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幻のマイクロフォン(改稿)  作者: 古森史郎
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「冬菇屋の耕太郎」編 第一話 街の中古品店

 ……ぷっぷつ……ぷっぷつ……。 


 今から三年前の夏の夕刻、通り雨が過ぎた小さな街の街角にたたずむ。


 一軒の中古品店「冬菇屋」の蓄音機から、レコード針の雑音が入り混じったジャズの音が漏れてくる。


「あ~あ、今日のお客はあのおばあちゃんだけだったな~」

 片桐耕太郎は冬菇屋の主人である。


 店の左側半分は、古いパソコンやオーディオ機器が壁に作られた何段もの棚に積み重なっている。右側の窓のあるスペースには、家電や雑貨品、おもちゃなどが所狭ましと置かれていて足の踏み場もない。骨董品らしき物はジャズをかけている蓄音機だけであった。


 四十代半ばの耕太郎は四年前まで電機メーカーのエンジニアをしていたが、今は妻の恵子と二人で中古品店を営んでいる。もともと機械いじりが好きで、ドラフターに向かい図面を描く設計者の姿にあこがれていた。大学を卒業して小さな会社の開発部の設計エンジニアになったが、ある装置の開発で重大な設計不良を起こし営業部に配置転換させられてしまった。新しい職場に嫌気がさした耕太郎は会社を依願退社し、僅かな退職金を元に今の商売を始めたのである。


「あなた、そろそろ店を閉める時間よ、今日の売上はたったの五千円だけよ、まったくも~」恵子はこの店を始めてから、毎日の収入が安定しないことが不満だった。


 今日のお客は八十才近いおばあちゃんが、古いノートパソコンを持って耕太郎のところへやって来た。おばあちゃんは死んだおじいちゃんが持っていたパソコンの中を見たいのだが、パスワードが分からないので何とかしてほしい。と相談してきたのである。耕太郎はすぐさまUSBメモリに入れたOS (オペレーティングシステム) の起動ディスクを差し込んで、おばあちゃんが持ってきたパソコンを立ち上げ、専用のアプリでパスワードをリセットしてあげたのだった。


(しかし、今の世の中は便利になったな~、あのおばあちゃんだってパソコン使えるんだから)


 耕太郎が電器メーカーに入社した当時は、まだノートパソコンなどは百万円以上もする非常に高価な物だった。耕太郎が使っていたのは、ごつい箱型のデスクトップにでっかいブラウン管のディスプレイを載せて、フロッピーディスクを差し込んでOSを起動させ、キーボードは英字だけでマウスも無い。さらに耕太郎の前の世代はディスクやOSさえも無く、電子オタクしか扱えない代物だったのだ。しかし、この数十年の間にパソコンというツールは、現代人にとって切っても切り離せない物となっている。


「いや~、あのおばあちゃん、作業代五百円でいいよって言ったのに五千円置てったよ、だけど、死んだ後で自分のパソコン覗かれるって嫌だな~」

「あなた、変なものをパソコンの中に入れてるんでしょ!」

「う! ……いや終活でさ、遺品のパソコンを開いたら、残した家族へのメッセージが出てくるといいな~と思って。おじいちゃんおばあちゃん向けの、終活パソコン教室でもやったら儲かるかな?」


 耕太郎は自分に都合が悪くなると、すぐに話をそらす癖があるようだ。


「そんなジジィ臭い仕事は嫌よ、それよりも冬菇屋なんてしょぼい名前の店を早くやめて喫茶店に替えてよね。あなた、そろそろ店を閉めて夜のお仕事の準備始めたら、私ごはん作るから」恵子はこの店を喫茶店に変えたがっているようだ。耕太郎には夜の仕事? があるらしい。


 いつものボヤキを聞かされた耕太郎は、恵子に促されて蓄音機を止め、店を閉めるために外に出してある看板をかたづけようと店を出た。


 そこへ、自転車に乗る制服を着た女子高生が店の前に止まった。


「まだ開いてますか」

「え、漫画も無いし、お茶も出ないよ」


 普段、街の中高生たちが学校の帰りに何も買わないのに店の商品を触りまくり、おしゃべりをはじめると一時間以上も居座り、「おやじ! お茶くらい出せ」とか言われることを常々快く思っていない耕太郎は、制服を着た人=お客では無いと思っているようだ。

 以前は古い本なども扱っていたが、漫画を立ち読みされるので置かなくなっていた。また、恵子はこの店を早く喫茶店に変えたいらしく、いつもお客が来る度にお茶やコーヒーを出していたのである。


「あの~、これ買ってもらえませんか?」

 女子高生は自転車を降り、自転車の前のかごから紙袋を取り出した。


「ああ、これは失礼しました、まだ営業中ですからどうぞ中にお入りください」

 お客さんだと分かると、急に態度を変える耕太郎は、すぐに女子高生を店の中へ案内するのであった。


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