05 宇佐聖
人と話すのはどうにも苦手だ。
内向的であるとは自分でも思う。
他人とどう接したらいいのかいまいち分からない。
改善する気もなくそのまま放置いていたら、今では完全に空気となってしまっていた。
そんなボクには密かな楽しみがあった。
女装である。
フェティシズムだとかパラフィリアだとかいう性的な興奮を求めているわけではない。
女装することによって別人格へと変わる。
これが楽しくてしょうがない。
最初は自分の部屋でやっていた。
しばらくすると同じ嗜好の人たちが集まるイベントへと参加するようになった。
最近ではそういう人たちとの交流も深め、かなり可愛く変貌できるようになったと自負している。
そして今日はついに学校デビュー。
カバンの中には女子用の制服と化粧道具が入っている。
もし、今日抜き打ちの持ち物検査があったらボクの人生は終わっていた。
放課後、所属する写真部の部室で着替えを行う。
念のため鍵は掛けるがボク以外は幽霊部員なのでおそらくは大丈夫。
ここで着替え行い、髪をまとめ上げ、化粧を施し、僕は宇佐聖<さとし>から聖<ひじり>へと変わる。
自分で言うのもなんだが、どこから見ても可愛い。
写真部の部室は校舎一階にある。
ここから屋上まで行き、開放感を満喫して部室に戻ってくる。
これが今日のミッションである。
部室前周辺に誰もいないことを確認し、素早く廊下に出る。
自然に自然にを心掛け歩く。
階段の方から誰か来た。
男子生徒二人だ。
見たことあるけど名前は知らない。
自然に自然にすれ違う。
男子生徒は二人ともこちらをチラリと見た。
すれ違った後、
「あの子誰だ?」
「さぁ?」
「可愛かったな。」
「そうだな。」
なんて聞こえてきた。
バレてない。大丈夫!てかめっちゃ嬉しい!
階段を上り始める。
今度は男女の二人組だ。
男の方は北倉、女の方はその彼女久米田だ。
まずい。二人ともクラスメイトだ。
二人とも会話をしていたが、明らかに視線はこちらに向けられている。
緊張しつつも何事もないかのようにすれ違った。
「何見とれてるのよー。」
「いや、ごめん。見とれてないよ。」
「何で謝るのよー。」
ホッと胸をなで下ろす。
四階から屋上へと差し掛かった。
突然屋上から誰かが猛烈な勢いで駆け下りてきた。
赤毛の男と女だ。
「きゃっ!」
咄嗟に身を翻し、廊下の端へを避けた。
赤毛の男は「ごめーん。」と言いながら赤毛の女と共に駆け下りていった。
思わず男に戻って「うおっ!」とか言いかけてしまった。
危なかった。
突発的な出来事に対しても女の子反応できた自分に満足した。
放課後に屋上に誰かいることなんてあまりないと思ったのだけど。
誰かいるのかしら。
脳内の語調も女子風になっていることに自分でほくそ笑む。
屋上へのドアを開け様子を伺った。
一人の男子がいた。
同じクラスの山王下だ。
彼は天然ぽいが鋭いところがある。
このまま屋上に出て行くのはリスキーな気がする。
ここまでバレずに来ることができた。
今日はこれで良しとしよう。
またチャンスはある。
屋上へ出ることは諦め、ドアを閉め階段を降りかけた。
その時下から誰か上がって来た。
風紀委員長、『口八丁の板井川』だ。
巧みな話術で嘘を見破るといわれている。
彼はボクを見ると一瞬不思議そうな顔をした後、猜疑的な目付きに変わった。
何か思うところがあるようだ。
本能的な警戒心が働き、思わず屋上へと戻ってしまった。
しまった。大失敗だ。我ながら怪しすぎる。
板井川は屋上に出ると山王下と話し始めた。
今のうちに逃げようと思ったが、彼は丁度ボクとドアとの中間地点に立っている。
山王下に話しかけつつもボクを逃さないように警戒している。
したたかな奴だ。
