彼女の常識=僕の憂鬱
レイ視点です。
「レイっ、私仕事と住む家みつかったのっ!」
「…はっ?」
今、何と彼女は言った?
その爆弾発言は、セイラと久しぶりに過ごす夕食時に、満面の笑みとともに突如として落とされた。
そしてその発言よって、僕がカシャーンッと派手にスプーンを落とし、唖然として固まったのは言うまでも無い。
あの日、僕とセイラが想いを伝え合って、いわゆる“恋人同士”になってから、今まで知らなかった“幸福”というものが溢れ出るのを、噛締めるように感じていた。
それは、次の日の朝にシルビィーに強制的に城に連行され、投げ出していた残りの仕事を、今までにない速さで遂行していても、薄れることはなくて。
湧き水のように、幸せに際限はないんだと。
セイラのことを想えば、自然と笑みが零れるのを抑え切れないほどだった。
そして通常よりも速く仕事を終えて、体力的には限界だったのに、愛しいセイラに会いたい一心で家に戻った。
僕がリビングに入った瞬間に、セイラはキッチンからパッと振り返り(今までは何か作業をしているとそれのみに集中してしまい、僕のことは気づいてもらえなかった)いつもの柔らかい微笑で「お帰りなさい」と、言ってくれた。
3日ぶりに見るセイラは、いつもとなんら変わらないはずなのに、想いが通じ合っていると思うだけでいつも以上に愛しさが募った。
「ただいま」
素直に言葉が出てくる。愛しさに胸が高ぶるのを感じながら、僕はセイラに触れたくて、触れたくて。
抑えきれずに、その想いのままにセイラを抱きしめた。
セイラが僕の行動にあきらかに動揺して、身体がビクリと動いたのが分かったが、僕はあえてその拘束を緩めなかった。
いや、緩めることが出来なかった。
セイラを、感じたくて、仕方が無いんだ。
僕の気が済むまで、セイラはそうさせてくれた。
満足して力を緩めると、真っ赤な顔をしたセイラが、僕の腕の中ではにかんでいた。
これ以上は、いろんな意味で、抑えきれないと思った。
そんな、まさに幸せの絶頂の状況でセイラの支度してくれた夕飯にありついていた時に…。
冒頭に戻るという訳だ。
僕は、一瞬にして崖の上から突き落とされたような気分になった。
「…、どういう事?」
湧き水のように、幸せに際限はないと思ったのは何千年も昔の話だと思えるほど。
一瞬で焦燥感のどん底に辿り着いていた。
意味の分からない極度の緊張で、震える声が硬く感じる。
「その、ねっ…!」
そんな状況の僕なのに、なぜかセイラは恥かしそうに顔を赤らめる。
その表情はやはり可愛いと重症な僕は思ってしまうのだが、なぜ今その表情がなのかは、到底理解できない。
きっとたいして顔には出ていないと思うが、困惑一杯の顔でセイラをみつめた。
これから、一生セイラの隣で生きていこうと。
片時も離れるものかと…。
そんな想いで一杯だったのに。
たった3日で一体何がっ!?
そしてセイラ曰く…。
「メイドの契約が終わってしまって、この家にはもう住めないから…。けど…、けどね、少しでもレイの近くにいたいと思って。麓の町で住む場所と仕事を決めてきたの//////」
照れたように頬を桃色に染めてやんわりと微笑むと、セイラはそれを隠すように俯いてしまった。
なるほど。
セイラが僕の家に住んで家事をしていたのは、メイド契約が発端であるから。
そしてその契約が終了してしまった以上は、ここには住むことが出来ないと。
それでも、僕の近くにいたいから麓の町で仕事と家をみつけてきた、という訳か…。
セイラの照れていた原因は、きっと僕の近くにいたいって件なんだろう。
それは、嬉しい。
僕の為に頬を染めて。
僕の傍にいたいと言って。
今まで旅をしており、まぁその旅の理由さえも、“僕に逢う為”という、もう、どうしようもないぐらい意地らしい理由だったが、とにかく、一箇所に留まって生活をしたことのないセイラが!
僕の為に、麓の町に家を借りて、そこで生活していけるように、仕事までみつけて!
全ては、僕の為…。
ではなくっ、
「却下」
僕はどっと緊張の糸が切れたのを感じた。
「えっ、なんでっ?」
セイラは心底驚いたように、伏せていた顔をパッとあげると、土色の瞳をまんまるにして僕を見つめた。
・・・、その顔すら可愛い。
でもなくてっ、
「セイラの家は、僕の家。セイラの仕事は、この家の家事全般。セイラの立場は、僕のお嫁さん。それ以外は全て却下」
そう不敵に笑ってセイラを見れば、
真っ赤な顔で口をパクパクしてるが、言葉が出てこない様子。
あぁ、可愛い。
「拒否権はないよ?」
だって僕は、君がいないと生きていけないんだから。
お願いだから、
一生僕に、囚われていて…。