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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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第一三話 謎の人物

 耕太郎が海斗をお屋敷まで送り、冬菇屋に戻ったのは夜の十一時を回っていた。


「ただいま~、今帰ったよ」

 耕太郎は店の勝手口から家の中に入ると、廊下の明かりが消えていて真っ暗だった。

「あれ、なんで電気つけないんだ、あいつ」

 耕太郎は廊下の電気をつけ、居間へ入るとそこも真っ暗だった。


「いや~、何か嫌な予感がするな。恵子の奴、俺が帰るのが遅かったから怒って実家に帰ったのかな?」

 耕太郎は階段の電気をつけて二階の寝室へ向かいドアを開けると、その部屋もまた真っ暗だった。

「お~い恵子、どこにいるんだ?」

 すると押し入れの中から、かすかないびきが聞こえてきた。


 耕太郎は寝室の電気をつけて、押し入れの戸を開ける。そこには恵子がそば枕を抱いてふとんに寄りかかって眠っていた。

「zzz」

「おい、こんなところで寝るなんてどうしたんだ?」

 耕太郎が恵子の足を引っ張りながら恵子を起こす。

「あらあら、寝てしまったわ、あなたが帰るの随分遅いから」

「何で押し入れに入ってるんだよ」

「あなた、私、怖くて怖くて大変だったの。店の外に誰かいなかった?」

「誰もいないよ」

 耕太郎は、恵子を押し入れから優しく引っ張り出し、座布団に座らせ、詳しい話を聞くことにした。


「あのね、今日の夜八時ごろ、店の扉を叩く人がいたの」

「今日は日曜日で五時に閉めたから、下の電気を消して二階に上がっていたのよ。だから、誰か来てもずっと無視してたの。そうしたら扉を叩く音がだんだん大きくなって」

「警察に電話しようか迷ったんだけど、そのうち扉を叩く音がしなくなったの。しばらくしてから店の様子を見にスマホの懐中電灯点けて、そ~と店の扉に近づいていったのよ」


「その時ちょうど車が通り過ぎて、ヘッドライトの明かりが店の入り口に当たったら、サングラスを掛けた男の人が立っているのが見えたの」

「もう、すっごく怖くなって息を殺して階段をよじ登って、この押し入れの中に入って震えてたわ」

「誰だ、そのサングラスを掛けた男って」

「分からないわ、一瞬しか見てないんだから」

「何で警察に電話しなかったんだよ」

「二階に上がる途中、スマホを落としたらしくて、押し入れに入った時にはもう無かったのよ」


 耕太郎は恵子の話を聞いたあと一階に降りて店の電気を点け、扉のところまでやって来た。

「扉のガラスは割れてないな、お、扉の下からメモの様な紙が刺し込まれているぞ」

 耕太郎がその紙を拾い上げてみると、文字が書いてあった。

「何だこれ、『弾薬盒を貰いに明日また来ます』って書いてある」

 恵子も一階に降りて来て、耕太郎のいる店の扉近くへやって来た。

「あなた、何かあったの」

「うん、書置きがあった、明日また来るって書いてある」

「怖いわ~あなた」

 恵子は耕太郎に抱きつく。恵子から抱きつかれることは年に何回も無いことだったが、今日一日お屋敷へ行ったり甲府へ行ったりしていた耕太郎は運転で疲れていたようだ。


「今日はもう遅いから明日にしよう、俺、疲れたから寝るよ」

「え、もう寝るの? やだ~、さっきまで寝てたから目が覚めちゃってるのよお」

 恵子は何かをねだるように目をぱちぱちさせていた。


 次の朝、耕太郎が目を覚ましたのは、八時四五分を過ぎていた。耕太郎は枕元の目覚まし時計を見た途端、

「やばい、店の開店時間に間に合わない、おい恵子起きろ!」


「……! 何言ってんのよ、今日は月曜日で店は休みでしょ、このボケナス」

 昨晩なかなか寝付けなかったらしく、今日の恵子は朝から機嫌が悪かった。耕太郎に背中を向けて、再び寝込んでしまった。耕太郎は気だるそうにして布団から出ると、パジャマのまま一階に降りて行った。


