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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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第一二話 再び甲府の山へ

 耕太郎と海斗は耕太郎の愛車、クラインクーペに乗り込む。少し走った所でホームセンターに寄り、スコップと業務用のラップ、ゴム手袋を買い込んだ。

 その後コンビニに寄る。お昼ごはんのパンと飲み物を買うと、すぐに甲府の山へ車を走らせた。


 二人は、車の中でパンを食べながら話を始める。

「海斗君、どこかラーメン屋にでも行って食べたほうが良くないか?」

「片桐さん、今回は緊急行動の対象になります。公務の最中は、迅速に行動しないといけません」

「耕太郎って呼んでよ」

 二人はモグモグしながら話をしている。


「海斗君は自衛隊でどんな仕事をしてるんだい」

「装備技術の研究です」

「具体的には?」

「あまり詳しいことは話せませんが、各国の武器や装備品などを色々調べいてます」 

「それは大変な仕事だ、どうやって調べるの」

「それは言えません極秘行動ですから」

「身に危険が及ぶことあるの?」

「はあ、場合によっては」

「俺、やばい仕事を手伝うことになるのか?」

「大丈夫だと思います、僕がいますから安心してください」

「あの、何とかソナーのマイクロフォンってそんなに重要なのかい」

「ええ、ソナーなどの日本の潜水艦関連技術は多分、世界一だと思います。でもあのイ号二型のマイクロフォンは、誰が作っていたのか記録が残ってなくて分からないんです。試作のマイクロフォンは残っているんですが、完成した物は見つかっていないそうです」


「ところで耕太郎さん、その今食べている焼きそばパン、キムチ入ってますか? 何か匂うんですけど……」


 高速道路を降りて、例の車の中は騒がしいと思われる山道を抜け、きれいに舗装されていない急な坂道を上り、菊子の家が見えた。

「海斗君、あそこの民家が美咲ちゃんのおばあちゃんの家だけど、寄ってく?」

「いいえ、先に現場へ行きましょう」

 耕太郎たちは、車で砂利道に入り空き地に到着した。


 耕太郎は海斗を木箱のある穴の所へ案内する。

「この木箱だよ」

「泥まみれじゃないですか」

「俺が見たときは、すでにこの木箱が壊れてたんだ」

「とにかく早く回収しましょう」

 そう言って海斗はゴム手袋をはめ、銅製の鍋、蓋の着いたガラス瓶、お皿、スプーン、天秤、分銅の入った木でできた箱、温度計をそれぞれ一つずつ丁寧に業務用のラップで包み始めた。


「この毛布と木箱も持っていきます」

 耕太郎に手伝ってもらいながらスコップで土を掘りおこし、木箱に着いた泥をはらいながら取り出す。そして、全ての品のラップ作業を終えた。

 大きい木箱以外は、海斗が持ってきた布のバッグにしまい込み、木箱は二人で車の後ろに詰め込んだ。


 ゴム手袋を外しながら海斗は、

「ここで、マイクロフォンを作っていたのは間違いなさそうですね、これらの品々は圧電素子の結晶を作るための道具です」

「美咲ちゃんのおばあちゃんが、ここに小屋があって、男の人が何か作っていたって言ってた。だけど、その小屋はアメリカの進駐軍に取り壊されたそうだ」

「だから、資料も無くなって、誰が作っていたのか分からなくなっていたんですね。でも木箱が残っていて良かった、これは分析班に回して調べてもらいます」


 海斗が、小屋が立っていたと思われる場所へ行く。

「やっぱり、ぶどうの木だ」

「美咲ちゃんのおばあちゃんもその人がぶどう酒を作って飲んでたって言ってた。花火も打ち上げてたって」

「花火? それは解らないなあ、ぶどう酒は解るけど」

「ぶどう酒は何に使うのさ」

「ぶどう酒の搾りかすに酒石酸が含まれていて、そこから酒石酸カリウムナトリウムの無色の結晶を作るんです。それを薄く切った物が強誘電体の圧電素子、即ちマイクロフォンのピックアップになるんです。酒石酸カリウムナトリウムのことをロッシェル塩とも言いますけど」

