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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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第一五話 京都の店

 翌朝、耕太郎たち三人は、新幹線に乗っていた。

 窓際の恵子は東京駅で買ったシュークリームを食べ、通路側に座る海斗は本を読んでいる。今日の海斗は私服を着ていた。真ん中に挟まれた耕太郎はノートパソコンを開いて何か作業していた。


 カタカタ・カタカタ、……バシ!

「おい、このノートパソコンほんとに頭にくる。オペレーティングシステムをアップグレードしてからパソコンの明るさが安定しないんだ、もう嫌になる」

 耕太郎はパソコンを叩いて作業を中断した。

「バッテリー節約機能とディスプレイの照度の設定がおかしくなってるんだな~、新幹線の中だと目が疲れて仕事できないよ」

「何の仕事してるんですか? ……あれ?」

 海斗が耕太郎のパソコンをのぞくと、ただのカードゲームをしているので、あきれかえってしまった。


 三人は、京都駅に到着し、タクシーを拾って松葉町へ向かった。

 タクシーが目的地に着くと、助手席に座っていた海斗と後部座席の左側に座っていた耕太郎は降りたが、恵子はまだタクシーの中に残っている。


「私、ここのちょっと先に古いお店がある街があるから、そこでお買い物しながら待ってるわ」

「なんだよ、一緒に聞き取りしてくれないのか」

 恵子は手に京都のガイドブックを持ち、有名店紹介のページを開いている。

「私がいてもあまり役に立たないからじゃまでしょ、運転手さん走ってちょうだい!」

 タクシーは後ろのドアを閉めて走り出してしまった。


「え~と、二丁目二八番地って、ここだな」

 目的の場所は、仕出し弁当を作っている工場だった。その工場は簡易式の建物で、工場の横に配達用の軽自動車とバイク数台がくっついて並んでいた。海斗は、その工場の入り口のガラスのついたアルミドアを開けて中に入る。


