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短編集

安息を求めた婚約破棄

作者: あみにあ

「シャーロット、お前との婚約をここで破棄する」


同窓の晴れ舞台に大勢の貴族たちが集まる会場で。

そこに轟いたその声に、別れの惜しむ卒業式の場がシーンと静まり返る。

皆の注目が集まる中、私は壇上の上に佇む声の主……()婚約者を見上げていた。


「そして新たな婚約者として、シンシアをこの場で紹介しよう」


名を呼ばれ壇上に上がっていくのは、私の妹であるシンシア。

その姿に会場がざわめき始めた。

妹君を婚約者に!?

仲が良いと評判の御姉妹でしたのに……。

妹へ視線を向けると、ご満悦な表情で彼の隣へと並び、見せつけるように胸へそっと顔を寄せる。

その姿を目を逸らさずに眺め続ける中、私は徐に口を開いた。


「わかりましたわ。お二人の幸せを心から願っております」


そう二人へ微笑みを浮かべると、私は静かにその場から立ち去っていった。


そうして会場の外へ出ると、私は辺りを窺うようにキョロキョロと見渡す。

誰の姿もない事を確認すると、空を抱きしめるように大きく手を広げ、嬉しさに自然と頬が緩んでいった。

やっと、やっと解放されたわ。

彼の婚約者になって早10年……長かった。

あの日から地道に進めてきたこの計画。

これでようやくこの憂鬱な貴族社会から解放される。

私は小さくガッツポーズを作ると、公爵家の馬車へ乗り込み、家路へと急いでいった。



今から10年前、両親に言われるがままに第一王子マーティン様と婚約を交わした。

私と同じ年の綺麗な男の子。

端正な顔立ちにブロンドの髪、そして王族ならではの真っ赤な瞳。

恋愛結婚に憧れていたけれど……私は公爵家の令嬢……家の為なら仕方がない。

地位も申し分ないし、見た目もまぁ恰好いい……。

そう自分に言い聞かせていると、彼は私を強く拒絶した。


「俺は両親の言いなりで、結婚なんてしないからな!」


城内で知られている事だが、現王と王妃は政略結婚ではあったが、二人は愛し合い結婚した。

そんな二人を見て、彼も幸せな結婚に憧れていたのだろう。

そんなの誰だってそうよ、こっちだって願い下げだわ。

その言葉が喉まで出かかっていたが……そんなこと言えるはずもない。

だから私は只々笑みを返す事しかできなかった。


王子の婚約者に決まってからすぐに、私の王妃教育が始まった。

正直とても憂鬱だった。

王子は私を望んでいないし、私も王子を望んでいない。

でも嫌だと言っても認めてはもらえないだろう。

ごねて面倒な事になるのなら……何も言わないのが得策でしょう。

そう心の中で言い聞かせると、私は渦巻く感情を表に出す事なく、言われるままに城へと入った。


朝から夕方まで城で王妃教育を受け、家へ帰ると、妹が私の傍へとやってくる。

人懐っこく、可愛らしい私の妹。

いつもニコニコしていて周りを明るく照らしてくれる。

私の上辺だけの笑顔とは違うのよね。

そんな妹はとても可愛がられていた。


だけど妹は昔から、私の物を何でも欲しがった。

大事にしていた人形。

母から婚約祝いにもらった宝石。

私がなついていたメイド。

他にもたくさんある。

何でも欲しがる妹に、好きなお菓子や服を先に選ばせても、妹は私が別の物を選ぶと、やはりそっちを欲しがった。


嫌だと口にすれば、父や母にお姉さんだから我慢しろ、そう諭される。

だから私は抵抗をすることをやめて、ニコニコ上辺だけの笑みを浮かべて、何でも妹に差し出した。

私が我慢すればいいだけ。

面倒事は嫌い、それに正直どうでもいい。

負の感情が芽生えるぐらいなら、大切な物なんて作らない。