「う~ん、難しくてさっぱり解らんが、そのぶどう酒を飲みながらマイクロフォンを作った男の人のことは、少し知りたくなってきたな」


 山影に隠れそうになった太陽を背に、二人は、ぶどうの木の前に立つ。昔この場所で、その男がどんな思いでマイクロフォンを作っていたのかと、それぞれ思い巡らしていた。


 車に乗り込んでから耕太郎は海斗に聞く。

「せっかくだから、美咲ちゃんのおばあちゃんの家に行って、もう一度ここでマイクロフォンを作っていた男の人の話を聞いてみようよ」

「そうしましょう」


 耕太郎たちは美咲の祖母、菊子の家の前に車を止めて外へ出ると、玄関の戸を叩いた。

「ごめんください」

 少しすると、女の人が出てきて戸を開ける。

「どちら様でしょうか?」

「昨日、美咲さんと一緒におじゃました片桐です。おばあちゃんはご在宅ですか」

「はい、今、庭で草むしりをしていますけど」

「分かりました、庭の方へ行ってみます」

 そう言って耕太郎たちが庭に回ると、サンバイザーを被った菊子が背を向けてしゃがみ込み、草むしりをしていた。


「おばあちゃん、片桐です。今日も来てしまいました」

 菊子は草むしりをやめ、立ち上がってこっちを向く。


「やっぱり、おばあちゃんサングラス掛けてる」


「あらまあ、いらっしゃい片桐さん、また来たの」

 菊子はサングラスを目の下にずらしながら寄ってきた。

「この帽子と黒めがね気に入ってしまったの。立ち話もなんだから、縁側に腰掛けましょ」


 三人は並んで縁側に座る。

「この青年は海斗君と言って、自衛隊の人なんです」

「初めまして柴田海斗です。美咲さんが見つけてくれた大変貴重なものを回収しに来ました」

「それはそれは遠い所ご苦労様です」

「ところでおばあちゃん、あの空き地の山小屋に住んでいた男の人の話を詳しく聞きたいんだけど、この海斗君にも話してくれる?」

「ああええですよ、え~と」

 菊子は、昨日耕太郎たちに話した内容を海斗にも聞かせてあげた。


 おばあちゃんの話を聞いた海斗は、二人に説明を始める。

「ぶどう酒からとった酒石酸を元に結晶を作っていたんですね、結晶を作る過程で温度管理はすごく重要なんです。蓋の着いたガラス瓶に結晶溶液を入れて、またそのガラス瓶に水を張った銅製の鍋に入れて、毛布でくるんだり氷水を出し入れしたりして調節していたんでしょうね。日陰や日当たり場所をうろうろしていたのもそのためだと思います」


「そうそう、氷水で思い出したわ、まだ話してないことがあったよ」

「何ですかそれは」

「それは、春ごろだったねえ、お兄さんが小屋の前でうずくまっていたの」

「どうしたんですかって聞いたら、冷蔵庫の扉が開いていて中の氷が解けてしまったって言うの」

「わたしが家にあった氷を二つに切ってもらってお兄さんのところへ持って行ったら、たいそう喜んで、そのお礼につげ櫛を貰ったの」

「そのつげ櫛は、まだ残っていますか?」

 海斗は少しでも何かの手掛かりが欲しいようだった。

「確かまだあると思いますよ」

 菊子は部屋の中へ入り、そのつげ櫛を探しに行った。しばらくして、菊子が戻って来た。


「やっと見つかったわ」


 菊子の持って来たつげ櫛は、薄茶色で櫛の歯の数は少なく、手の平より少し小さい。手で持つ部分の真ん中に葉っぱとつるの焼き印と、その横に文字が彫刻されていた。海斗はそのつげ櫛を手に取る。


「ここに【節子】って彫ってありますが、おばあちゃんの名前ですか?」


「違います、私は菊子です。貰ったときから書いてあったんだよ」

「おばあちゃん、念のためこのつげ櫛貸してもらえますか?」

「ああええですよ」

 海斗はつげ櫛を胸のポケットに収めた。


(【節子】……マイクロフォンを作っていた男の人と、どんな関係があるのかな?)耕太郎は節子という名前を心に刻んだようだ。


 海斗は全く気づいていないが、菊子の話の中に出てくる山小屋の男が花火を打ち上げていたという証言は、迎撃用の爆弾に搭載されるマイクロフォンの性能に関わる重要な意味を持っていたのであった。


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