01 エト・エリオ・アルキド
足元は石のような材質の平たい床、その先に柵、柵の向こうには青空が広がっていた。
私は柵に近づき周囲を見渡した。
そこは地上からかなりの高さがあることがわかった。
城、あるいは遺跡のような建物の上にいる。
遠くに見える街並みも彼が知っているそれとは異なる様相を呈していた。
ここは一体?
私の名はエト・エリオ・アルキド。
気が付いたら全く知らない場所にいた。
なぜここにいるのか。
記憶を辿ろうとするも靄がかかったように判然としない。
背後から人の話し声が聞こえた。
混乱していたため気配に気付かなかった。
振り返ると三人の人間がいた。
二人の男と一人の女。
私と同じか少し若いくらいの年齢であろうか。
三人とも同じような服装をしている。
魔術学院の学生の制服に似ている。
右側の男は長身で逞しい体つきをしていた。
私の方を見ながら首を傾げている。
真ん中にいる男は細身の体で眼鏡をかけている。
私を指差しながら何やら二人に一生懸命訴えかけている。
左にいる女はマジマジと私を見つめている。
女は膝の上までしかないスカートを履いていた。
こんなに短いスカートは初めて見た。
きっと戦闘の際の足運びの妨げにならないようにこのような長さなのであろう。
女性が戦闘に特化したアマゾネスという部族がいるらしいがその出自であろうか。
三人が使用している言語は私の知らないものだ。
私の住むオレフィン連合国では共通の言語が使われている。
オレフィン連合国の他に人族が統治している地区は三つある。
そのいずれの言語も私は習得していたが当てはまるものはない。
まだ交流を持っていない人族の統治区があったということか。
しかしなぜこのような場所に私はいるのであろう。
まずはコミュニケーションを取れなければ情報収集もままならない。
私は肩から掛けているカバンからサークレットを取り出した。
頭に装着する冠の一種である。
このサークレットは魔術学院で近年開発されたものだ。
エメラルドグリーンのリング状で複数の魔石が埋め込まれている。
高度な術式が組み込まれており、未知の言語の規則性を解析し大脳の言語中枢に効果的に転送することにより言語習得能力を飛躍的に向上させることができる。
これを装着して会話を聞いていれば、数時間で簡単な会話はできるようになる。
エトがサークレットを装着すると埋め込まれている魔石が額の中央から側頭部へと順に淡く光り出した。
それを見た真ん中の男が「おおー」と歓声を上げた。
魔石が光るのは当たり前であろう。
何が珍しいのだろうか。
それにしても三人とも黒髪とは。
黒髪の人間は不吉の象徴とされている。
私はその迷信を聞くたび偏見と差別を助長するものだと眉根を寄せたものだ。
実際にそれを理由に迫害されているところに遭遇したら猛烈に抗議し庇ったであろう。
しかし、これまでに黒髪の人間に出会ったこともなかったし、本当にいるという話も聞いたことがなかった。
見たことのない街並み、未知の言語、出会ったことのない黒髪の人間。
少なくとも知らない街だ。
元の場所へと戻ることはできるのであろうか。
不安がよぎった。
とにかく情報を集めなくては。
そのためには言語を覚えることに集中しよう。
先程からしきりに喋っているのは真ん中の男であるが、私の事を指して使用している単語があることが分かった。
私の外見を表していると推察できる言葉だ。
私は白い法衣に身を包み、金色のバッジをしている。
司祭という位階は分からなくとも教会に従事する者であることは分かるはず。
「コスプレイヤー」とはきっと「聖職者」という意味に違いない。
女が近づいてきた。
若干困惑した表情で「こんにちは。」と言った。
サークレットの効果がなくともこれが挨拶であることは推察できた。
私も「こんにちは。」と返した。
そして「コスプレイヤーです。」と付け加えておいた。