-10『秘められた私の決意』
「そういえば、あたしたちよりユフィっちとフェロくんのほうが仲がいいんじゃないの?」
タオルを取りに行ったフェロが戻ってくるのを待っているうちに、スコッティがそんなことを言い出した。
ルックとの仲をからかったことへのちょっとした仕返しのつもりかもしれない。
「だってほら、婚約者だし」
「婚約者って言ったって知り合ったのはついこの間よ」
仲が良い、というのはまだ少し違う気がする。
けれど初めて会った時から随分と距離が縮まったのは確かだ。最初は奥手だったフェロも今では普通に話してくれている。
落ちぶれていながらも上級貴族の一人息子であるというのにそれを袈裟に着ず、私が屋敷で困っているとよく助けてくれる優しさを見せていた。
地位だけで人を見下してくる長ネギのようなクズたちは論外だし、かといってライゼのような優等生も鼻につく。
そう言う点では、私もまあ、他の男子より少しは好印象に見れているとも言えるだろう。
でも――。
「私は男の子より女の子の方が好きだから」
つい心の声が漏れてしまい、私は慌てて口を噤んだ。
「女の子?」
スコッティに怪訝な顔を向けられる。リリィはというと純朴な目で小首を傾げながら見上げてきていた。
これはまずい。
リリィはわかっていないが、スコッティは感づくかもしれない。私が彼女たちを見て愛で遊んでいるのを。
変な奴だと思われて嫌われれば最後。
もうあのリリィの柔らかな膝枕も一生拝めないとなると一大事だ。今後の生命に関わりかねない。
――そんなのイヤだあああああ!
「こほん。いや、違うのよ。別に性的にって意味じゃなく、健全な意味でね?」
「……性的に?」
素直にわかっていない様子でリリィが尋ねてくる。
そのピュアさはとっても尊いけれど、今はそれがとてもつらい!
「あのね。男の子よりも女の子の方が親しみやすいわねって話」
私が必死に言葉を並べると、やがてスコッティが「なるほどー!」と快活に手を打って頷いた。それにつられるようにリリィっもそれ以上は踏み込んでこなかった。
よかった。スコッティがアホっ子ちゃんで。
ついさっきまでの疑問を忘れたかのようにスコッティは表情をからっとさせ、まだ湿った髪をリリィに押しつけようとしたりして彼女のおびえる反応を楽しんだりしていた。
微笑ましく私は眺める。
仲睦まじい二人。
きゃっきゃうふふと触れあう姿は妖精たちの戯れのようだ。
よくやった、数分前の私。
よくぞあの状況を切り抜けた。この光景が見れているのもあの時の私のおかげだ。褒めて使わす。
――あれ。
温かな陽気を天頂に感じながら、ふと私は思いふけった。
でも、そういえばどうしてだっただろう。私がこれほどに女の子を好きになったのは。
最初はそんなこともなかった。いつから変わったのだろう。
そう、まだとても幼い頃だ。
その頃はプルネイの屋敷で箱入りのお嬢様のように育てられていて、屋敷の中は女性の給仕ばかり。出会う異性は長年我が家に仕えているアルフォンスくらいだった。
彼も年齢こそ不詳だが見た目は二枚目ということもあって、格好良いな、と思っていた時期はあった。今となってはその頃の私を助走つけたまま全力で成層圏の彼方までぶん殴りたいくらいあり得ないけれど。
それでもやはり人並みの感性を持っていたのだ。
変わったのはきっと、あの時。
私の住んでいたプルネイの村は、古くは避暑地として栄えていた。近頃はもっと栄えた避暑地が王都の近くに多くできたため、あまり上級貴族が通ってくることは少なくなっていた。私が生まれてからはそういう話もまったく耳にしないくらいだった。
そんな中、一度だけ、プルネイを訪れた貴族がいた。暑さの厳しい短い夏の間だけ、プルネイに避暑にやってきたのだ。その珍しさに村では相当な話題となるほどだった。
その貴族は村で唯一の宿に泊まり、しばらく滞在していた。どうしてわざわざこんな古田舎に訪ねてきたのか。もっと充実していて王都にも近い場所があっただろうに。と、私は自室の窓からやって来た彼らを眺めつつ思ったものだ。
お父様たちは彼らのもてなしにとても励んでいたようだ。せっかくの客なのだから、村の評判をあげるために必死なのだろう。しかし私はまったく気にせず、関わることもなく暮らしていた。
そんなある日のことだ。あれはたしか貴族がやって来て数日後のことだっただろうか。
