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 -2 『可愛い友達と買い歩き』

「ダチョウの卵が三つと売れ残った人参。それと蜂蜜に小麦粉を少し混ぜて、三日間寝かせてから濾して成分だけを取り出すと、なんと五十秒若返ることができる秘薬になるんだって!」


 休日に王都の市場にまで足を運んで散策していると、偶然出会ったスコッティがそんなことを言ってきたのがつい一時間前。


 メモを片手になんとも訳のわからない呪文のようなものをすっかり信じた様子で熱く語る彼女に、私は突っ込む気が起きなかった。


「凄いと思わない? これが成功したら若返っちゃうんだよ!」


 随分と楽しそうに興奮している彼女を止める者は誰もいない。


 おそらくルックの入れ知恵だろう。またでたらめを吹き込んだに違いない。


「よかったらユフィっちも一緒に買い物しようよー。若返っちゃおう!」


 休日というのに全く休む気配のない彼女のテンションに気圧され、私はそのへんてこな買い物に付き合うことになっていた。


 突然のことだったから断ることもできず、彼女の妄言も否定できず、仕方なく市場の隅から隅を一緒に歩き回っている次第だ。


 まあ今日はフェロも家の用事で外出できず、独りで暇を持て余していたところだ。王都観光をかねて出歩いていたが、ちょうど良いかもしれない。


 なにより今日のスコッティの格好はいつもの制服姿ではなく、肩が出るまで捲ったシャツに太股が露わになったホットパンツ。そしてニーソックスによってその僅かに垣間見える太股が強調されていて、非常に目を引きつけられる可愛らしい格好だった。


 これを見れただけでも眼福といったところだろう。付き合うくらいは喜んでやってやる。


 そんな風に、私は彼女の求める素材を探して一緒に町中を歩き回っていったのだった。


 唯一の誤算は、彼女が底なしの元気っ子だということを忘れていたことだ。


 スコッティはメモに書かれた材料を求めて、王都の端から端、路地裏の隅に隠れた店から大通りの一件ごとまで、余すことなく歩き回っていったのだった。


 おかげで私の足はもうふらふらで、降りかかる太陽の暑さもあって、すっかり疲労困憊だった。もし今なにかに足をつつかれたら、そのまま地面に倒れてしまう自信がある。


「おじさーん。ダチョウの卵とかないかなー?」


 道すがらに座り込んだ露天商にまでスコッティは声をかけていく。ターバンを巻いたその男性店主は首をかしげた。


「ダチョウの卵? そんなもん滅多に見かけないねえ」

「そっかー」


 ふと、私たちを交互に見やった露天商が目を見開く。


「お嬢さんたち、もしかして貴族の方かい?」

「え、そうだけど……どうしてわかったの?」

「身なりの良さを見れば一目瞭然だよ」


 主に私を見ながら彼は言う。

 スコッティはそれほどでもないが、私は薄着ながらもしっかりと着飾った洋服を見に纏っていたから、それですぐにわかったのだろう。


 しめしめ、と顔をにやつかせた露天商に私は一抹の気味悪さを感じた。だが彼は私たちに何をするわけでもなく、自分の背後に隠すように置いていた木箱を取り出した。


「お嬢さん方、これに興味はないかい?」


 口許を緩めながら露天商が木箱を開く。

 その中には赤い上質そうな布に包まれた数本の葉巻が置かれていた。


「葉巻? 私たちは未成年よ?」


 小首を傾げた私に、スコッティが小声で耳打ちをしてくる。


「そういえば聞いたことがあるよ。貴族の若者に売りつけてる売人がいるって」


 それを聞いて、私もふと、いつか小耳に挟んだことを思い出した。


 葉巻は嗜好品としても高級だ。安価の劣悪なものもあるが、基本的には値段が高い。だからそれらを買えるのは富裕層の貴族ばかりである。その中毒性によって需要は拡大しているが、その広まりが問題視もされているという。


 最近では若者にまで普及し、未成年の使用は禁止されているものの、隠れて使用する者がいるのだという話だ。そんな人たちが身を潜めて葉巻を入手できる。それがこのような露天商のルートなのだろう。