何も執着しない、いつも作り笑いを浮かべて、言われるままに従う。

聞き分けの良い個性のない私。

そんな生活を送っていると、妹の存在そして両親、煩わしい王妃教育、そして婚約者……その全てが嫌になっていった。


だけどやめる事も逃げ出す事も出来ない。

思うままに行動すれば面倒な事になるのは目に見えているから。

私は只の子供で、家の道具に過ぎないの。


不満を心の奥底へ閉じ込めながらも、貴族社会、そして王妃になる為の訓練は続いていく。

そんな中、城下町についても学ぶことになった。

将来国を守っていく存在、だからこそ平民の事を理解していかなければいけないと。

そこで私は平民の生活を知った。


国の為に働き、国へお金を納める代わりに、自由を手に入れている彼らの姿。

国民の生活を豊かにすれば、それは全て我々の財力そして力となる。

だけど私は家なんて関係ない、そんな彼らの生活に興味をもった。

そして時折偵察として城下町へ向かった。

ドレスなんて目立つから平民らしい服を用意して。

さすがに一人では行けない。

だから唯一妹に奪われなかった私付きの執事を連れて行ったわ。


城下町は貴族街に比べれば、汚くて貧乏くさい場所だけど、城とは違い活気に満ち溢れていた。

みんながみんな自然な笑みを浮かべて、幸せに暮らしているそんな世界。

この笑みは王と王妃が築き上げたものだと理解しているが……私はその世界に混ざりたいと思った。


そんな時、私はある算段を考えついた。

そしてそのアイデアを形にするため、私はその日から毎日婚約者の王子の元へ通う事にした。

今まで用がなければ顔を合わす事もなかった婚約者。

そんな彼の元へ自ら会いに行ったの。


もちろん婚約者である私を、王子は拒むことが出来ない。

嫌な顔をしながらも、時間を作ってくれる。

まぁ……顔を合わせても、何をするというわけではないのだけれどね。

只向かい合って、黙って座っているだけ。

だって彼は頑なに親の決めた婚約に抗おうとしていたから。

そんな彼と話す事など何もないわ。

それにそんな彼の態度は、私にとって好都合だった。


そうして時は流れ、私は16歳になった。

16歳になると、貴族は学園に通う義務がある。

私と王子は学園に通い始めると、さらに過ごす時間を増やしていった。

最初の頃に比べれば話をするようになったが……彼は昔のまま。

いつもどこか不機嫌で、ぶっきらぼうで……何が言いたいのかいつもよくわからない。

正直鬱陶しいけれど、傍に居ることが重要だった。

私と王子が良好な関係だと、私が王子に執着していると……そう周りに思わせるのが狙いなのだから。


そして17歳になると、一つ下の妹が入学してくる。

この機会をずっと待っていた。

私はそこから王子と会う回数をあからさまに減らすと、妹はすかさず王子へ会いに行くようになった。

そう全ては計画通り。


妹は私が大事にしている物をいつでも欲しがる。

私が王子に執着している、そう思い込ませれば必ず妹は王子へ近づくと思ったの。

城に居る間は妹は王子に簡単には会うことは出来ない、だけど学園なら気軽に近づける。

案の定王子は妹に恋をし、そして婚約破棄を言い渡した。

まさかあんな公衆の面前で言うとは思わなかったけれど……。


だけどそんな事どうでもいい。

私は王子に婚約破棄をされた不良品として、貴族社会で扱われるだろう。

だがそう扱われても問題はない。

私は貴族社会から出て行くのだから。


私は家に駆けこむと、用意していた荷物を手に両親へすぐさま会いに行った。


「お父様、お母様、もうお耳に入っているかもしれませんが……私は王子に婚約破棄を言い渡されました。ダメな娘で本当にごめんなさい。これ以上迷惑を掛けたくありませんの。だから私家を出ますわ。今までお世話になりました」