 トイレのあと、洗面所で顔を洗っていると店の電話が鳴った。耕太郎は急いで店のレジの隣に置いてあるコードレス電話機を取る。


「もしもし、冬菇屋です」

「あの~冬菇屋さん、今日開いてますか?」

「申し訳ありません、本日は定休日です」

「どうしても欲しい物があるんですが、お店開けてもらえませんかね?」

「どのような物をお探しですか?」

「まあ~色々と」

「今日じゃないとダメなんですか?」

「そうです、急いでいるんです」

「はあ、明日にしてもらえませんか、今日は用事があって今からすぐ店を出て行きますので、お願いします」


「え、パジャマで出かけるのあんた?」


 その電話の主は、すでに店の扉の前に立って耕太郎を見ながら電話をしていたのだ。それは、濃い色の背広を着て、サングラスを掛けた小太りの男だった。


 耕太郎はびっくりしてきょろきょろ周りを見回し、扉の所に立っている男を見つける。その風貌から昨日の夜、店の前に来た男だと悟ったようである。たじろぎながら店の扉の前まで行き、扉を挟んで二人とも電話を持ちながら話を続けた。


「今日は定休日なんです」

「少しの時間だけ開けてくださいよ」

「嫌です!」

「一分だけでいいから」

「ダメです!」

「千円出すから」


 男はスマホを右手から左手に持ち替えて、右手でズボンのポケットから折りたたんだ財布を取り出し、その財布を開きながらの扉のガラスに貼り付けるようにして耕太郎に見せた。その財布にはお札がぎっしり詰まっている。

 それを見た耕太郎は、

「あ、はい今開けます」と言って、扉の鍵を回して開けてしまったのである。


 サングラスを掛けた男は電話を切ると、店の中に素早く入ってきて、財布の中から千円札を取り出し耕太郎に渡す。サングラスは掛けたままだ。

「はい、これ取っといて、あれ見せてくれる」

「あれって何ですか?」

 耕太郎は、この男が弾薬盒を買いに来たことが分かっていたようだが、とぼけた。


 弾薬盒はガラスケースにしまってあるままだ。

(どうしよう、この男に見られるとまずいな、あの弾薬盒はいくらお金を積まれても売るわけにはいかないぞ。どうしてこの男を店の中に入れてしまったんだ俺は)

 耕太郎は自分の軽率な行動を悔やんでいるようだ。


 耕太郎は男に押されながら、ガラスケースを見られない位置取りで後ずさりするが、男はぐいぐい寄ってくる。


 耕太郎がガラスケースにお尻を付けて立ち止まると、男は、

「弾薬盒ですよ、昨日落札できなかった。まだここにあるんでしょう」

「あなたは、あのオークションの次点の人ですか、あれは……もう出荷しちゃいました」

「昨日は日曜日なのに?」

「え~と、あの、た、宅配ロッカーで」

「おい、あの弾薬盒の中に何が入っていたんだ」

「真空管が二本」

「他に何かあっただろう」

「それしか入って無いです」

「それじゃあ、落札者の住所と名前を教えろ! 直接買い取る交渉をするから」

「駄目です、個人情報の保護義務がありますから、言えません」


 すると、男はいきなり上着の右ポケットから折りたたみ式ナイフを取り出した。


 そのナイフはスイス製の黒い柄で、花屋さんが使うフローリストナイフだった。男は柄からナイフの先が内側に反り返っている刃をひねり出して右手に持ち、サングラス越しに耕太郎の顔を睨みつける。

「や、やめてください、け、警察を呼びますよ」

 耕太郎は左手にしわくちゃになった千円札を握りしめたまま、右手に持っていた電話機のボタンを押そうとする。


 それを見た男は、慌てて左手で上着の左ポケットから、――甘栗を取り出した。

「このナイフは好物の甘栗をむいて食べたかっただけですよ、やだな~あんた誤解しちゃって」

 そう言うと、男は左手に持った甘栗の皮をナイフでむき始める。唖然とする耕太郎を尻目に甘栗の皮を店にちらかし、中の栗を頬張りながら店を出て行ったのであった。


 店の様子がおかしいと一階に降りて、陰に身を潜めていた恵子が耕太郎のところへやって来る。

「あなた、大丈夫だった、怪我してない?」

「いや~怖かった、殺されるかと思ったよ。でもやばいな、この弾薬盒」

「弾薬盒って何よ?」


 耕太郎は美咲から買った革製の箱が弾薬盒と言う戦時中の品で、それをネットオークションに出品したこと。さらに隣街のお屋敷に行っている最中、落札時間ぎりぎりのタイミングで美咲が落札したことを伝えた。


 耕太郎がガラスケースから離れると、そのガラスの表面は、汗でびっしょり濡れていた。


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