王都へ遠征
遠征。
遠く離れた地で、ガタゴトと馬車に揺られながら、俺は先を見る。どこまでも道しか無い。日本のように舗装された道は無く、ずっと土場だ。俺達が向かっている先は『王都アスヴァーナ』。アルフードより当然栄えており、アスヴァーナに行けば、無いモノは無いとまで言われている。この世界で最も栄えている街だ。
何故、俺達が王都アスヴァーナに向かっているかと言うと、王都から正式に依頼があったからだそうだ。この世界ではギルドは世界各国で繋がっており、それが王都にも響いていたという事だろう。俺達の後ろにも一台馬車があり、その中に入っている連中もかなりの実力者と見て間違いないだろう。誰が乗ってるかまでは把握してないが。アルフード以外にも来る連中が居たようだな。
「……なんだ、それ」
「え? あぁ、これか? これは魔道具の『魔力吸収』だ。これは魔力を吸収して、溜めておくモノだ」
円形の筒を見せて俺に言う。魔力を溜めておく、一旦、この中に魔力を溜めれば、当然溜めた分は減る。そしてその瞬間に魔術を放てば今まで、最大の弱点だった全身全霊が無くなるという事だ。その後、また魔力を戻せば良いのだから、それはつまり――。
「かなり良い商品じゃないか」
「あぁ、私もあの街で掘り出し物を見つけたと思ったよ。時々、別の街からバザーしに来る商人が居るのだが、それがこれだ。私は一も二もなく買ったよ」
「これで、お前の弱点が消えた訳だからな……」
俺は少しだけ浮き足立っている。この出来事もそうだが、やはり遠征というのはワクワクする。今までアルフードから出た事がなかった為、これは軽い遠足気分というヤツだ。やはりこういうのも醍醐味と言えるだろう。俺は興奮気味に、馬車の外を眺めていると、魔力の流れが見えてきた。それは遠くからだった、大勢の魔力の流れ、俺は浮き足立った状態からすぐに臨戦態勢に入る。魔力を秘めている魔物は総じて中位クラスのモンスターなのだ。それがこの数、極めて危険だと言える。
「……おい、フェール」
「わかってる……おじさん。ちょっといいですか?」
おじさんと呼ばれた御者はそのまま、こちらを向き、事情をフェールから聞いて、とりあえず近くに停めてくれるようで、後ろの馬車の人にも大声で伝える。
魔物の魔力量を測る道具がありゃ、最高なんだが、まぁそんなのがあるはずがないよな。俺はそんな事を思って、馬車から飛び出すと、向こうの馬車に乗っている人物も出てきた。
「おい、手分けして、魔物を倒してくれ」
「あぁ、わかった……あれ? 君は」
そう言った人物は――ファレンだった。
「お前らが遠征してたのか……」
「もしかして、僕達以外に遠征に呼ばれたのは、君だったのかい!?」
どうやら向こうも向こうで俺達が乗っている事を知らなかったようだ。というかやはり王都に呼ばれるクラスに強くはあるって事か、まあ、なんだかんだで結構経ってるし、強くはなってるだろうな……多分。
「顔見知りだと、やりやすいわね」
そう言ってくるのは、リインだった。いつも通りという感じだ。やはりこういう性格の女の子とは関わりやすくて良い。なんというか、リインは大丈夫だが、パニアとかなんか腹黒そうで、俺は実直な性格の方が良い。
「さて、久々の再会だけど、どうやらそんな猶予はくれないらしいよ……」
ファレンがそう言うと、向こうからは魔物の大群。俺は前に出て、刀を抜くと、さっそく遠距離攻撃を仕掛ける。刀を振るうと、そこから風の斬撃が走った。その一撃で魔物を一気に十体程の首が飛んだ。
「よしっ、調子は良いみたいだな……」
「さすが、タツマ……だけど、僕も負けてられないよ!」
ブォンッ! と振るファレン。そこから光の刃が迸る。ゾワッとする一撃だ。その一撃で魔物20体近くを消滅させた。俺が倒した倍の数を消滅なんて、もうコイツさえ居れば、あとはどうにでもなるんじゃねぇかと思ったが、やっぱりそういう訳にもいかねぇよな。