私はよく屋敷の庭で遊んでいた。
片田舎の貴族の屋敷なんて大層な設備はなく、敷地と道路を塞ぐ外壁すらない、開けた場所だった。村の中にあるせいで誰だって簡単に入れるし、むしろそこは近所の子供たちの遊び場として使われるようになっていた。
私が庭でお人形を愛でていると、いつもそこに村の子供たちがやって来た。歳の近い、悪ガキの男の子たちだ。彼らはいっつも私のところにやって来ては、変ないちゃもんをつけて笑ってきたり、そんないじわるばかりをしていた。
男の子は身勝手だ。
自分に感心を寄せようと、女の子の嫌がること平気でやってくる。だから私はそんな彼らを無視ばかりしていた。
その日も同じように最初こそ無視してたのだが、私もアルフォンスの家庭教師で問題を間違えて機嫌が悪く、立腹していた。
そんな時、見慣れない女の子が彼らにいじめられているのを見つけてしまった。その子の格好は見るからに上級貴族らしい品位ある洋服を着ていて、パンツではあるけれどリボンなどで可愛らしく装飾されていた。間違いなく、避暑にやってきている貴族の家の子なのだろうとわかった。
見知らぬ子だが、貴族だろうが悪ガキたちには関係ない。しかもその女の子が金髪碧眼で、それでいて目鼻立ちのくりっとしたとても愛らしい顔をしていたものだから、余計に彼らの興味を引いてしまったのだろう。
可哀想に。
私と同い年ぐらいのその少女はとても小柄で、見るからにひ弱だった。悪がき達のほうが一回りは体格がありそうで、やれ「なにやってんだ」だとか、やれ「俺達と遊ぼうぜ、貴族さんよ」なんて風に無遠慮な言葉をぶつけらえていた。
彼らのあまりのしつこさに、貴族の少女は涙を流しながらただ座りこむことしかできなくなっていた。
そんな時、
「やめなよ!」
悪ガキたちを引き離すように、私はその少女を庇い出たのだった。。
「この子が泣いてるじゃない。何をしてるの」
「なんだよユフィ。お前は関係ないだろ」
「この人でなし! 弱い人をいじめるなんて許さない!」
その時の私は、苛立っていたこともあって果敢だった。少しも悪ガキたちに臆さず、むしろ語気で圧し返せそうなほどだった。
男の子は本当にこんな子ばっかり。
強情で、わがままで、いじわるばかりしてくる。
「なんだよ。金持ちが良い人気取りか!」
結局、一歩も引き下がらない私に、悪ガキ達はそう吐き捨てて去っていったのだった。
それから騒ぎに気づいたアルフォンスが駆けつけてきて、泣きじゃくるその女の子を保護してくれた。
「お嬢様、大切なお客人をお助けいただきありがとうございます」
「いいえ。無事ならよかったわ」
アルフォンスに抱かれて涙でまみれた少女が私を見た。
「大丈夫? もう安心よ」
私がそう優しく微笑んだのを見て、その少女の涙はやっと止まり、ほんの少しだけ口角を持ち上げたのだった。長いブロンドの前髪が隠して顔はしっかり見えなかったけれど、その綺麗な顔立ちが、私は深く心の残ったのだった。
――そんなこともあったなあ。
なんて、私はすっかり成長して大きくなった私の体を見直した。背も高くなり、筋力も多少はましになった。なにより精神力随分と成長したと思う。何があってもあの悪ガキたちには絶対に負けないように、気を強く持とうとしつづけたおかげだろう。
――まあ、胸だけは成長しなかったんだけどね。
すとんと落ちた胸元の寂しさに、内心で苦笑を漏らした。
私が女の子を好きになったきっかけ。
結局その日、私とその少女は一日中遊び倒した。
同年代の子と遊ぶのは初めてだった私と、気弱で口数の少ない少女。最初はぎこちなかったけれど、時間が経つにつれて距離も縮まり、互いに大好きなお人形などで仲良く遊ぶほどになっていた。
意地悪ばかりする近所の悪ガキよりも、彼女のほうがずっと素敵。お人形のように可愛いし。
男の子の身勝手は今だって変わらない。長ネギのように。それでいて女の子は今も私の心を癒してくれる。私の始めての友達のように。
他の人から見ればおかしなことと思われるかもしれない。けれど、私はやっぱり、女の子が好きなのだ。
「新しいタオルを持ってきたよー!」
フェロが校舎から走ってくるのが見えた。
男の子だけど、女の子みたいな婚約者。
「絶対に、私好みの女の子にしてみせるんだから」
そう、誰にも聞こえないように私は呟いたのだった。