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 -3 『貴族学校の暗黙の了解』

 王都での生活が始まり、私のもう一つの生活も始まった。


 学校だ。


 フェロの通う、王立中央貴族学園。高等部に位置するその第二学年として編入することとなった私は、職員室で教師に簡単な説明を受けた後、フェロによって教室へと案内されていた。


「担任の先生、先に教室に行ってるんだって」

「わかったわ」


 学園の敷地は簡単には見渡せないほど広く、年季の入った焼き煉瓦の校舎のほかにも、厩舎や道場といった様々な施設が建ち並んでいた。中庭の隅に見えるのは温室だろうか。上部がガラス張りになって日光をよく受け止めている小屋がある。


 なんだか少しワクワクする。


 プルネイにいたときはずっと家庭教師に教えられていたし、そもそも村にも立派な学校なんてなかったくらいだ。制服に身を通すのも初めてで、裾のフリルや胸元にリボンの宛がわれたブレザー調の少し独特な意匠は、私には少し可愛すぎるくらいだと思った。


 フェロが着ればこの上なく可愛かっただろうが、残念ながら非常に味気のないズボンの男子制服だ。本当に残念。


「……どうしたの? なにか気になる場所でもあった?」

「いいえ、なんでも」


 それにしても、フェロも随分と心を開いてくれたように思う。初対面の時はたどたどしい喋りで目もあわせられなかったが、一緒に住み始めて二日目となれば顔を合わす機会も多くなり、今ではそれなりに会話をしてくれるようになった。


 これは着実に仲を深めていけていること間違いない。

 これならば気さくに、やれ「このお洋服を着て」と女物の服を着せることも可能だろう。ああ、見てみたい。きっと絶対に可愛くなる。私がいま着ている制服もこっそりと着せてみたいくらいなのに!


 似合う。やばい、絶対に可愛い。

 今すぐこの服を脱いで被せてやりたいくらいに!


 ――こほん。まあ取り乱すのはここまでとして。


 内心に垂れたよだれを拭って、私は構内を見て回っていった。


「ここが教室だよ」


 やがて一つの教室の前にたどり着いた。担任の先生となる若い女性教師が部屋の前で迎えてくれていた。


 この学校の特色として、一つの学年にクラスが一つしかないという点がある。


 ならば何故これほど大きな校舎を持っているのかと言えば、隣接された庶民が通う大規模学校と一部の施設を共有しているからだ。彼らはまた制服が違うため一目でわかる。そのため構内では上質な制服をまとった貴族生徒と、目立たない色の平素な制服を着た一般市民が混ざり合うところをたまに見かける。


 そんな市民とはやや違う扱いをされた貴族学園の教室はやはり格別に広々としていた。劇場のように半円形に連なる座席は革で出来ていて高級感があり、天井の照明すらも簡易ながら小さなシャンデリアみたいだ。