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そこから俺達二人が無双をしながら、事は終わった。なんというか女子達三人は変に仲良くなっていた。という事で、男性陣と女性陣で別れてしまい、今、同じ馬車に乗ってるのは、俺とファレンの二人だ。
「なんというか……お前のところ……自由人だな」
「そうだね……なんか、ごめん」
「いや、まぁ、いいんだが、そういえば、お前……あの二人のどちらと付き合ってるんだ?」
「……ど、どうしてそんな事を……?」
どこか焦ったみたいな言い方をしている。なんだろうな、聖剣使いは誰かと付き合っちゃいけないなんて言うのか? なんというか、二つ程歳が違うが、相手の方が年上だが――。
「なんというか、そ、その手の話は苦手なんだ」
イケメン回答をしてくるファレン。俺は、少し考えて――。
「俺は前に、お前に言い寄ってる二人に見た事があるんだが」
「…………」
何も発さなくなった。なんだろう、言いづらい事なのだろうか、だったらそこまで追求しようとは思わない。俺は馬車に体重を掛けながら、しばらく外を眺めていると、決心したようにファレンがこちらに向かって言う。
「相談があるんだ……」
「? どうした?」
「実は……その、僕と二人の関係について……」
おいおい、俺の方が年下なんだぜ。そして、さらに……俺は恋愛経験が0だ……。
だが、そんな事を言おうが、言うまいが、せっかくファレンがわざわざ恥を忍んで、俺に相談しているのだ。これはきっちりと返すのが、正しい対応だろう。
「それで、どうしたんだ?」
「実は……僕は……二人から言い寄られて、でも僕は……正直に言えば……リインが好きなんだ……けど、そのパニアも嫌いじゃないし……でも……」
「でもでも、って……それじゃ二人が可哀想だろう? 最終的にはどっちかを選ばなければならないんだ」
「……まぁ、そうだよね……」
俺は普通に答えたが、なんといえば良いか……正直、俺は経験が無い為、何をどう言えば正解なのかわからない。というか、そもそも質問してるヤツなんてのは、案外質問する前に答えは自分の中にあるもんだ。最終的な判断を他人に委ねたいだけなんだ、こういうのは。
「……まぁ、最終的にはお前達の話し合い次第だからな……ま、頑張ってな」
肩にポンッと手を置く。
「あ、ありがとう。タツマ……」
「あと、俺はこういう経験が0だから、次に相談する時はもっと楽な内容にしてもらえると助かる」
「えっ!? そんな、モテそうなのにね……?」
「そのモテそうってのは、一体どういう意味だ? 嫌味か? 嫌味なのか?」
「そんな事は無いよ、僕なんかよりもずっと大人っぽいじゃないか」
「はぁ、最終的に女が選ぶのは、顔さ。若い内なんて、まさにそうだよ……」
「ま、まぁ……確かに」
頬を掻きながら、居心地悪そうに笑みを浮かべる。この動作すらもイケメンなのだから、腹の立ちようすらなくなる。そもそも大して、苛立ってないが、なんとも言えない気持ちだ。
俺達はそれから一時間程経った後で、やっと王都に着いた。
うん。なんというか、第一印象はアレだな。単純だけど――ひっろっ!? という感じだ。あといろんな種族の人間が居る。猫耳つけてるやつとか犬耳とか、狐っぽいヤツとか居るんだけど、というかなんだ、獣人しかいねぇのか、ここには。
「さてと、まずは王城に行かないとね」
「そうね、さっさと行って、依頼を受けましょう」
そう言って、俺達はさっさと向かう。
真っ直ぐ向かえば、王城がある。街から一直線というのはまた良いな。ここは城下町って感じか。俺はそんな事を考えながら、先に進んでいく。
王城に着くと、兵士達が横に並んでいる。ファレンを見ると、目を見開いた後、ビシッと敬礼し。
「聖剣使い――ファレン・シャーラムア様!」
やっぱりすげぇな。聖剣使い様は。
「そ、そんな……様付けなんてやめてください」
謙虚だな。もっと堂々としてりゃいいのに。