「そんな……ッッ、悪いのはあの王子だ。シャーリーが気にする事じゃない」


父の言葉に母も同調を見せる中、私は目を伏せながらに、小さく首を横へ振った。


「いえ、無理ですわ。公の場での宣言……貴族達は甘くありませんもの。ですので……どうか家を出ることを許して下さい。ですが出来れば……お父様、お母様、新しい生活が落ち着くまで、少しばかり援助を頂けると嬉しいですわ」


そう申し出てみると、両親は悲しそうな表情を浮かべながらも渋々に了承してくれた。

その姿に私は頭を下げながらにほくそ笑むと、そのまま屋敷を後にした。


これで私は晴れて自由の身。

家から追放され平民になるのではなく、家を出なければいけない状況を作り出す。

私に非はない。

周りから見れば、王妃教育を完璧にこなし、王子に好かれようと足繁く通う健気な令嬢だったはず。

そんな私が王子の勝手で婚約破棄をされたんだから、咎められるはずがないわ。


あぁ、両親の許可を得た事で、快適な平民生活を送れるわ。

さすがに平民皆が笑顔で暮らしているあの姿が、全てだとは思っていない。

快適な平民生活を堪能するには、お金は必ず必要になってくる。

婚約破棄をされたかわいそうな娘。

ふふっ、いくらでも援助してくるでしょう。


これでようやく貴族社会からも妹からも、そしてあの王子からも解放される。

なんと素晴らしい計画だろうか。

まぁ……これで幸せになれるとは限らない。

そうわかっているけれど、この場所にいるよりはきっと数段マシでしょう。


「お嬢様、お待ちください。私もついていきます」


その声に振り返ると、私にずっと仕えていた執事が大きな荷物を持ったまま駆け寄ってくる。


「えっ、ケルビン!?あっ、と……ッッ、いいのよ。私は一人で大丈夫。あなたはここに残……」


「いえ、私はお嬢様にお仕えする執事でございます。どこへ行こうともお供致します」


彼の瞳を見つめると、どうやら本気のようだ。

手にはいつの間に用意したのだろうか……大きなカバンを持っていた。

そんな彼の姿に苦笑いを浮かべると、私はそっと視線を逸らせる。


はぁ……困ったわ、彼は執事ではあるけれど生まれは貴族。

顔立ちも整い実力もあるにも関わらず、執事として働いているのが不思議な彼。

それに頭も切れるし、両親からの信頼も厚い。

そんな彼を巻き込みたくないわ。


「私……もうこの家の娘ではないわ。だからあなたも私の専属から外れたのよ。それにお父様もお母様もあなたが出ることを許さないと思うわ。だってとても優秀ですもの」


「ご安心して下さい。先ほどご主人様の許可は頂いております。それにお嬢様は一人で料理や掃除は出来ないでしょう。どうか全て私にお任せください」


料理に掃除……。

家からの支援があるから、料理を作る必要はないだろうし、掃除も暮らせればどんな部屋でも構わない。

そう思っていたんだけれどね……。


「そうなのねぇ……。うーん、だけど今は王子に捨てられて憔悴しているのよ。出来れば一人で過ごしたいわ」


そう弱弱しく笑って見せると、彼は私の手から荷物を取り上げた。


「でしたら尚更、そんなお嬢様を一人には出来ません。……何年お嬢様にお仕えしたと思っておられるのですか」