二人の会話も終わりそうだ。
板井川はボクに対して何かしらの違和感があるのだろう。
彼はその違和感の正体を突き止めるためボクに探りを入れてくるだろう。
いくらうまく女子を演じたとしても、クラスや名前を聞かれたらアウトだ。
どうすればこの窮地を脱することができるだろう。
まさに乙女のピンチ。
その時、屋上の一角が激しく発光した。
辺りを強烈な白い光が包み込む。
何かが爆発したのかと思った。
しかし、爆音や衝撃はなかった。
突然の閃光により三人は視界が真っ白になった。
徐々に視界が戻ると、閃光の発生元と思われるところに人がいることに気付いた。
こちらに背を向けてしゃがんでいる。
肩まである銀色の髪。
マントのようなものを羽織っている。
さっきまではそこには誰もいなかったはずだ。
彼は俯いていた頭をあげると周囲を見渡した。
そしてゆっくりと立ち上がると柵に向かい歩き出した。
柵は1m50cmある。
彼はその柵越しに広がる世界をゆっくりと眺めた。
「なんだ、あいつ?」
山王下が興味深そうに見ている。
「何という見事なコスプレ。」
板井川の目がキラキラしている。
「まさにMMORPGのプリースト!見事だ!」
板井川が興奮している。
状況的にかなりの不審者だが彼の職務的に大丈夫なのだろうか。
だけど、まだ背中からの姿から見ていないが確かに美しい。
彼はこちらに気づきゆっくりと振り返った。
色白で目鼻立ちがはっきりとしており瞳は薄いブラウン。
北欧系というのだろうか。
神秘的な雰囲気を纏う整った顔立ちをしていた。
明らかに日本人ではない。
「やはりファンタジーRPGのコスプレは外国人が映えるなぁ。」
板井川がうんうんと頷きながら感心している。
「てか、何で外国人のコスプレイヤーさんがこんなところに?」
山王下が首を傾げる。
「そんなことはどうだっていいのだよ!大人しく鑑賞したまえ!」
板井側と山王下は噛み合わない会話をしていた。
そんな二人を余所にボクは彼に見入っていた。
いや、魅入っていたと言うべきか。
ボクはただ立っているだけの彼の佇まい、雰囲気、風柄に魅了されてしまっていた。
彼はおもむろにカバンから何か取り出し頭に装着した。
エメラルドグリーンのリング状の冠であった。
リングには石が嵌め込まれており、中央から側面に向かって順に光り出した。
板井側が更に興奮する。
「うおおおおおお!あんなギミックまで用意して、なんて本格的なんだ。なんのキャラのコスプレなんだ。ゲームか?アニメか?」
「あれ、本当にコスプレイヤーなのか?表情が素っぽいんだけど。それにさっきの光。」
「彼は完全に演じているのだよ。発光は演出なのだ。それらを含めて一つの作品ということだ。ぼくらは運がいい。これほど手の込んだ仕掛けまで用意するとは。さぞや名のあるコスプレイヤーに違いない。」
「あまりにも状況が不自然すぎないかい、風紀委員長?」
なんて美しいのだろう。
ボクはこんな美しい人を初めて見た。
声に出して形容することもできない。
一瞬も目を離すことができない。
尋常ではない高揚感。
畏敬とか羨望とか崇拝とかそういった感情ではない。
これは恋愛感情。
キューピッドの矢どころではなく、ジャベリンで心臓を貫かれたかのような衝撃。
ボクは今こんな格好をしているが中身は男だ。
普通に女子に興味がある。
だがしかし今ボクは禁断の扉を開け放ってしまった。
ボクはこの人に恋してしまった。
フラフラと何かに手を引かれるように彼に近づいていった。
何か話しかけねば。
「こんにちは。」
胸が張り裂けそうなのを抑えながら声を掛けた。
「こんにちは。」
彼も返してくれた。
そして、「コスプレイヤーです。」と言った。
ボクは言いようもなくトキめいた。