ヌメヌメしていて、ヌルヌル動くヤツ
翌日。
朝の日差しが眩しく、清々しい朝だ……そう思いたかったが、どうやらそうもいかないようだ。見る限り、雨しか降ってない。というか、この世界でも『レイン』があるのか……。大分強いな。今日は外に出ない方がいいか。外を見ても、出ている者は居ないし、店も閉まっている。今日は完全にインの日だな。
たまの休日も悪くない。お金だって、ロード・パラサイトを討伐できたおかげで、大分溜まっているしな、それに他の魔物の金も貰って、今はかなり潤っている。このままこの宿に永住できるんじゃないかってぐらいな。だが、俺には、まだやるべき事がある『混沌と終焉を齎す者』に休息は存在しない。
そう片目を押さえながら、街を見ていると、横から風呂上りのフェールが来る。タオルを肩に掛け、少し濡れた髪と火照った頬が妙に色っぽいと普通の人間ならば、思うだろう。だが俺には、そんな事を思う暇すら世界は与えてくれないからな。
「……どうかしたのか?」
ズイッと顔を近づけてくるフェール。その無防備さに一瞬ドキッとしたのは内緒な。俺は、小さく声をあげる。
「いや、どうやらこの世界にも水の恵みがあるようでな……それを見て、黄昏てただけさ」
「ふむ、雨は確かに自然からの恵みだからな、有難く頂戴しないと」
さすがエルフは自然が大好きなようだ。そもそもイメージ的に自然とかそういうモノを神格化させてそうだしな。俺も確かに、混沌とか終焉とか大好きだし。以外にエルフと俺は似ている……?
「おい貴様。今、失礼な事考えなかったか?」
「いやしてないが?」
いきなり変な事を聞いてくる。俺はただお前達エルフと俺が似ていると思っただけなのに、一体何が失礼だと言うんだ……まぁ、一般的に見れば、失礼に値するのか……。
少しだけ傷つく。
「そういえば、今日は雨だが、ギルドには行かなくていいな?」
「ええ、その予定は今の所は無いけど? さすがに雨の日まで働く気はおきないし、だが雨が上がった翌日は忙しくなるかもしれないが」
「どういう事だ?」
「知らんのか? まぁ、それは明日のお楽しみにしておこう。楽しみかどうかは別として……」
俺はそんな事を聞きながら、今日は久々にマスターに会いに行こうと思った。マスターならば今日も店を開けているだろう。俺は足早にそこへ向かった。
最近の出来事を肴にしながら、俺達は飲む。
「ほぉ、そりゃまた随分と出世したもんだな、一文無しだったお前が」
「そりゃな、俺はもともとそういう才能があったのさ」
「ハッハッハッ! 違いねぇ」
そんな楽しい会話を終えて、俺が宿に戻ったのは、明け方に近かった。
●●●●●
そうして、翌日。
さすがに昨日の酒が残っているのか、少しばかり気持ち悪いが、それよりも雨明けの今日、一体何があるのかの方が気になる。
ギルドへ向かい、さっさと行くと。もう既に何人かの冒険者が集まっていた。確かに何かイベント事はありそうな雰囲気だ。
「おい、何があるんだ?」
俺はフェールに聞くと、そのままフェールはニンマリとした笑みを浮かべながら、口を開いた。
「雨上がりに大量発生する魔物……『ナメクジ』」
その言葉を聞いた瞬間。俺はゾワッとした顔を青くしながら、隣に居るフェールに聞く。
「そのナメクジの特徴を教えてくれないか?」
も、もしかしたら、名前だけが同じな……も、もしかしたら別の……別の……。
「ん? そうだな……ヌメッとしていて、手と足が無い胴体だけで移動する。頭には触覚が生えていて、大きさが確か、私の膝より少し上くらいだったか……?」
ゾワゾワゾワッと身の毛がよだつ。全身から嫌悪感が発して、今すぐに逃げ出そうとした時だった。その腕を捕まれ、一切の抵抗ができないのだ。だが俺はそんな事は気にせず、今出せる、限界を超える力を使って、逃げ出そうとしていた。だがさすがに種族の違いから、まったく抵抗ができなかった。
「どうする気だ? まさか、あんな気持ちの悪い魔物を相手に私だけで倒させる気か」
そう絵がしっかりと表示されていたのだ。フェール自身も見た事が無いような口ぶりだが、この際、どうでもいい。
「や、やめろぉ……俺は本当にアレだけは無理なんだぁ……中二病もやめるから、真っ当になるから、頼むから、やめてくれぇぇぇ……!!! しかもかなり大きいじゃねぇかぁぁぁあああああああ!! 死ぬ。絶対に見た瞬間にショック死するからぁぁぁぁああああああああ!!」
必死の形相で言うが、そんなのは全然考慮してくれない。
やめっ……やめろぉぉぉぉぉぉッッッ!!!
●●●●●
顔を真っ青にした俺が、森の中に居る。なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。そもそもなんだって、そんな魔物が平気で蔓延ってるんだよ。しかも大きさまで変えて、勘弁してくれ、なんだったら蚊ぐらいになってから、出直して欲しいものだ。
そんな現実逃避でもしてるかのように、思考を四方八方に飛ばしているが、やはり出会うと、それに集中してしまう。目の前に、それはそれは大きな『ナメクジ』が居る。しかも、ゆったりとした速度でこちらに向かってきている。数も1匹とかそんなもんじゃない。10を超えている。
あっ……クラッときた。
掌で口を押さえながら、必死に嘔吐を我慢して、炎魔術を使う。その威力は自身の経験のおかげか、魔力自体が上がったのか、そこそこの威力になっていた。フッ、封印されていても、ここまでの力があるのか、凄まじいな、だが俺のこの力に比べれば、大した事はない。
俺がこの『ダークネス・フレイム』によってすべてを終焉へと導こう。うらぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!