深められた綺麗な笑みに頬を引きつらせると、私は諦めるように大きく息を吐き出した。


説得は無理そうね……。

彼は昔っからこうと決めたら、梃子でも動かぬところがあった。

だからこそ妹から奪われなかったのだろうけれど……。

呆れる私の様子を気にすることなく、彼は颯爽と馬車へ荷物を積み込み始める。

その姿に私は渋々馬車へと乗り込んだのだった。



そうして平民地区の比較的治安の良い場所に家を借り、ゆったりと暮らしが始まろうとする中、突然ドンドンドンと扉を叩く音が部屋に響いた。


「お姉様、お姉様ここを開けて!お願い!屋敷へ戻ってきて!」


キーンと頭に響く声に私はノソッとソファーから起き上がると、ピクピクッと頬が引きつらせていく。

あの声はまさか……ッッはぁ……ケルビンは日用品を買いに街へ出てしまったわ。

仕方がないわね……。

深いため息をつきながら徐に立ち上がると、もう聞くこともないだろうと思っていた声に恐る恐る扉へ近づいた。

そして慎重にドア開けた瞬間、人影が体当たりしてくると、私は支える事も出来ぬまま床へと倒れ込む。


「きゃぁっ、いたぁっ、……ッッ。どっ、どうしたのシンシア。それに……えっ、マッ、マーティン様まで……。これはどういう事かしら……?」


ギュッと抱きついたシンシアの後方には、王子が気まずげな様子で佇んでいた。


「うぅ……ッッ、お姉様ごめんなさい。婚約破棄は全部嘘なの!お芝居だったんだよ!!!」


あれが……芝居……?

どうしてそんな事を?一体何のために?

妹の言葉に目をが点になる中、王子は表情をこわばらせながらに私の隣へとしゃがみ込んだ。


「その……悪かった……俺は……」


いつもと同じ不機嫌な様子で、ボソボソと話す彼の姿に状況が全く理解できない。

どうして彼までここに?

私は王子と無事に婚約を解消して、家を出て全ては計画通りだったはず……?


「ちょっと待ってッッ……えーと、どういう事なの?嘘って……どうして?」


そう恐る恐るに問いかけてみると、妹はしがみ付くように私の体を強く抱きしめた。


「こんなヘタレ王子となんて婚約しないの!それに好きでもない!私はただ……お姉様の取り乱す姿を見たかっただけ……。だってお姉様はいつもニコニコ笑って本当の顔を見せてくれないでしょ?どんなにお姉様の大事な物を奪っても……怒られた事も、嫌な顔をされた事もないから……。だから……こいつを奪えばさすがに本音を見せてくれると思ったのに……」


はぁ……?この子は何を言っているの?

あまりにも呆れた理由に空いた口がふさがらない。

ポカーンと妹を見つめる中、王子はしゃがみ込み私の手を握りしめると、その手はなぜか震えていた。


「俺は……お前の気持ちを知りたかったんだ。いつもつまらない俺の話を聞いてくれて、失礼な態度をとっても、笑って返してくれる。そんなお前に救われていたんだ……。それで……だが……ッッ」


訳の分からない王子の言葉に脳の処理が追い付かない中、何が何だか狼狽していると、情熱的な紅の瞳と視線が絡む。


「マーティン様……?えーと、あなたは婚約を嫌がっていたでしょ。恋愛結婚をしたいとそうおっしゃっていたじゃない。だからシンシアと恋愛をして、めでたく婚約をしたのでしょう?」