「こいつはほとんど臭いも気にならない特別な代物でね。煙もほとんど出ないんだよ。だから若い子達に特に人気でね」


 羽振りの良い貴族を狙ったぼろい商売だ。


「残念ながら求めてるのはそれじゃないの。そういえば、さっき近くで衛兵が歩いてたわよ。ねえ、スコッティ」

「へ? そうだったかな?」

「そうよ」


 私が自信気にそう言うと、露天商は露骨に顔をしかめて咄嗟に木箱を隠した。やはりこの露天商も誰彼構わず売りつけているようだ。


「それじゃあ私たちは行くわね」と、私はスコッティをつれてさっさとそこから去ることにした。


 王都もいろいろだ。

 プルネイにいた時は、商売人なんてみんな顔見知りで、だからこそ不穏な商売はできないものだ。それにくらべてここはどうにも不透明さがはびこっている。


 なんてことを、浮ついた気持ちで考えながら私はただただ足を動かした。


「あ、ダチョウの卵だ!」


 死にそうな浮浪者のようによろよろ歩いていると、スコッティが大通りにあった出店に駆け寄った。


 やっと見つけてくれたようだ。ああ、よかった。死ぬところだった。


「おじさん、これちょーだい!」

「ん? 一つ、五銀貨だよ」

「えー、高いよ。普通の卵なら銅貨十枚くらいじゃんかー」

「新鮮なダチョウの卵は貴重なんだ。そこらの鶏とは違うさ」


 ターバンを巻いた行商人風の店主の言葉はもっともだろう。ただでさえ腐りやすく、干したりして加工もできないものだ。


 スコッティもわかってるのかいないのか、それでも「もっと安くならないー?」と食い下がろうとしていた。


 彼女の笑顔はとても愛嬌がある。おそろしく無邪気だ。そんな彼女の笑顔を曇らせることに罪悪感を覚えてしまいそうなくらい。


 そういうところは天性のものなのだろう。


 やがて店主も観念したように首をひねり、


「えーい、じゃあひとつ銀貨三枚。三つで九枚だ。もってけ泥棒!」

「あ、あたしは泥棒じゃないよー! ひえーっ!」

「そういう意味じゃないわよ」


 両手をあげて悲鳴を漏らしたスコッティに私はたまらず突っ込んでしまっていた。傍観しているつもりだったのに。


「よし、これで小麦粉と蜂蜜はもうあるから三つそろった! あとは売れ残った人参だねー」


 もはや何故そんな指定があるのかなど突っ込む気になれない。ルックはさぞ面白がっていることだろう。


「あ、八百屋さんだ。すみませんー。この人参、売れ残りですかー?」

「いいや。今日入荷したばかりの新鮮なものさ。産地直送。とっても甘いよ」

「あらー。売れ残らないんですかー?」

「なんだい。うちの店の商品が売れ残るような残念なものだって言いたいのかい」

「ひえーっ! ごめんなさい違うんですよお!」


 確かに見ていて面白いな、と私も思った。


 五十秒だけ若返る薬なんて見え透いた嘘なのに、それでもスコッティは信じてがんばっている。その実直さが彼女の良いところなのだろう。


「貴族だ立場だって言ってる堅い連中を見てるよりずっと楽しいでしょ」

「ええ、そうね――んっ?!」


 いつの間にか私の背後にルックが立っていて、にまにまとした顔で、八百屋で話をしているスコッティを眺めていた。


「貴方ね……なにやってるのよ」

「人間観察」

「個人だけを観察するのはストーカーよ」

「ひどいなー。俺はそんなつもりなんてないのに。ねえ、アレキサンダー」


 ルックが自分の頭に乗せた鳩の頭を撫でて言う。


「アレキサンダーは俺の叔父なんだー」

「前と変わってるじゃない」

「あれ、そうだっけ?」


 とぼけた風にルックは言うと、再びスコッティに視線を戻した。


「それで、なにをやってるの? ストーカーさん」

「だからストーカーじゃないってばー。あははー」

「ストーカーはみんなそう言うのよ」


 とても心当たりがある。主に身内に。

 と、ふと草葉の陰から視線を感じた気がしてぶるると寒気がおそった。


 ――いや、まさか。


「…………ねえ、アルフォンス」

「なんでございましょうかお嬢様ああああ!」


 いきなり近くの茂みから執事服の優男――アルフォンスが飛び出してきて、私は言葉を返す代わりに右手を握りしめて思い切り殴りとばしていた。


「なっ! い、いったい何を、お嬢様」

「ストーキングしてるんじゃないわよ!」

「べ、べつに。私はお嬢様をストーキングなどしておりません! ええ、断じて! 絶対に!」


「じゃあどうしてそこにいたのよ」

「わたくしの散歩コースでございます」

「その茂みが?」

「休暇というものは自然にとけあうことで更に充実するものでありましす」


「自然ととけあうって絶対その意味じゃないでしょ」

「捉え方は千差万別。いろんな考えの人がいて良いものです」

「いや、とにかくストーカーはストーカーだから」


 もはやわかりきっているのにしらを切ろうとしている根性はむしろ褒めたいくらいだ。


「ちょっと待ってほしい、ユフィくん」

「なによルック」


 急にルックが真面目な顔をしはじめる。


「彼はストーカーじゃない。俺が言っているんだ。間違いない」

「あんたじゃ説得力ないわよ!」

「あれぇ? おっかしいなー。あははー」


 結局道化のように細目を更に引き延ばしてけらけらとルックは笑っていた。


「およよ、ルックだ」

「おっと。戻ってきてしまったか」


 アルフォンスに気を取られている間にスコッティが戻ってきていた。手には人参のは入った袋が提げられている。


「ちょうどいいや。あったよルック! 売れ残りの人参! 昨日処分するのを忘れてたのが箱の隅に残ってたんだって!」

「……あったのね」


 よく見つけたものだ、そんなアバウトなもの。


「他のものもバッチリだよー!」とスコッティが買い集めた袋を見せると、ルックはとても満足そうに――いや、笑い転げたいのを我慢するかのように微笑んで頷いた。


「よし、これでいい薬ができるだろう。よくやった、スコッティ」

「やったー!」

「さっそく作った物は、功労者であるお前に試食させてやる」

「ええ、ほんとー?! 若返っちゃうかな? お肌ぴちぴちになっちゃうかな?!」


 いや、せいぜい五十秒前なんて何も変わらないでしょう。それにスコッティは今でも十分にぴちぴちの柔肌だ。


 ――あの太股を、絶妙な肉付きを感じながらずっと撫でていたいくらいには。


 おっと。じゅるり。

 心の涎を拭って私は正気を取り戻す。


「なにはともあれ見つかってよかったわね、スコッティ」

「うん! ユフィっちもありがとー!」

「私は何もしてないけれどね」


 ただ同行して足をがくがくにしただけだ。もうすっかり疲労困憊で、本音は今にでも帰って風呂を浴びたいくらいだ。


 そのまま私は二人と別れて帰ることにした。


 なにか通じ合ったのか、別れ際にルックとアルフォンスががっちりと握手していたのを、私は気づかなかったことにして立ち去ったのだった。


 その数日後。

 変な物を食べてお腹を壊したというスコッティとルックの欠席の連絡が入り、


「何やってるのよあの子たちは」と私は思わず笑ってしまったのだった。


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