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ゆうかアプローチ  作者: 旭流遊
アプローチ1:二人きりの空間
24/43

別れ際のジンクス

前回のあらすじ:デジタルイラストの基本を教わりました。

「堂島さん、そろそろ時間だね」

「え、もう?」

集中していたせいか時間の流れが速く感じる。

「一言も発しないで作業してたもんね。すごい集中してるなあって思いながら見てたよ」

「ただ線を引くだけじゃなくて、ちゃんと下の絵の通りになるようにっていうのはまた一段と難しいね。位置もずれちゃうし角度も合わないし線も繋がらないしで半分もできなかった」

「まあ、そんなもんだよ。ちょっと見せてみて」

虹村くんが私の作業していた画面を覗く。

「ああっ、すごい。ちゃんと丁寧にやってるなっていうのが伝わってくるね」

褒められるとなんだかこそばゆい。

「いやぁ、そうかな、ははは……」

返事もなんだか難しい。

「じゃあ、そろそろ帰る準備しようか」

「うん」

データを保存してシャットダウンする。

「これでよし!虹村くんは?」

「こっちは大丈夫だけど、服……」

虹村くんが目を逸らしながら指摘する。すっかり忘れていた。急に思い出すとなんだかはずかしい格好のように思えてくる。

「なんかこうしてるとえっちのあとみたいだよね」

乱れた服をきれいに直しながら照れ隠しに言ってみる。経験はないので完全にイメージだ。

「堂島さんがひとりでハッスルして脱いじゃっただけなんだけどね」

あちらも照れ隠しなんだろうけど、なんか虚しい表現だなぁ。

「そうは言うけど、本当に暑いんだよ。これ」

胸の前でスクールベストを拡げて見せる。

「たしかに暑そうではあるけれど……」

「着てみる?」

とっさの思いつきで虹村くんにスクールベストを着せてみることにした。裾の部分を広げ、虹村くんの頭の上から通そうと試みる。

「いやいやいや、ちょっと待って……」

 むにゅ。胸に硬い何かが当たった感触がする。見てみると、のけ反って抵抗を試みる虹村くんの両手がそこに置かれていた。えっと、えっと。

「ごめん!」

気づいた虹村くんはすぐに手を引っ込め謝罪した。一瞬の出来事に対し脳の理解がようやく追いついてきたのか、顔が熱くなってくる。

「え……あ……その……」

なんて言えばいいのか思いつかない。まずはえっと、まずは……深呼吸!

「すぅ……はぁ……」

落ちついた。いや、まだすごいドキドキするけど。

「ごめんね、ビックリしちゃった!えへへ……いきなりだとドキドキするね」

「本当にごめんなさい。触るつもりは全然なくて……」

「わざとじゃないのは知ってるよ。原因は強引に着せようとした私にあるしね。突然のことでビックリしちゃったし、今もちょっとはずかしいけど触られたこと自体は嫌じゃないから」

虹村くんは嫌だった?とか訊きたい気持ちもなくはないけれど、怖くて踏ん切りがつかない。

「……帰ろっか」

握りしめたままになっていたスクールベストに袖を通す。

「うん、そうしよう」

どこかぎこちない感じで帰る準備をすませ、部室をあとにした。

 沈黙が気まずい。あれから虹村くんとの間で微妙な空気を感じる。そういえば土曜日もこんな感じで駅に向かってたよね。帰り際にやらかすのがお約束みたいになったらどうしよう。どう考えてもあの妙な思いつきのせいだよね。

「そういえば、これ読む?」

虹村くんが静寂を破り、声をかけてきた。カバンからなにやら取り出そうとしている。

「ステップ?いいの?」

「そう。月曜日発売でさ。毎週買ってるからついでにどうかなって」

「虹村くんはもう読んだの?」

「うん、休憩時間とか昼休みに。全部途中からになるけど気になる漫画はそれでも気になると思うから、ステップに興味があるなら一回見てみるといいかも」

「本当?やった!ありがとう!」

ステップを受け取ってカバンにしまう。ギリギリ入った。

「元気出たみたいでよかった。また難しそうな顔してたから」

「そんなに顔に出てた?」

「たぶん落ち込んでるときとかはすごく顔に出てる気がする。この前の帰りもそうだったし」

「そっか、雰囲気悪くしてごめんね」

「いや、まあたしかに話しづらくはなるんだけど、なんていうかホッとするんだ。人が落ち込んでるときになに考えてんだよって話だけどさ。クラスの中心にいて眩しいくらいの堂島さんでもやっぱり僕と同じでヘコんだりするんだなあとか。親しみを覚えるっていうか」

「そんな風に見られてたんだ」

虹村くんに自分への印象を語られたのははじめてな気がする。

「私も話してみてわかったことがあるんだ。虹村くんってすごく優しいよね」

「そうかな?普通だと思うけど」

「いや、そうだよ。もっと好きになっちゃいそう」

「今まで優しいかどうかもわからないで好きだって言われてたのか」

「あ、あと、その辺!自分の考えを曲げないで語るところ、都合はよくないこともあるけど好きだよ」

「もう何でもありだね」

「恋は盲目ってやつだね。なんか今ならわかる気がする」

「なんじゃそら」

 そうこう言っているうちにもうすぐ駅だ。逆方向だからもうお別れだけど、虹村くんのおかげで今日はいい雰囲気で終われそう。

「ありがとうね」

「ん?」

「いや、今日は色々教えてもらったし。楽しかった」

「僕も。突然やって来てビックリしたけど、なんだかんだ真面目にイラストやろうとしているのが伝わってきて嬉しかった」

「じゃ、また明日もよろしくね!先生!」

「こちらこそ。また明日」

 手を振りあって別れの挨拶。しみじみとしてなんだか温かい。部活始めたらこんな日が続くんだろう。これから毎日がもっと楽しくなりそうだ。

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