「違う!それは違う!俺は……俺は……だからその……ッッ!」


こちらへグイッと顔を寄せる彼の勢いに圧倒される中、ガタンッと大きな音が後方から響くと、私は肩を大きく跳ねさせた。


「思っていたよりもお早い到着ですね。ふふ……お久しぶりです、シンシア様、マーティン王子」


「あっ、あんたっ!!!どうしてお姉様に本当の事を話していないのよ!」


シンシアの怒鳴り声に慌てて顔を上げると、ケルビンはいつもと同じ優し気な笑みを浮かべていた。


「なんのことでしょうね。それよりもお嬢様、少し宜しいでしょうか?」


彼はそう言いながらに妹を私から強引に引き離すと、私の手を引っ張り立ち上がらせる。

そうして抱えていた荷物を置き、そのまま廊下の奥にある部屋へと向かって行った。


「ちょっ、ちょっと、待ちなさいよ!!!」


シンシアの叫び声がキーンと耳に響く中、彼はスッと目を細めながらに彼女を睨みつけると、妹は怯えた様子をみせる。


「邪魔をしないで下さい。すぐ戻りますよ」


感情のこもっていない冷たい声でそう言い放つと、バタンッと扉が勢いよく閉まった。



扉の向こうに残した二人を気にする中、私は恐る恐るに目線を上げると、彼の顔が間近に迫っていた。


「きゃっ、へぇっ、えっ、ちょっと待って、何!?どういう事なの?芝居と知っていたの?ならどうして?これは一体どうなっているの?」


「落ち着いてください、お嬢様。質問は後にしましょう。今は彼らを追い返す方が先決ではないでしょうか?私に良い考えがあります」


彼はニコニコと笑みを深めながらに懐から一枚の紙を取り出すと、机の上へ広げて見せる。


「お嬢様、これにサインをお願いします。さすれば彼らをすぐに追い返すことが出来ますよ」


その言葉に私は紙を覗き込むと、なぜか彼の手が視界を遮った。


「ちょっ、はぁ……。サインって……何かわからないものに出来ないわ」


「お嬢様は私を信用されておられないのですか?心配は無用です。お嬢様はこの暮らしを堪能したいのでしょう。でしたらお約束しますよ。誰にも邪魔をされることなく、この暮らしを続けていける事をね……。あまり迷っている時間はありません。そろそろあのじゃじゃ馬が扉をこじ開けてきそうですからね。そうなればあなたは家に戻らなければいけなくなる。そしてまた王子の婚約者となり、静かな生活からかけ離れた王妃としての生活が待っているのですよ」


えっ、どうして彼がその事を知っているの?

今までの生活を嫌がっていた事実を……。

私は一度も人前で、不満や不服を見せた事はないわ。

いつも面倒事を避けるために……。


いや、今はそれよりも王妃に戻る……それは絶対に嫌だわ。

あぁ……全てがうまくいったはずだったの。

私の計画は完璧だったはずよ!?

なのに……どこで歯車が狂ってしまったのかしら……。

だけど……今更考えても遅いわね。

面倒事は嫌いなのよ……。


頭の痛い現状に私は深く息を吐き出すと、目の前にペンと紙が映し出される。

彼は優秀な執事、幼いころから私に付いてくれて……信頼はしている。

それに唯一妹に奪われなかった彼。

自分では彼らを追い出す突破口が見つけられないのだから……ここは彼に任せた方が楽ね。


「……わかったわ。でも約束よ、必ず彼らが二度とここへ来ないように追い返して」


「承知いたしました」


洗練された礼を見せる彼の姿に、私はペンを手に取ると、サラサラとサインをしていく。


そしてサインを終えるや否や、彼は紙を掲げたままに扉を大きく開け放つと、なぜか扉の前に佇んでいた二人へ見せつけるように広げて見せた。


「なっ、何よコレ!どういうことなの!?」


「なんだこれは!こんな事許されないぞ!」


何事かと……二人の驚いた声に紙を覗き込むように視線を向けると、その紙には婚約誓約書と大きく記載されていた。


「お二人方、私とお嬢様は婚約致しました。ですので家へ戻る事もマーティン様の元へ戻る事もありません。ご存知かとは思いますが……王子とお嬢様の婚約破棄の手続きは、宣言したその日に済んでおります。ですのでどうかお引き取り下さい。あっ、それと言い忘れておりましたが……あなた方お二人の婚約手続きも完了しておりますよ。シンシア様、一から王妃教育を頑張って下さいね」


とんでもない彼の言葉に私は思いっきりに手を伸ばすと、先ほどサインをした紙を奪い取る。

文字を目で追っておく中、そこに書かれている内容は、紛うことなき彼の婚約者になるものだった。

私とケルビンが婚約?

一体どうして?