俺はそんな事を思いながら、黒コートをはためかせ、右目を右手で抑えながら、高らかに言い放つ。
「――俺は、『カオス・オブ・アルティマ』。混沌と終焉を齎す存在だ」
フッ、決まったな。
辺りの視線がせわしなく動き、コソコソと耳元で話始めた。その視線もどこか訝しげだ。一体どうしたと言うのだ? 俺はただ自己紹介をしただけなのだが……。そうしていると、即座にファレンが横から割って入ってくる。
「いやいや、これはそこまで気にしなくていいですからっ! は、ははは!」
「どうした?」
「どうした? じゃないわよ! アンタ、その自己紹介なんとかならない訳!?」
「え?」
「まぁ、これはタツマが悪いな」
「え?」
「タツマさん。いい加減にしてください」
「え?」
全員から攻められた。一体何が悪いんだ? 俺はいつもこういう自己紹介をしてると思うが……? まぁ、いいか。
「そうか、真名ではなく、俺の仮の名を名乗るべきか。俺はクオン・タツマ。まぁタツマとでも呼んでくれ」
「そ、そうですか。ではタツマ様、リイン・タルアム様、パニア・バレイット様、フェール・ストマーフ様……奥でヴァールマ王がお待ちになっております……」
兵士がそう言って、案内してくれる。
俺は歩きながら、豪奢なのは見た目だけじゃない事に気付く。やはり栄えているという事は、それだけこちらにも金を掛けられるという事か、まあ一応、ここはこの街のシンボルのようなモノだからな、これぐらい豪華にしないと示しがつかないって言うのもあるんだろうけど。
そんな事を考えながら、兵士の後に付いていくと、大きな扉が見えてきた。そしてその扉を兵士が開けると――目線の先に王座に座った髭を蓄えている、ザ・王と言わざるを得ない男が居た。足を組み、肘掛を肘を置いて、顔を少し傾けて、指で支えている男。まさに王だ。
「おぉ、やっと来たか。儂ヴァールマ王じゃ」
全員が綺麗に低姿勢を保っている。やはり王の前だとそれが普通なのか、だが俺、混沌と終焉を齎す存在が、そんな真似ができるはずがない。俺は普通の体勢で居ると、なぜか、唐突に重力が増えたかのように、重たくなる。
な、んだ……これ。
「な、に……?」
「あぁ、儂がしとるのだよ、どうやら儂を舐めているようだが、儂はそこからの冒険者よりも格上だぞ? だが、儂自身、あまりこの力を使う事を制限しなくてはならないからな……まぁ、それでも貴様のようなアホに世間を教えるぐらいはできる」
「そ、うか。な、め……んなっ!!」
パキンッ! という音が響く。
「はっ?」
「ハァ、ハァ、ハァ……悪いな。俺はお前よりも強いみたいだ。あんまり上から目線で物事言ってると、いつか後ろから刺されるぜ」
王に向けて指しながら、俺はそう言い放ってやった。
「ほう……面白いな。お主……儂はお主を気に入ったぞ?」
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「……それで、王様。今回はどういう依頼なんだ」
俺がそう切り出すと、王様の方もやっと本題に入る。
「そうだったな、どうやら最近、街に魔物の大群が迫ってきておるのだ。それも一日にかならず一回という……どうも、知恵を持った魔物を操る者が何かをしているとしか思えないような、行動をな……」
考え込む素振りを見せる王様。どうやら結構状況は深刻なようだ。
「なるほど……つまり、俺達がそれを片付ければいいんだな?」
「そうだな、ついでと言っちゃぁなんなのだが……できる事なら、今回の黒幕も見つけて欲しいというのが、儂の依頼じゃ」
「フッ、全然余裕だな……」
俺はバサッとコートを翻し、城の外へと飛び出る。そして街の外に出て、仁王立ちしていた。他の連中も後からついてくる。そして全員で待ち構えていた。
「待って、倒すだけの簡単な仕事みてぇだな……」
俺はそう呟いた。そして、数時間が経過した。――結果、その日この街には魔物が襲ってこなかった。