炎天下の会話
前回のあらすじ:一緒に下着を買いに行くことになりました。計画通り。
「いやぁ、外は暑そうだね」
夏なだけあって日差しが強い。ここ最近は夕方に帰ることが多かったせいか、特にそれを感じる。
「この暑さには参りそうだし、やめとくのも手かもね」
虹村くんの言葉の節々から嫌々感が伝わってくる。しかしながら、そんな暑さに便乗して都合よく展開を運ぼうとするのは虹村くんだけではないのだ。
「つまり、これの出番って訳だ」
カバンから日傘を取り出す。
「じゃーん!日傘だよ」
「一個しかないようだけど」
「当たり前じゃん。二個も持ち歩くわけないでしょ?一緒に入ろ?」
「え、いや、でも」
「さっきこの暑さには参りそうだって言ってたし、日傘に入らないと博樹くん死んじゃうかも」
「さすがに死にはしないと思うけど」
「でも結構涼しいよ?ほら、入った入った」
傘を開き、虹村くんの隣に立つ。
「はぁー。はい、もう任せるよ」
虹村くんが折れた。
「ふふっ。相合い傘だね」
「まあ、そうだね。雨のときのイメージのほうが強いけど」
「たしかに。あれはあれでお互い気を遣いあうという良さがあるものなんだけど、日傘に関しては任意な感じがしてなかなかオツなんだよ」
「出てもいい?」
「いいけど、日傘の味を知った博樹くんは果たして外の世界で生きていけるかな?」
最近特にだけど日差しが痛い。この日傘も日焼け防止というよりは直射日光の痛みを避けるためにという意味合いが大きい。
「うわっ、暑っ」
虹村くんが日傘の陰から抜け出す。
「やめといたほうがいいと思うけど。ほら、素直になりなよ」
傘を揺り動かして招く。
「あー、これは思った以上にキツい。インドアな人間だから特にって感じがする」
「おかえり。ね?言ったでしょ?」
虹村くんが戻ってきた。肩が触れないように気をつけてはいるけど、やっぱり隣にいるとすごく近くに存在を感じる。
「さっき任意って言ってたけど、雨と同じくらいの強制力を感じるよ」
「それは困ったな。特に必要性もないのにわざわざ入ってくるっていうのがポイントなのに……。まあ、でもうれしいけどね。すごい距離が近くてドキドキする」
「こっちも涼しくて助かるよ。ありがとう」
「まあ、付き合わせてるのは私だしね」
「そういえばそうじゃん」
「これでもちゃんと遠慮してるんだよ?本当は肩くっつけたり、腕に抱きついたりしたいんだけど我慢してるんだから」
「グイグイ来るイメージが強いけど意外なところで遠慮してるんだね」
「え、じゃあいいの?」
「いや、我慢し続けてもらえると助かる」
「ちぇっ……」
まあ、欲を張らないほうがいいと最近身をもって学んでいるので今ある幸せを噛みしめるとしよう。
「で、どこに向かってるの?」
「谷坂」
「やけに遠いね」
「安心して、交通費は支給するから。どんな下着つけてるかなんてあまり周りの人に知られたくないから近くじゃ買えないんだよね」
「それでも僕は連れてくのね。交通費出してまで。いや、ありがたいけど」
「博樹くんは特別だから。それに予算が潤沢にあるし」
「お家の人に出してもらったの?」
「うん。パパにブラがキツくなったって報告したらお小遣いから出してくれるんだ」
「パパって父親だよね?」
「え、そうだけど?もしかしてまた変な想像したの……?たとえば、援交とか?」
「いやいや、父親にそんな話するんだって思って」
「娘のおっぱいがお金の不自由で歪められることがあってはならない、って言ってお小遣いの中からお金を出してくれるいいパパだし、特に隠すことでもないからなぁ」
「そういうもんなのか……?」
「人によるとは思うけどね。お年頃だと父親が嫌いだなんていう子もいるだろうし。でも、うちはみんな仲いいよ」
「お、おう……」
引かれている気がする。いや、確実に引かれてるよね?これ。
「そういえば、パパもママもうちに来ないかって言ってたよ」
「え、僕?」
「そうだよ」
「てか、ご両親は僕のことを知ってるの?」
「当たり前じゃん。もらったお弁当代はうちに回してるんだから。洗うお弁当箱も増えてるのに知らないままなわけがないでしょ」
「それもそうだけど行って何するの?」
「そりゃ、女の子が男の子を家に上げるといったら……ねえ?」
「じゃあパスで」
「ごめんごめん。冗談だよ。えと、じゃあ……料理!一緒に料理を作ろう!」
「なんでまた……」
「将来に目を向けてみよう。博樹くんは結婚願望とかある?」
「ないね」
「つまり、自分で料理ができるようにならないといけないわけだ」
「まあ、そうだね」
「私の料理好きでしょ?」
「うん、まあ」
「でも、博樹くんのビジョン的には将来的に私の料理は食べられなくなるわけだ」
「そうだろうね」
「つまり、私を観察し、技を盗むことで博樹くんの胃袋は末永く満たされるというわけよ」
「教えてくれるんじゃないのか」
「なんか見られたほうが興奮するかなってつい。それとも手取り足取り教えてほしいかな?」
「その中間くらいがちょうどいいね」
「ま、そんなもんだよね。イベントの原稿終わってからでいいから遊びに来てよ」
「考えておくよ」
「うん、いい返事期待してる」
及第点。わりと期待できる返事をもらった。えっちな展開はないだろうけど、こういうプライベートな感じの付き合いはきっといい方向にはたらくはず。料理に関してもお弁当だと制約があるし、できたてのほうが絶対おいしいからね。まだ確定じゃないからぬか喜びになるかもしれないけど、今から楽しみだ。