連続で放たれる炎による暴力。当然、移動速度が遅い『ナメクジ』はなすすべなく――。翼が見えるのですが……。
「生存に危機を覚えた所為で、飛ぶ事を覚えたか……!?」
「なんじゃそりゃ!!?」
そんな無茶苦茶があるのかッ!!? 俺はそんな事を言ってみるが、それが事実ならば仕方ない。俺は即座に飛んでいる標的に狙いを定めて、炎を放ったが、どうやら地面で移動していた時よりもよっぽど自由に動けるようで、かなりの確率で避けてしまう。そしてこちらに一直線に向かってくる。おそらく本能で俺が殺しているというのがわかっているのだろう。周りも、一匹一匹に剣が通らないようで、苦労しているのを見ると、やはり一番狩っているのは、俺という事になる。そう、俺が一番に同胞を葬ったから、俺が最も危険だと判断されたのだ。だがさすがにそうして、一斉にこちらに来られると――。
「来るんじゃねぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!」
冗談抜きにして、軽く涙目になりながら、俺は迫り来る恐怖の対象を見て、特大の炎を出していた。多分、俺の魔力をすべて注ぎ込んだ一撃だったと思う。その威力は前までとは比べ物にならず、一瞬で空に飛んでいる対象は消え去った。
俺はそれを見て、安堵感に包まれる――――訳が無い。どちらかと言うと、さらに次の対象が俺に迫ってきている恐怖しか感じない。その上、俺は先程で魔力を使いきり、完全に無気力状態。つまり動かそうにも動かない状態だ。さすがに危機的状況ではあったからと言って、あんな後先考えない行動をするべきではなかった。
俺は涙目になりながら、気力のみで立ち上がった。俺はこの時ほど、人間に無限の可能性を感じた事はなかった。俺がした事と言えば、至極単純な事だった。
戦略的撤退というヤツだ。
●●●●●
ギルドで倒れている俺。ギリギリギルドまで来る事はできたが、それ以外は何もできない、ただ倒れているだけだ。これ以上は本当に死を経験してしまう為か、身体は本当に動かない。それどころか、身体の節々が痛い。先程の無理が、今のこの状況を生んでいるのだろう。
俺はこの状態のまま、放置された。
それから、しばらく倒れたまま、時間が過ぎていく。どうにも、この状態で居るのは悪くない。地面の質はどうやら、石か何かを磨いたのか、ひんやりしていて、かなり気持ちいい。魔力も徐々に回復していく……。
さてそろそろ起き上がろうと、そう思った時だった。ギィィと扉が開かれる。そこには粘液まみれだった冒険者達が中に入ってくる。当然、その粘液は床にもポタポタ落ちる訳で、俺の頬とか、背中とかにも――。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
凄まじい絶叫と共に、体力が回復していたから、凄まじい速度で宿に帰ったのだった。
●●●●●
宿の一室に、風呂上りで、毛布を被り、ガタガタガタガタとただただ震えてるだけの男が居た。普通の人が見れば、何をそんなに怯えているのだ。お前は男だろうと、そう言うヤツも居るかもしれない。実際、俺も情けないと思う。自分自身に。
そうガタガタ震えているのは俺で、毛布を被ってるのも俺、ちなみに風呂上りなのも俺だ。そうしてギルドで絶叫をあげて逃げ帰ってきたのは俺だ。
(はぁ……ヌメッとしたのが、顔に当たった瞬間、一瞬だけど絶対に気を失った)
というか、どうしてあんなに早く帰ってきたんだ? あぁ、俺が特大『ダークネス・フレイム』を放ったからか。
チッ余計な事をしなきゃ良かった。
そうした反省会のようなモノをしながら、俺はただ一人で、とりあえず今日は一日、外に出る事もなく、こうして一日が過ぎ去ろうとしている時だった。コンコンと軽いノックが聞こえてくる。俺は毛布を被ったまま、ガチャリと扉を開く。そこには少し俯き加減で表情が見えないフェールが立っていた。
「……入っていいか?」
「あ、あぁ」
さすがに想像していた感じとまったく違い、少しだけ戸惑ってしまった。想像だと、何勝手に逃げてんだっ! ぐらい言われるかと思っていたが、どうにも違うらしい。
だが正直そちらで来てくれた方が万倍楽だった。なんだろう、この何か悪い事をしてしまった感は。罪悪感が凄くのしかかってくるが、一体なんだ。まさかこれが狙い!?
そんなふざけた事を考えていたら、フェールの口が開く。
「あの、今回はすまなかった……」
「? 何謝ってるんだ?」
謝られるような事はされてないと思うのだが、むしろ逆に謝るべきと言うべきか、勝手に抜け出した俺が悪いというか、まあ、そこら辺を悪いって言われたら、さすがに弁解の余地ぐらいは欲しいところだ。
「いや、その……無理に付き合わせた事だ……もともとあれは別に強制ではない。だがつい……私が勝手に暴走して……ああいう見たこと無い魔物というのに、惹かれてな……悪かった」
「なんだ、その程度の事か。俺は『カオス・オブ・アルティマ』だぞ? その程度で怒る程、器の小さな人間ではないさ。それより……珍しい魔物が見たいんだろ? だったら、少し外に出ないか? もしかしたら、アレ以外にも見れるかもしれないぞ。魔物」
「……そ、そうだな!」
俺達は二人で、雨上がりの草原へと足を踏み入れる。
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