授業中の物思い
高校に入って数ヶ月が経った。
窓の外から日光が直接差し込んでくるわけではないけれど、生い茂る緑の隙間から漏れ出る光の雰囲気が夏の訪れを感じさせる。
期末試験も終わった今、最後列窓際のこの席は物思いに耽るにはもってこいの特等席だ。そのうえ、右隣にはちょうど気になっている男の子がいる。
夏休みに入るまでの予備期間というのも相まってか授業にはまるで集中できない。ことあるごとに、いや、何もなくても気がつけば彼の方に視線をやっている。最近はそんなことが増えている気がする。
虹村博樹くんは私の目から見ても至って普通の男の子のように思う。運動が特別できるわけでもなければ、勉強の成績もぱっとしなくて、顔も周りを見ればもっとかっこいいと思うような人はたくさんいるし、身長も自分よりちょっと高いくらいで平均的だ。たまに聞くスペックという尺度でいうなら可もなく不可もなくといったところだと思う。だからといってなにか優しくされたことがあるとか、ほかの人に優しくしているのを見たとかそういうのがあるわけでもないし、幼馴染のように深い付き合いがあるわけでもない。むしろ、中学までは違う学校に通っていたし、言葉を交わしたこともほとんどない。さらにいえば、クラスのムードメーカーのような存在というわけでもなく、話しかけられたら当たり障りのない返答をするくらいで、基本的に一人で行動している。なぜ彼のことが気になるのかという理由に思い当たるフシがない。ある日、彼のことを無意識に目で追っていることを自覚し、それからというもの彼のことを常に意識するようになってしまったのだ。
昔から自分は他人よりモテている気がする。自分のこととなるといまいち客観的に判断できないからわからないんだけど、自分に似ている顔のアイドルが大人気のグループ内でもさらに人気だったり、たぶんそういう容姿的な面も少なからずあるような気がする。私自身は普通に接しているつもりなんだけど、いつの間にかデートに誘われるようになって告白される。これまでに十七人に告白された。努力もしないでこれだけ告白されるのはモテていると言っても過言ではないと思う。数は多いと感じるが、それでもどの子のこともはっきりと覚えている。そのたびに真剣に悩んで、断ることに決めた。なんとなくその気になれなかったというのが正直なところだ。ああいうところが苦手だとか別の人がいいとかそういう説得力のあるものではない。だから申し訳ない気持ちでいっぱいになったし、罪悪感にさいなまれた。だからこそといってもいいのだろうか、私は勇気を持って好意を伝えてくれた彼らのためにも理屈ではなく、自らの感情に素直に従って恋愛をしようと心に誓っている。
つまるところ、虹村くんのことは気になるが、理由はなく、だからといって、それは彼のことを気にしてはいけない理由にならないということだ。この気持ちがいわゆる恋愛感情なのかというのはよくわからないけれど、今まで誰に抱いたこともないような興味を抱いていることに間違いはないように思う。
このままなにもせずに夏休みを迎えることになると悶々とした気持ちを抱きながら一ヶ月を過ごしてしまうことだろう。高校に入ってはじめての夏休み、せっかくなら楽しく過ごしたいし、なにもしない手はない。せめてコンタクトを取れるような状態にはしたい。あわよくば夏休み中も度々会う仲にもなりたいなぁなんて思ったり。よし、話そう。そうしよう。
さて、何を話そう。虹村くんのことが気になってはいるけど、彼のことは何も知らない。これはヘタに話題を絞るよりも興味のある話題を探ることからはじめたほうが無難な気がする。その場合、知っている話題なら意気投合できるけど、知らない話題なら……教えてもらえばいいのか。あれ、結構いい線いってない?どっちでもデートに誘える口実になるよね、たぶん。これはキてる。
「じま……堂島!」
「ひゃ、ひゃいっ」
不意に名前を呼ばれて声が裏返ってしまった。ついでに噛んだ。教室内がクスクスとした笑いに包まれる。顔が熱を帯びるのを感じる。
「聞いてなかったんだな。これが必要条件か十分条件か答えてほしいんだが」
私は知っている。必要条件と十分条件は経験上直感に反するのだ。しかし、今日の私は冴えている。
「十分条件です」
「必要条件な」
直感に従ってみたがダメだったか。セオリー通り逆にしておくべきだった。
えっと、さっき考えてたことってなんだっけ……?そうだ、興味のある話題を質問する方向でいくってところか。いつ話しかけるかだけど、これは次の昼休みがいいかな。一緒にお弁当食べながら少し話してみよう。あと五分、待ち遠しいな。