒訪ねて回るの?」

「それも考えていますが、それより、耕太郎さんの所にある弾薬盒を調べたいと思っています」

「ああ、これね、早く持っていってくれよ」

「今日の午後三時に取りに行きます。その弾薬盒はうちで買い取りたいので、美咲さんに連絡して冬菇屋さんに来るように伝えてもらえますか?」

「分かった、すぐ電話してみるよ」


「恵子、やっとこの弾薬盒を海斗君が持っていってくれるみたいだ」

「よかったわ、これで夜ぐっすり寝れるわね」

「美咲ちゃんにも電話しなきゃ」

 耕太郎は、美咲から弾薬盒を買った時に書き残した伝票を探して、電話をかけた。


「もしもし、芦田さんのお宅ですか?」

「はい、どなたですか?」

 声の主は美咲の父、雅史だった。

「片桐耕太郎です。あれ、芦田部長、今日は会社休みですか?」

(自分は休んで、部下だけ働かせてるのかな~)

「また片桐くんか、今日は年次休暇取ってるんだよ。それと、あんまり美咲に近寄るのやめてくれないか、最近美咲は勉強もしないで、真空管アンプを作るんだって言って、秋葉通いをしてるんだ」

「ご存知だと思いますが、美咲さんが買った弾薬盒の件で話をしたいんです。変わってもらえますか?」

「弾薬盒? 何だそれ、冬菇屋からポーチを買ったって言ってたぞ」

「間違えました、ポーチです」

「分かった、ちょっと待ってくれ」

 雅史は美咲を呼んで受話器を渡した。

 

「もしもし、おじさん、お元気ですか?」

「やあ、美咲ちゃん久しぶり、ところで今さっき海斗君から電話があって、今日うちに来て弾薬盒を持って行くことになったんだ。美咲ちゃんから買い取りたいから、今日の午後三時にうちで会いたいと言ってるんだけど、来れる?」

