間に合わなかった俺と猫
弱々しい命がそこにはあった。
それは子猫の形をしていた。俗に言う黒猫というものなのだろう。足の骨が折れているのだろうか。横断歩道の真ん中から動こうとしない。いや、動けないのだ。動きたくても動けない。ただ轢かれるのを待つだけの命。
俺は今、彼? 彼女? を助けるべきなのだろう。でも信号は間違いなく赤。猫がいない方の車線には普通に車が通っている。そしてそれは俺に近い方の車線。これでは失われる命の数が増えるだけになってしまう。それだけはなんとしても避けないといけない。
なら、目の前で轢かれる猫を見殺しにするのか。それも違うと思う。今の俺に出来るのは車が来ないことを祈るだけ。だが、俺は神様なんて信じていない。こんなとき誰、もしくは何に対して祈ればいいのかわからない。この際誰でもいい。この猫を助けてくれないだろうか。
―――――――
野良猫だろうか。猫が道の中央に陣取っている。邪魔だ。果てしなく邪魔だ。早くどいてくれないだろうか。出来れば轢きたくない。虫ケラ程度の命だが、俺と同じ哺乳類だ。後味が悪すぎる。
そう考えている間にも、それがある場所に近づいていく。あの信号でちょうどよく止まれればいいのだが。そう思いながらアクセルから足を放し、速度を落とす。後ろを走っている奴らがクラクションを鳴らすが気にしない。つーか街中でクラクション鳴らすなよ。マナー違反だっつーの。ってゆーか道交法違反だよ。二万円以下の罰金だからな。まぁ、後でそいつらのツラでも拝むとするか。
―――――――
ヤバい。金髪で外車に乗ってる兄ちゃんが猫をにらんでる。その時点で終わっとるな、そいつの猫生 (?) ってやつ。御愁傷様ってわけだ。まあ、俺には関係のない話。壮絶なエンドを見せられるのは勘弁してほしいわ。というわけでグッバイ。猫を助けなくていいのかって? 俺の仕事じゃないし。人? 猫? 助けは柄じゃないって話さ。
―――――――
青信号に変わり、男が走り出す。拾い上げた猫はまだ温かいが、命の鼓動は感じられない。
間に合わなかった。そう言った男は昼間から道路に泣き崩れた。横断歩道を渡る人間は誰も彼のことなんて見ていない。
そもそもそこに「人間」は二人しかいなかった。それだけのお話。
お読み頂きありがとうございます。