驚きのあまり声をなくすと、私は只々彼を見上げる事しか出来ない。

そんな中、シンシアは怒りを込めた瞳を浮かべると、一歩前に踏み出し彼を強く睨みつけた。


「これはどういうことなの?今回の事はあなたが発案したんじゃない!それなのに……ッッ」


えぇっ?彼が発案した?

何を?

予想だにしていなかった新たな事実に目が点になる中、私はその場で固まっていた。


「さぁ、何のことでしょうか。さっさとお帰り下さい」


彼はそう一言話すと、二人を玄関の方へと追いやっていく。

そのまま家から彼らを追い出すと、ガチャンという音と共に扉が固く閉まった。


「ふぅ……何だかとても疲れましたね。お茶でも入れましょう」


「あっ、えっ、ちょっ、ちょっと待って。確認しておきたんだけど……。その誓約書は冗談よね?彼らを追い出すだけの道具よね……?」


そう恐々と問いかけてみると、彼はニッコリと笑みを深めながらに、私の傍へと近づいてくる。


「いえ、違います。これは正真正銘の誓約書です。ほらよく見て下さい、ここに私の家の紋章と、お嬢様の紋章が押されてるでしょう?」


彼の指さす先へ目を向けると、間違いなくそれぞれの紋章が押されていた。


「えっ、どうして?それに……どうして私が不満を抱いているとわかったの?」


混乱する中、私は彼の瞳を真っすぐに見つめると、彼の手が私の頬を包みこむ。


「お嬢様の事であれば、何でもわかりますよ。言ったでしょう、何年お嬢様にお仕えしていると思っておられるのですかと。……私はずっとお嬢様を愛しておりましたからね。だからこそあなたの傍を離れなかった。ですが……あなたはあの王子と婚約してしまいました。けれどもこの気持ちを諦める事など出来ません。ふふっ、お嬢様も王子との婚約を憂鬱に思われていたでしょう。いつも無理をして笑みを作られて……そんなの言葉はなくても顔を見ればすぐにわかりますよ。ですが……ある日を境に、突然王子に会いに行くようになった。そこでピンッときたんです。お嬢様は妹殿とは違い賢いですからね……。ですのでお嬢様の計画を利用して、婚約破棄をさせようと思ったのです。愚かなシンシア様はあなたの本心を見たいと、思っていた事も知っておりました。上辺だけの笑みではなく、心にある本当の気持ちをぶつけてほしい、そう望んでいたんですよ。そんな彼女に婚約破棄をさせるお話を持ちかけ、そして実行をさせた。さすがに大勢の前で婚約破棄をすれば、お嬢様も取り乱すでしょうとお話ししてね。王子の説得は彼女に任せておりましたが……。そして彼女は実行に移す際、周りに芝居だと言いまわっておりました。ですがそれは全てこちらで手を回し隠蔽させていただきました」


彼はニッコリと笑みを深める中、彼の顔が徐々に近づいてくると、唇に柔らかい何かが触れる。

突然すぎて状況についていけず茫然としていると、彼は優しく私の体を包み込んでいった。


「安心して下さい。あなたが望む生活を壊したりしません。お嬢様の平穏は私がお守りしますよ。これからずっと私と共に居て下さいね」


囁かれた甘い声に軽く頭痛がしてくるが……誓約書にサインしてしまった今どうすることも出来ない。

何だか色々な事がありすぎて考えるのも疲れてきたわ。

まぁ……この生活が続くなら何でもいいかなぁ……。



そうして二人は……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 連載版の方からラストが気になって来ました。やっぱりケルとくっつくのでしょうか。 私は王子推しだったのでなんとも言えないと言いますか…
[良い点] 執事ケルピンは特に悪いことはしてないですよね。 最後の婚約も王族や主人公の家族から主人公を守るためには必要なことですし。 [一言] 元凶は両親 姉だからというだけで我慢を強要してきたのだか…
[一言] 結局だれ一人主人公を人間扱いしないなぁ。
2019/05/28 02:34 退会済み
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