「はい、三時ですね、わかりました。その時間におじさんの所へ行きます」


 午後の三時、美咲が冬菇屋へやって来て、すぐあとに海斗もやって来た。前と同じく四人は店の奥の椅子に座って話を始めた。耕太郎は、

「また四人揃ったね」

「耕太郎さん、早速ですが、弾薬盒を見せもらえますか?」

 海斗に促された耕太郎はガラスケースの鍵を開けて、中から弾薬盒を取り出してテーブルの上に置いた。


「この弾薬盒がいなくなれば、私たち安心して暮らせるわ。さっさと持ってってね、海斗さん」

「はい分かりました。そうしたら美咲さん、この書類にサインしてください。金額は美咲さんが買ったときと同じ三万百円です」

 海斗は、美咲に購入依頼書を渡す。

「え~、同じ金額っておかしくないですか~」

「だってこれは、他の人に落札されるのを防ぐためだけに買ったんでしょ?」

「違いますよ、このポーチ欲しかったの、同じ金額じゃ売りませんよ」

 美咲は弾薬盒の引き取り金額を吊り上げる交渉に持ち込もうとしているようだ。


「まあまあ、美咲ちゃん、タダで拾ったんだし、真空管でたっぷり儲けたからいいでしょう」

「そうよ、美咲さん、すぐに売っちゃいなさいよ」

 耕太郎も恵子も早くこの弾薬盒を持って行って貰いたいから、海斗の肩を持つのである。


「だって、このポーチかっこいいから手放したくないわ、わたし、これ持って帰ります」

 美咲は弾薬盒を持って立ち上がる。

「ダメです!」

 海斗も立ち上がって弾薬盒を掴むと、二人で奪い合いになった。

「これ、わたしの物よ!」

「国の安全に関わるんですこれは……」

 海斗が無理に取り返そうと引っ張った瞬間、弾薬盒を投げ飛ばし、オーディオ機器が並んでいる棚の方へ飛んでいく。

 すると、棚にぶつかった弾薬盒で棚が崩れる。弾薬盒はオーディオ機器の下敷きになってしまった。


「あああ、大切なうちの商品が!」

 耕太郎はすぐに、くずれたオーディオ機器の所へ行き、狭くなった場所に体をねじり寄って入り込み、機器の損傷具合を確かめ始めた。


「あ~あ、何台か壊れちゃったな」

「耕太郎さん、申し訳ない。弁償します」

 海斗は、耕太郎の後ろですまなそうな顔をして見守っている。耕太郎が、オーディオ機器を一台一台取り除き、最後に弾薬盒を拾う。

「これも壊れちゃったよ」

 耕太郎が持ち上げた弾薬盒は、片一方の留め金の真鍮が取れ、蓋が空いて潰れていた。その時、


「あれ、蓋の裏に何かあるぞ!」


 耕太郎は弾薬盒の蓋の裏側をのぞくと、蓋の裏の紺色をした生地がめくれて、写真のような物が隠れているのを発見した。


 耕太郎は弾薬盒を持って再び椅子に座ると、弾薬盒の蓋の裏側の紺色の生地をめくり、中の写真を取り出してテーブルの上に置いた。


 その白黒写真には、二人の男が映っている。その写真の背景は、後ろの方に海が見える。水平線の上の空は雲が多く、一部分だけ晴れ間が見える。右端に枝ぶりの少ない細い松の木が三本立ち並び、地面一面には芝生が生えているが、所どころ芝生のはげた部分に薄い灰色の土が見えた。

 右側に立っている男は、髪の毛の色はグレーである。旧ドイツ軍と思われる軍服を着ていて、左手にはバイオリン、右手には弓を持っていた。左側の男は黒い髪で黒縁の丸い眼鏡を掛けている。旧日本軍の軍服に白いズボンを履いて、右肩からたすき掛けに幅の広い肩紐で白い布カバンを掛けている。その男の右手には集音マイクが握られていた。


 耕太郎と海斗は、座りながら前屈みになり、写真をじっと見つめる。

「この写真の左の男性は旗島さんじゃないかな、右側の男は旧ドイツ軍の軍人のようだ」

 耕太郎がそう言ってから写真の向きを変え、海斗に見せる。

「確かに、左は旧日本軍の軍服です。旗島さんでしょうね。右の軍服は旧ドイツ軍将校の軍服で間違いないですが、なんでバイオリンを持ってるんでしょうかね」

「左の男の人は集音マイクを持ってるよ」と耕太郎が写真の一部を指さす。

 美咲は大きな手掛かりとなりそうな写真が出てきて、興奮しながら覗き込んでいる。しかし恵子は全く関心の無い様子で、背もたれに寄りかかっているままだった。


 海斗が写真を裏返すと、

「おや、文字が書いてあるぞ!」

 その写真の裏には、[Peenemünde (ペーネミュンデ)にて、親友 Schackmann (シャックマン)と] と書いてあった。

「ペーネミュンデと言えば、旧ドイツ軍の兵器実験場があった所です。これで、あの革の手帳と繋がりましたね」

「おおそうか、あの手帳はこのドイツ人将校の物だったんだ」

「親友って書いてあるから、多分この人から貰ったんでしょう」

 美咲は"うんうん"と何度もうなずきながら話を聞いている。


 海斗は再び写真を表にした。

「日本人の男の肩に掛けている肩紐のところに、字が書いてある」

 海斗は写真を手に持って目に近づけて文字を読み取ろうとした。

「はい、ルーペ」

 耕太郎は引き出しから虫眼鏡を取り出し、海斗に渡す。それを見た美咲は、


(シャーロックホームズまで出てきたわ!)


 美咲は興奮の頂点に達したようだ。海斗は虫眼鏡を持って肩紐の字を読む。

「帝都レコード會社」

「海斗君、旗島さんはこの会社で働いていたんだ!」

「あれ? ドイツ人将校の足元には、張り子人形の赤べこが置いてあるぞ」

「何だこれ?」


 突然美咲が立ち上がり、腕を後ろに組んでしゃべりだした。

「諸君、ちょっといいですか。わたしの推理では、この日本人はレコード会社からドイツに派遣された時、ドイツ人将校のシャックマンさんが音楽好きだったので、演奏を録音してあげたら、お礼に手帳を貰ったの」

「それで、日本に手帳を持って帰って、軍と相談してマイクロフォンを作ったの。どう?」

「それはどうかな、戦時中に日本のレコード会社の人が、ドイツの兵器実験場に行く? 話がうますぎるよ」

 耕太郎がちゃちゃを入れると、

「そうかしら?」

 美咲はほほを赤らめ、恥ずかしそうにして椅子に戻った。

「旧日本軍と相談してマイクロフォンを作ったのは正しいと思うよ、とにかく貴重な写真です。これで新たな手掛かりが出てきましたね」


 三人は、新しい証拠を発見して話が盛り上がっていたが、

「zzz」

 恵子はひとり、いびきをかいて寝ているのだった。


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