「こんにちは、失礼します」

 海斗が声をかけると、ビニールカーテンの奥から女性従業員が出てきた。

「こんにちは、どのようなご用件ですか?」

「昔この場所に、旅館があったのですが、その件でお話を伺いたいのです」

「分かりました、社長を呼んできます」

 従業員は工場の中にいる社長を探しにビニールカーテンの奥へ戻ると海斗は、

「耕太郎さんが話を聞いてください、私が自衛隊の装備技術研究官ということは、なるべく伏せておきたいので」

「分かったよ、まかしといて」

 耕太郎はやっと自分の出番が来たと、うなずいた。


 しばらくして、ビニールカーテンの奥から社長がやって来た。


「こんにちは、何の用でしょうか?」

 この社長は、白い防塵服と帽子とマスクを被り、マスクを取りながら挨拶した。その顔は、仕事の邪魔をされて迷惑しているようだった。


「お忙しいところ、大変申し訳ありません。冬菇屋の耕太郎と申します」

「冬菇屋さん? 乾物か何かを売りに来たんですか?」

「いやあ、別の件です。(中古品屋が冬菇屋って名前、やっぱり変かな?)実は、戦前にここは足山という名前の旅館があったんですが、何かご存知でしょうか?」

「いや、知りませんね、そんな旅館。私がこの土地を買ったのは二十二年前でその時は空き地でした」

「そうですか、あと、節子さんという名前の方はご存知ありませんか?」

「いや、全く知りません。何を調べてるんですか? あなた達」

 唐突な質問に。社長は少し不機嫌になっている。


「は、はい、ありがとうございました。失礼します」

 耕太郎と海斗は、二人で同時に頭を下げて後ずさりしながら工場を離れた。


「海斗君、厄介な仕事だな~、調べている内容を喋れないんだから」

「確かに……」

 その後、二人はその工場の周りの家々を訪ねて回ったが、戦前から住んでいる人も見つからず、手掛かりは全く出てこなかった。


「海斗君、もう疲れたよ、この辺で終わりにしない?」

「そうですね、もう十五軒以上訪ねて回りましたかね」

「じゃあ、そろそろホテルへ行こうよ、恵子に電話してみる」

 耕太郎はスマホを持って恵子に電話する。

「もしもし恵子、今どこ?」

「え、もう仕事終わったの、私はまだお買い物が終わってないのよ」

「今どこにいるんだよ」

「花見町のつげ櫛屋さん」

「え、つげ櫛屋!」

「あ!」

 耕太郎と海斗は目を合わせ、二人同時に戦慄が走る。

「恵子、ここからどのくらい車で走った?」

「そうねえ、五分くらいかな」

「分かった、今すぐに行くから、そこで待ってろ」

 耕太郎はスマホをしまうと、海斗と共に恵子のいる街へ走り出した。


 耕太郎と海斗は、街で歩く人々に尋ねながら、やっと恵子のいるつげ櫛屋を見つけることができた。


 そのつげ櫛屋は、黒い瓦屋根に白い壁の二階建てで一階の上にも瓦屋根が少し張り出している。そのすぐ上には、格子の障子戸と木でできた手すりが付いた部屋が見える。

 一階の右側の窓は、細い板が縦に何本も並び【つげくし 丸山つげ櫛屋】の文字が縦書きで書かれた看板が貼ってある。

 店の左側には大きなえんじ色ののれんが、一階の屋根から地面に置かれた石までロープで張られ、のれんの真ん中に白字で〇と、その中に山の文字が大きく描かれている。のれんの奥には様々な種類のつげ櫛が、段差の低い三段ほどの台の上に飾られていた。


 耕太郎と海斗は一緒に店の中へ入ると、恵子がつげ櫛を持って楽しそうに店員と話をしていた。耕太郎たちを見つけると、

「あなた、見て見てこのつげ櫛、すごいのよ。こんなに櫛の歯が隙間なく並んでるのに、髪をすいても全然ひっかからないし、髪の毛がつやつやになるのよ。もう、どれを買おうか迷ってるの」恵子はいつになくはしゃいでいる

「ただ、お値段がちょっと張るのよね~、手作りだから」

 恵子が手に持っているつげ櫛は、十五㎝くらいの長さで櫛の歯は一㎝の間隔に十四本もある超極細歯で、薩摩つげ材で作られている。恵子が持っているつげ櫛を耕太郎は一目見ただけで、この櫛の歯をどんなのこぎりを使って、どうやって等間隔で曲がらずに挽いているのかすごく興味を持った。


「高そうだな、それ。いくらするの?」

「十六万円」

「買えるわけねえだろ、そんな高い物」

「……」


「そんなことより耕太郎さん、美咲さんのおばあちゃんから借りた、このつげ櫛のことを聞きましょうよ」

 海斗はカバンからつげ櫛を取り出した。そのつげ櫛を店員に見せながら、

「あの~、すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが、このつげ櫛の事、ご存知ありませんか?」そう言って店員に渡す。それを見た店員は、

「はい、これはうちで作っているものですよ。ここにうちの葉っぱとつるの焼き印がありますから。詳しくご説明しますので女将さんを呼んできます」と言って、店の奥へ入って行った。

 耕太郎と海斗は余りの偶然に目を見開いて驚いた。美咲の祖母、菊子が持っていたつげ櫛は、ここの店で作られた物だったのだ。

 しばらくして店の奥から、和服を着た七十才近い女将がやって来た。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」

「こんにちは、このつげ櫛を見てもらいたいのですが、ここで作られたと店員さんがおっしゃっていましたが」

 海斗は女将につげ櫛を渡した。女将は首にぶら下げた老眼鏡を、目の近くに持ちながらつげ櫛の表と裏を調べると、女将は眉を上げ驚いた表情になる。

「これは間違いなくうちのお櫛で、ここに彫ってある節子は私の母の名前です。これは母が昔作ったものだと思います」

 女将はその櫛を、大事そうに両手で挟み込んでいた。

 耕太郎と海斗は飛び上がって喜んだ。何しろ、散々探し回っていた手掛かりがここで二つも同時に見つかったからだ。


「よくこんな物をお持ちですね、どこで手に入れられたのですか?」

「はい、甲府の山奥に住むおばあちゃんから借りてきたんです。大変失礼ですが、節子さんは、ご存命でいらっしゃいますか」

 海斗は女将に尋ねる。

「はい、しかし今は介護施設で療養中ですので、ここにはいません」

「お母さまはご存命なんですね、ぜひお会いしたいです」

「今日はもう施設の面会時間が過ぎておりますので、明日以降でしたらご案内できますが、どのようなことを母から聞きたいのですか?」

「ご説明するとかなり時間がかかります。どこかでゆっくりお話しできませんか?」

「かしこまりました、ここのお座敷でお話をお聞きします」

 女将はそう言うと、三人を店の奥へと案内した。


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