 道すがらに見た庶民学校はただ普通の木造りな個室であって、その差異からもこの学園の優遇性がよくわかる。


「すごいわね」


 私が感嘆の息を漏らしながら中に入ると、そこにいた級友になると思われる生徒達がこぞって視線をこちらに向けた。


 やはり見知らぬ顔の私を見て奇異に思っているのだろうか。そんな彼らに、担任の先生から紹介してくれる。


「今日から皆さんと級友となるユフィーリア・アンベリーさんです。仲良くしてくださいね」


 そんな簡単な紹介よりも、生徒達は私の後ろにいるフェロを見て何かを納得した風に口許を緩めていた。そしてどこからか、くすくす、と笑う声が漏れ聞こえてくる。


「あんまり気持ちの良い歓待ではないわね」


 聞こえないよう小声でそう呟きながら、私は教室の中の方へと足を進めた。


 どうも笑顔で楽しく迎えてくれるわけではないようだ。いったいなんだろう、この不思議な違和感は。彼らは私のことなんて何も知らないはずなのに。


「席は基本的に自由となっています。空いている好きな席に座ってくださいね」


 先生の言葉に従って、私はざっと座席を眺めた。

 生徒の数はおおよそ四十人と聞いている。まだ授業も始まっておらず、そのうちの三割ほどはまだいない。おかげで空席は目立っている。


 どこに座るというこだわりもない。適当に決めよう。


 ちょうど教卓に最も近い一番前の席が空いていて、私はそこに腰掛けることにした。歩み寄って鞄を置こうとする。しかし瞬間、近くにいた生徒に怪訝な顔で睨まれた。


 いや、彼だけではない。他にも何人かの生徒が、まるで刺すような視線を私に送っている。またイヤな感じがする。


 そんな私を見てくる生徒の中から、緑髪のやや長めの髪をさげた男子生徒が言った。


「おいおい新入り。この学園の決まりごとをそこの弱虫ちゃんから聞いてないのかよ」

「決まりごと?」


 弱虫、というのはフェロのことだろうか。


 男子生徒の偉そうな調子にも構わず、私はただ静かにフェロを見やった。彼は目が合うと気まずそうに口を噤んだまま顔を落としてしまった。


「そこの席は決まってるんだ。ライゼの席だってな」

「ライゼ?」

「席順は家の位順。そう決まってんのさ」

「先生は特に決まっていないから空いている好きな席にって言っていたけれど」


 ぷっ、と男子生徒が噴出して笑う。


「田舎の下級貴族なんかがよく堂々と真ん中に居座ろうとできるもんだな」

「しゃーねーよ。田舎じゃ作法も何も教わらねえんだ」


 他の生徒まで隠そうともしない陰口を囁き始め、いよいよ私は理解した。


「ふうん、そういうこと」


 だいたい察した。

 さっき受けた違和感の正体。


 王都の貴族は名門と呼ばれる家が多い。この国ができた古くから続く由緒正しい家系が、王都という揺り籠に守られながら代々続いてきたからだ。


 それに比べて地方貴族は、災害や賊の襲来などによって町そのものが壊滅することも珍しくはない。それによって領地を治める者が変わることも度々あったらしい。ここ百年ほどは治安も安定しているものの、それでも王都貴族よりは若く、立場としても非常に低いものだった。


 私が王都に嫁がされたのもそれが大きい。

 やはり王都に住まう貴族の持つ権力は目に見えるほどのものなのだ。


 ――くだらない。


 私は心底呆れた気持ちだった。

 家柄だけでこれほど意味のわからない扱いを受けるとは。


 しかし今にしてみれば、庶民学校との待遇の差を先ほど目の当たりにしただけでも、この学園がどれほど地位の優劣を重んじているのかがよくわかった。


 反吐が出る。


 構わず座ってやろうか。なんて思っていた所、ふと、教室にざわめきが走る。生徒達の視線が一身に教室の入り口へ集まったことに気付き、私もつられるように視線を移した。


「何の騒ぎかな?」


 落ち着き払った声が凛と響いた。


 そこにいたのは、綺麗な金髪に、切れ長で吸い込まれそうなほど澄んだ碧眼を持った美少年だった。一見痩せ身だが肩幅はそれなりに広く、しっかりと筋肉があるとわかる。それでいて筋肉質な感じはまったく窺えず、すらりと綺麗な輪郭を持った体型だ。男子用の制服も、彼が着ると一流の礼服のように際立っている。


 まさしく絵に描いたイケメンといった感じだった。口許をそっと持ち上げ、白い歯を見せて微笑む。


 その青年は涼しい顔を浮かべながら私の前を通り過ぎ、私が座ろうとしていた空席に何の迷いもなく腰掛けたのだった。


 誰もそれに関しては口を挟まない。

 つまり、この男がライゼ。

 この特等席に座る、おそらくクラスで一番の地位を持った生徒。


 ふと彼は私に気付き、見上げてきた。


「あれ。もしかしてキミが編入してくるって先生が話していた子かな?」


 清涼感のある澄んだ声で尋ねてくる。

 他の生徒のような悪意はそこに感じられない。


「ええ、そうよ。ユフィーリア・アンベリー」

「ライゼナクス・グランアインだ。よろしく」

「よろしく。貴方は比較的話が通じそうね」

「はなし?」


 ライゼは素直に小首を傾げた。

 この学級に漂っていた雰囲気に気付いていないとでもいうのか。


「ああ。来たばかりで席に迷っているのかな。よかったらここにどう? 何人かは隣に座れるくらいは空きがある。なんならフェロも一緒に」


 そう一切の曇りもなくライゼが言ったが、求めていた反応とはまったく違い、私はどうにも腑に落ちなかった。


「ありがとう。でも結構よ。一番前だと落ち着きそうもないから」

「先生もみんな気さくだし、わからないところがあれば僕も少しは教えられる。気を張ることはないさ」


「――そうね。でも大丈夫。私は大人しく後ろに下がらせてもらうわ」


 何も知らない私がただ座ろうとしただけでやっかみを受けたのだ。いま誘いに乗れば面倒なことになるのは明白。


「いくわよ、フェロ」

「え、うん」


 わたわたしているフェロの手を引っ張って、私はさっさと教室の後ろの空席へと歩いていった。


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