近くて遠い私
前回のあらすじ:ブラジャー事情を語りました。
「そうだ!選ばないとだった」
たわいないやりとりの中でふと本来の目的を思い出した。
「すっかり話に夢中になって忘れてたね。何か注意ある?」
「いや、D70で二千円しないくらいのブラジャーなら。あ、でも楽みたいなのを売りにしてるのはちょっと注意したいかな。まあ、気になるのあったら見せてみてよ。ダメならダメって言うし」
「わかった」
私も私でいい感じのを探してみる。Dカップのブラを探していると胸が大きくなったという実感が湧いてきて自然と表情がほころんでしまう。たぶん今わりと気持ち悪い顔をしている気がするから虹村くんには見つからないようにしたい。
「優華」
「ひゃいっ!」
変な声出た。噛んだし。気を取り直して
「なに?」
「あ、うん。これかわいいんじゃないかなと思って」
「どれどれ?お、いいね」
薄い水色のブラジャーを受け取り、胸の前にかざして見せてみる。
「どう?似合う?」
「なんか、そのいつも脱いでるやつの色合い的にエロく見えてくるなあ」
スクールベスト、たしかに肌色だけどさ。いつも脱いでるやつって認識なのか。
「さあ、どうよ」
「うーむ」
虹村くんが私の胸元を凝視している。すごく真剣な目だ。絵を描いているときの目。目を細め、何かを見定めるような視線を私の胸に注いでいる。そんな気はするんだけれど、いざこうやって穴の開くほど見つめられるとすごくドキドキする。顔もすごく近い。様々な距離・角度から私の胸もといブラジャーを観察している。
これは私の下着を選ぶというよりは完全にお絵描きモードに入っている。えっちなイラストと向き合うときのスイッチが入っている。これまでの部活の中でたまにそういうときがあったからなんとなくわかる。こういうときの虹村くんはえっちなものをえっちだと評しつつも、何かいやらしいことを考えているというよりは純粋にその美しさ?よくわからないけどそんな感じのものを探っているように思える。二次元の趣味全般に関して言えることだけど、虹村くんは目の前に映るものに対して当事者意識みたいなものがないように思う。まあ、実際当事者ではないからそれは当然のことではあるんだけど。現実の女の子に対して魅力を感じないくらい二次元の女の子を評している割には別に付き合いたいかっていうとそういうわけでもなかったり。向ける視線としてはイケメン俳優に対するそれに近い気がする。画面に映るそれにかっこいいなとは思いつつもどこか遠くの存在で同じ世界の人間として認識していないような。
こういう考察をしてみることによりなんとか平静を保ってはいるものの、考えるのをやめたらはずかしさがこみ上げてくるだろう。そうなれば虹村くんも何をしているのか自覚してはずかしくなり、気まずい雰囲気になること請け合いだ。
「この体勢、腕が疲れるね」
嘘である。微塵も疲れちゃいない。が、腕を振ってアピールする。
「そう、ごめん。ちょっと見入っちゃって」
よし、悪くない。
「知ってる。参考になりそう?」
すかさず、イラストの参考に見てたんだよね?フォローを入れる。
「うん、ちゃんと見るのははじめてだし。描いてみるまではわからないけどイメージみたいなのは前よりできるようになった気がする」
「それは良かった。私も次探そうかな」
よしよし。なんとか乗り切った。
「……なんか怪しい」
「何が?」
「いや、何かはわからないけど妙に引っかかる」
鋭いな。だけど、こればっかりは気づかないほうが幸せかもしれないよ?
「気にしてたって仕方ないよ。じゃ、これ会計してくるから」
一瞬避難させてもらう。さっき胸に意識を集中したせいで窮屈に感じてきているから早く変えたいし。
「え、ちょ、待って」
「居づらかったらちょっと出歩いてていいから。見つからなかったらRINEで連絡入れるね」
「あ、ああ、うん」
しばしの別れだ、虹村くん。君のためを思ってのことだから悪く思わないでくれ。




