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2-1 『イケメン貴族は誰にも優しい』

 王都での生活にもすっかり慣れてきた。


 フェロの屋敷では使用人たちもとてもよく接してくれるし、困ったことがあればアルフォンスがすべて対応してくれる。困ってないことすら対応されるのでストーカーには困ったものだが。


 フェロも学園でこそは立場が低く前に出ないものの、屋敷やリリィたち友人の前では気さくに話してくれている。


 長ネギたちによる陰口はちらほら聞こえるものの、さして気にしない私にとっては順風満帆な毎日だった。


 地位の差なんて勝手に言わせておけばいい。それで人としてのなんたるかが変わるわけではないのだから。


「おっと」


 授業用に集めた用紙の山を職員室に運んでいる時。陽気な日差しを浴びながらのんびり廊下を歩いていると、開いていた窓からの風でいくつか落ちてしまった。


 困った。

 積んだ用紙は下手に傾ければ今にも崩れてしまいそうだし、かといって手を貸してくれるようなフェロたちは今はいない。


 どうにか姿勢を保ったまま足下の紙を拾えないだろうか。


 壁に背中を預けて中腰になってみたり、がに股になって座り込むような形で尻を落としてみたり、いろいろと試してみていると、


「はい」


 ふと紙が拾われ、用紙の山にぽんと置かれた。


 フェロかと思った私が顔を持ち上げると、目の前にあったのは全く違う、優男の顔だった。


「大丈夫かい?」


 その優男――ライゼがにこやかに言った。


 吐息がかかりそうなくらい近い距離に迫っていて、私はとっさに身を引いてしまった。そのせいでまた用紙の山が崩れそうになり、ライゼが慌てて用紙の山を支えようと手を出す。下から支えた彼の手が私の指に触れた。


「……っ!」

「あ、ごめん」


 私が思わず顔をしかめたことに気づいたのか、ライゼは申し訳なさそうに手を引く。


「あ、いえ。こっちこそごめんなさい。助けてもらったのに」

「いいんだ」


 綺麗な金色の前髪を払い、やはりライゼはにこやかに笑む。


 これは素直に悪いことをした。ただ拾ってくれただけなのに。ついつい昔の、男の子にお人形を取られそうになったことがフラッシュバックしてしまったのだろうか。


 そういえばライゼの整った顔立ちは、どこか昔の私を助けてくれた女の子に重なる気がした。男子だって幼い頃の童顔は見分けがつきにくいものだ。涙目で輪郭も揺らいでいたこともあり、実のところ顔なんてほとんどわかっていないのだ。


 彼は長ネギのような身勝手な男の子とは違う。それでいて頼もしさもある。


 ――いや、まさかね。


 私は頭に浮かんだことを払拭するように首を振った。


「拾ってくれてありがとう。助かったわ」

「それならなによりだよ」

「でもいいのかしら?」

「なにがだい?」


「私のような下々と話していたら、取り巻きのお姫様たちがお怒りになるんじゃないの?」


 実際、今だってライゼに気づいた女子生徒が遠くで足を止めて彼を気にしている。そして私を「なにやってるの」と言わんばかりに睨んでいる。彼女だけじゃない。他にもそんな子が数人いる。


 学園の王子様。

 優しい優等生。

 非の打ち所がない有名人。


 笑った横顔は涼しい風が吹いたようにさわやかで、それでいて頼もしいくらいには恰幅もある。きっと私が男子を好きな真人間なら、この瞬間に恋に落ちていたのかもしれない。


 それくらいのイケメンだ。


「ああ、そんなことか。別に級友と話をしているだけだよ。何も問題はないさ」

「そう。だったらよかったわ」


 憎たらしいくらいによくできている。けれど、やっぱりどこか気にくわない。


「おーい、ライゼ」


 ライゼの後ろから、どこからかやって来た長ネギが抱きついてきた。ライゼは彼を鬱陶しそうに、けれど楽しそうに振り払う。


「なんだよネギンス」

「先生が呼んでたぞー。次の授業の準備、手伝ってほしいってさ」

「ああ、そんなことか。わかったよ。わかったから離れてくれ」


 仲良くじゃれつく二人。

 ふと長ネギと目が合った。


「お前は用紙を運ぶんだろ。田舎者はさっさと仕事しろよ。こんなとこでさぼってないで」


 しっしっ、と手を払ってくる。


「用紙を運ぶのは下級生徒の仕事だからな。なあ、ライゼ?」

「……まあ、そうなってるね」


 ライゼは曖昧な笑顔でそう頷いて私を見ていた。先ほど二人きりだった時とは少し違って、その笑顔もどこかぎこちなく映ったのは私の気のせいか。


「そうね。早く運ばないとだし、私はさっさと消えるとするわ」

「ああ、そうしろそうしろ」


 長ネギに笑われながら、私はさっさと職員室へ向けて足を進めた。


 私としてはそれほど気にしてはいないのだけれど、やはりこの学園の階級社会はまだまだ根深い。私じゃなかったらきっと弱音を吐いて実家に帰っていたことだろう。


 けれど私は問題ない。

 私に害を与えてくる者なんて放っておけばいいのだ。


 それよりも可愛らしいものを愛でよう。それに心を癒されよう。


 職員室に用紙を届けた帰り道、また中庭の温室でマンドラゴラをいじっているリリィの姿を見つけた。


「あいつ、また土いじりしてるぜ」

「教室でもあんまり喋らないし、暗いやつだよな」


 やはり下等の生徒に向けた陰口をさえずる生徒たちがいる。苛っとした私は、そんな彼らの背後にあった水道の蛇口にこっそり回り込み、蛇口の口を塞いでシャワーのように水をかぶせてやった。


「うわっ」とその生徒たちが慌てふためいて空を見やる。空はよく晴れているのに一瞬の通り雨かとでも思ったのか、その生徒たちは大急ぎで校舎の方へと逃げていったのだった。


 なんというか、リリィを笑っていた割にはなんとも不格好だ。


「ついでに顔でも洗ってきなさいな」


 私は遠ざかる彼らに向かってそう吐き捨てながら、温室にいる少女へと足取り軽く向かっていったのだった。


「リリィたーん」


 壁の向こうには聞こえないのをいいことに、そんなことを呟きながら。


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